36、かくれんぼ
36、
あれから静ちゃんから連絡が来るのが怖くなった。
いつ改まってお父さんと……という話が出るのか身構えてしまう。
でも静ちゃんは私が気づいた事に気づいていないのか、連絡が来たとしても大体がくだらない内容だったりする。そのくだらない内容も会わない日も1日一回は必ず来る。
今日も来ていたけど、梨華と悠莉さんを訪ねる約束があってメッセージの返信はできて無い。
最寄り駅で梨華と待ち合わせをして、覚えている限りの道順で歩いた。
「なんとなく……暗い色のマンションだった気がする」
似たようなマンションが多くて見分けがつかない。
「なんとなくじゃ見つからないでしょ!?」
「確か……大きな葉の観葉植物が置いてあって……」
「あれじゃない!?」
深いグレーの外観のマンション。そのエントランスに大きな葉をつけた大きな観葉植物が置かれていた。
ようやく悠莉さんのマンションにたどり着いた時、静ちゃんから着信があった。
今から悠莉さんを訪ねるから後でかけ直そう。
そう思って静ちゃんの着信をスルーしてマンションの入り口で603号室を呼び出した。
「本当にここであってるかな?」
「間違ってたら間違ってるって言われるでしょ?それより留守の方が終わってる」
呼び出し音を聞きながら二人で悠莉さんが出てくれる事を祈った。
「はい。どちら様ですか?」
出た!!
「こんばんは。あの、美織です。ちょっとお話いいですか?もう一度聞きたい事があって……」
すると、悠莉さんは何も言わず解除してくれた。開いた自動ドアから中に入るとすぐにエレベーターに着いた。
梨華は思い詰めた様子で黙ってエレベーターのドアを見つめていた。
悠莉さんは今度はちゃんと取り合ってくれるだろうか?
部屋の前に着くと、何とも言えない緊張感があった。
「押すよ?」
私の合図に、梨華は黙って頷いた。
その後部屋のインターホンを押して、ドアが開くのを待った。すると無言でドアが開き、悠莉さんが出てきた。いつもと変わらずオーバーサイズのTシャツにジーパン姿。女の人にしてはアスリート体型ではあるけど、やっぱり男には見えない。そう再確認した。
「美織ちゃん!……とお友達?」
「はい。友達が悠莉さんにお話があって」
「話?とりあえず中入ったら?」
短い廊下を抜けてリビングに着くと、悠莉さんの部屋が見渡せた。部屋は驚くほど殺風景で、家具がほとんど無かった。
「今流行りのミニマリストって感じ」
梨華も同じ事を思ったみたいで、小声でそう呟いていた。
「好きな所に座って!今コーヒーいれるから」
あれ?悠莉さんコーヒーって飲んだっけ?
ふとそう思っていたら、静ちゃんからまた着信があった。
でもまだ悠莉さんと話ができてない。後でかけ直そう。
と思っていたら何度も何度も着信があったから、さすがにどうしても今伝えたい事があるのかな?と思って電話に出る事にした。
「あの、ちょっと電話してきていいかな?梨華、悠莉さんに訊いてみて」
その場を梨華に任せて、私は廊下に出て静ちゃんの着信を受けた。
「美織!?今どこ!?」
「どこって……悠莉さんの家に行くって言ったよね?」
「やっぱり!今すぐそこから逃げて!!」
はぁ?
「悠莉はダメ!!絶対まずい!!」
「何がまずいの?」
静ちゃんが焦ったように言う言葉が理解できなかった。
「悠莉は悠莉であって別人かもしれない!別人だったら……」
「別人?」
「殺される」
………………は?
悠莉さんが別人だったら殺される?……どうゆう事?
「電話、終わった?」
気がつくと悠莉さんが後ろに立っていた。
「えっと、まだ……もう少しかかりそうです」
私がスマホを耳から外してそうと言うと悠莉さんは「ふ~ん、そぉ」と言ってリビングへ帰って行った。
別に殺されそうとか殺意がヤバいとかそんな様子は全然なさそうだった。
「静ちゃんの考え過ぎじゃない?悠莉さん普段と変わらないよ?」
「今は悠莉かもしれないけど、悠莉じゃなくなったらまずいの!今すぐその部屋から出て!」
「えー!やっとたどり着いたのにー!」
ププー!っと遠くでクラクションの鳴る音が聞こえた。
「もしかして静ちゃん運転中!?ダメだよ?ながら運転は危ないんだから!」
「イヤホンマイクだから平気!それより私が行くまでに何とか理由をつけて部屋を出て!」
「も~!静ちゃん気にしすぎだって!車の運転に集中してよ!切るね!」
イヤホンマイクで両手が空いてるとしたって運転の邪魔になる。静ちゃんが事故る事のないように無理やり電話を切った。
もし静ちゃんの言う事があってるなら一刻も早くここから出なきゃいけない。何か理由をつけて……?
でも来たばかりで帰るのもおかしいし、それに梨華はまだ話をしてるかも。そう考えて梨華と悠莉さんのいるリビングに戻った。
「お待たせ~!」
そう言った瞬間、その違和感に気がついた。
「あれ?梨華は……?」
コーヒーのマグカップを持った悠莉さんが無邪気に言った。
「かくれんぼ」
「はぁ?」
海里さんの事を聞きに来たのに梨華は突然何をしてるの!?
「美織ちゃんも探していいよ。鍵。もし見つけたら持って帰っていいから」
「本当に!?」
もしかして梨華も同じように指輪をこの部屋から探して持ち帰ってもいいと言われて探しているのかも!まずは梨華を探そう!
「どこを探してもいいの?」
「いいけど?でも……」
……でも?
「足元には気をつけてね」
足元?こんなに物が無い部屋なのに足元に気をつける?まあいいや。早く鍵を見つけて帰ろう。
「梨華~?指輪見つかりそう?」
お風呂やトイレ、書斎に和室。意外と部屋があった。残るは寝室だけ。
寝室のドアを開けると、カーテンの閉まった薄暗い部屋の隅に1つだけシングルベッドがあった。その上に寝ている人影が見えて、それが梨華だと言う事はすぐにわかった。
「梨華、こんな所で……」
私は寝ている梨華の近くに寄ると、違和感を感じた。
違う!これ……梨華じゃない!!
その服は梨華が服とは違う。私がその場から後退りすると、何かに足を取られて転んだ。
まさかこの展開……まるでホラー!!
その足元を恐る恐る見てみると………………
ただのダンベルだった。
死体じゃないんかーーーーい!!まぁ、死体じゃない方が断然嬉しいけども!!静ちゃんが殺される~!とか言うから無駄にビビっちゃったじゃん!!
ダンベルを避けると今度は何か柔らかい物を踏んだ。
ヤバい!!!!今度こそ本物!!本物の人の脚!!!!
見たくはないけど、覚悟を決めて踏んだ場所を恐る恐る確認してみた。
「!!!!」
ただの丸まったヨガマットだった。
ひぃいいいいいい!!!!もう何なの!?足元に気をつけてって本当じゃん!!本当な事ある!?
「梨華~!梨華~!?」
いくら梨華を呼んでも返事が無い。もう早く寝室を出よう……その前に電気……
電気の場所を探すと、入り口のドアの側にウォークインクローゼットらしきドアがある事に気がついた。そのドアからはうっすらと光が漏れていた。
「なんだ、ここか………………」
すぐにそのドアを開けると………………
目に入って来たその光景に驚愕した。
「嘘……何これ……」
どうゆう事?
すぐには理解できなかった。だって鏡で見る以外見るはずも無い物だし……
でも、これはどう見ても……自分。自分の裸の写真が何枚も張られていた。
その時、ようやく恐怖心が湧いてきた。
驚きと恐怖。私の様子を見た悠莉さんが嘲笑った。
「あはははは!」
「……悠莉さん?」
悠莉さんはいつの間にか道を塞ぐように廊下に立っていた。これじゃ逃げられない……
「あははは!いい顔。その顔が見たかったんだぁ~」
その笑い方はどこか悠莉さんと違った。本当は違わないのかもしれないけど……その笑顔が今は狂気を感じる。