38、今だけは
38、
今回の事で何かヤバい事に巻き込まれたという事が明白になった。でもリョウや静ちゃん、佐江子さんのおかげで命は助かった。
特に佐江子さん。何故佐江子さんがここにいるのか疑問に思って訊いてみたところ……
「初めて会った日、スマホに勝手に連絡先入れた事あったでしょ?その時GPS情報こっちに送るように設定しといたの」
ん?GPS?
「えっと……どうして私の位置情報を?」
「やだ~!そんなの蓮の自宅を見つける為に決まってるじゃない!」
サーーーっとみんなが引く音が聞こえた気がした。
「1ヶ月も位置情報見ればだいたいその人のライフスタイルや生活圏がわかるわけ。で、珍しく美織ちゃんが泊まった場所があるでしょ?」
「?ありましたっけ?」
「表札は佐倉って名前だったけど」
佐倉?あ!梨華の家!!
「二三日様子を見たけど出てくるのは女だけだったからハズレだって事はすぐにわかったんだけど……美織ちゃん友達いたんだね」
「ちょ、友達くらいいますよ!失礼な!」
「だから今回、大学とバイト先と友達の家以外で行ったこの部屋を重点的に張り込んだんだよね」
佐江子さん普通に張り込んだって言ってるけど、それって普通?ねぇ普通なの?
「でも悠莉が何人かの女性を連れ込むのを見て……なんかおかしいなって思ったわけ」
佐江子さんは私達よりずっと前から悠莉さんに違和感を感じていたらしい。
「でも何が一番違和感かって、その女達が入ったまま1人も出て来ないんだよね。これは事件の可能性が濃厚じゃない?だから事前に警察と管理会社に連絡しといたの」
ああ『ストーカーなめんな』って言ってたのは佐江子さんなんだ……そういえば佐江子さんの声だったかも。ずっと悠莉さんが言ったのかと思っていたけど、佐江子さんのストーカーっぷりがガチ過ぎて納得した。
実は本来この人も通報するべきじゃないのかな?とは思ったけど、佐江子さんのおかげで助かったのも事実。静ちゃんもリョウも引いてはいたけど黙って佐江子さんの話を聞いていた。
「蓮を追いかけてたら思わぬ副産物にラッキー!って感じよ!」
「ラッキー……?」
「あ、もちろん美織ちゃんが助かってラッキーよ?それもあるけど、私フリーのライターなの」
ライター?佐江子さんは「一応これでもジャーナリストなの!」と言って名刺をくれた。
でもその時は怖くて聞けなかった。佐江子さんはどうしてリョウを追いかけているのか。
まぁ、佐江子さんの場合『美しい顔は正義!』と言っていたから『どうして?』なんて問いは愚問なのかもしれないけど、できればそれ以外の理由はあって欲しくない。ライターとしてではなく、リョウのストーカーとして……純粋に好きだからという理由でいて欲しい。
でも、リョウは佐江子さんの他にも誰かに追われている。じゃあ何故リョウは追われるのか?モテるから?借金のせい?それならわざわざ私を使う必要も無いと思う。
だから何となくだけど……
本戸製薬や悠莉さんの件でリョウを追う『誰か』はリョウの体やお金が目的ではなく『私からリョウを奪いたい』そんな気がする。
「みんな……迷惑をかけてごめんなさい。助けてくれてありがとう」
でも今は……今だけは助かった事を純粋に喜びたい。
「佐江子さんのおかげで助かりました。ありがとうございました」
「こちらこそ~!私早く帰って記事書かなきゃ!じゃ!」
佐江子さんは私のお礼の言葉を聞くとすぐに帰ると言い出した。そしてその去り際に「今度は連絡無視しないでよ?」とリョウに言って去って行った。
「静ちゃんも駆けつけてくれてありがとう」
リョウにもお礼を言おうとリョウの方を向くと、私の言葉を遮るように。先にリョウが口を開いた。
「違う。こうなったのは全部俺のせいだ」
「え?何?なんで?」
私はリョウがここに来てくれただけで嬉しかった。だけど、リョウは暗い顔で理由を話始めた。
「本当は悠莉から鍵は回収済みだった」
「はぁ!?」
「ただ、偽物とすり替えただけで……急にはお前に探すのを止めさせられなかった」
だから私に何とか鍵を諦めさせようとしていたんだ……
「本当の事を教えてくれればいいのに!」
「下手に真実を教えて情報を漏らせば関わった全員を危険に晒す事になる」
本当の事を私に教えて、下手な芝居でバレた時が地獄。という事は理解できた。だからと言ってリョウのせいにはできない。
「違うよ。ごめん、私が甘かった。私が人の話をちゃんと聞けなかったから……私が約束を守らなかったから……私、守られてばっかりで何も役に立たなくて……ごめんなさい……」
自分の無力さに悔しくて悲しくて涙が出た。結局梨華のベビーリングも取り戻せて無い。
この時は本気で落ち込んだ。
苦しかった事や怖かった事より、自分が役立たずで無力である事の方が辛かった。余計な事をして梨華を危険に晒した事実。自分が弱く浅はかで誰も守れないという現実。
「美織は謝らなくていいんだよ。美織は悪く無い」
静ちゃんが優しくそう言ってくれたけど、今は素直に受け入れられる自信が無かった。すると静ちゃんはリョウに怒り始めた。
「美織に謝らせるなんて最悪!」
「うるさい!そうゆうつもりじゃなかった」
「どうゆうつもりよ?え?」
静ちゃんとリョウのやり取りを聞いていると、ふとした疑問が湧いてきた。
「二人って……知り合い?」
そう言った瞬間、二人は凍りついたように固まってしまった。すると静ちゃんがふっと息を吐くと、本当の事を暴露し始めた。
「実を言うとね……私、美織のお父さんに雇われてるの」
雇われてる……?じゃあ、やっぱり……
私が身構えていると話が思わぬ方向へ行った。静ちゃんはリョウを指差して呆れていた。
「こいつは美織に関わらないって約束で白浜さんのお世話になってるのに……」
え……?リョウは父親の所にいたって事……?二人は父親を介しての知り合いだったって事?
「黙れよ、お前こそ美織を騙して友達ごっこしてたくせに……」
「友達……ごっこ……?」
私を『騙して友達ごっこ』という言葉が胸に深く突き刺さった気がした。
「違うの美織!きっかけは調査だったけど、決してごっこなんかじゃない!」
きっかけは調査だったんだ……
「うん、父親に雇われてるって事はそうゆう事だよね。何となくわかる。わかるんだけど……今はちょっと……話が入って来ない……」
「待って!美織!」
静ちゃんに引き止められたけど、今はこれ以上話が聞けない。そう思った。私は「ごめん」と言って逃げるようにその場から離れた。
悠莉さんのマンションを出て夜の住宅街を歩き始めた。
そうだよね……そうゆう事だよね……
実際に静ちゃんの口から父親の話を聞いたら急に現実味を帯びてきて、目の前に現実を突き付けられた気がした。
その現実は意外と静ちゃんが父親の相手というより『調査のために私と友達になった』という事実の方が堪えた。
別に奇跡とか信じてるわけじゃないけど、静ちゃんとは自然と仲良くなれた気がしていたから……それが意図的だったと知ると水を差された気分だった。
それは静ちゃんが父親の相手かもしれないと思い出した時からぼんやりとわかっていた事。そうなんだけど……いざ本人を目の前にすると泣きそうになった。
でも傷ついた顔を見せて静ちゃんを傷つけるのも違う気がする……だから逃げて来た。
いつまでも逃げるわけにはいかないけど……今だけ、今だけは何も考えたく無い。
気持ちを落ち着かせようとゆっくり深呼吸をして、暗い空を仰いだ。星1つ無い、月も見えない、少しの光も見えない真っ暗な空だった。