34、白と黒
34、
本戸製薬のあの男の話には1つだけ疑問が残る。男の話ではモデルのリョウを探していると言っていた。だけど私はモデルのリョウに会いに行ったんじゃない。藤丸諒太。ロボ太に会いに行った。
少なくともあの男の中では『藤丸諒太=モデルのリョウ』だった。
元々モデルだったリョウが藤丸諒太として何らかの理由があって、あの姿になってあの村にいた。
役場のパソコンの検索履歴はロボ太が残したものだったのかも……
そうなると成海やあの村の友達が言うロボ太の幼少期の話は嘘になる。成海が嘘をついている……?でも成海の事をそんな風には思いたくない。
今思えば、ロボ太の事は知らない事ばかりなのかもしれない。私の知っているロボ太はロボ太のごく一部で、本当のロボ太は私の思ってるロボ太じゃないのかもしれない。
そんな不安な気持ちを抱えながら大学へ向かった。
静ちゃんは今日もお休みだった。仕事なのかな?と連絡してみたら、推しの舞台を見に行くそうで……講義終わりの回に一緒にどうかと誘われたけど、バイトの時間にかかりそうだったから遠慮しといた。
推し活に仕事に大学。静ちゃんの体力は凄くてとても10歳も上とは思えない。それは決して静ちゃんをおばさん扱いしてる訳じゃなくて、一般的に若い方が体力があると思われてるけどそれは個人の体質や生活スタイルによるって話。
だから連日の猛暑に私の方がバテ気味だった。
夏バテには好きな物を食べるに限る。講義終わりにコンビニに寄ってみかんのゼリーを買い込んで、バイトの時間まで自分の部屋に一旦帰った。
帰宅してゼリーを冷蔵庫に入れていると、スマホの揺れる音が聞こえた。
「あ、着信!」
着信に気を取られて持っていたゼリーを何個か落としてしまった。
リョウからかな?それともバイトの誰か?静ちゃん?ちょっと待ってて!今これ入れちゃうから!
焦りながらもゼリーを全部入れ終わって、ついでに麦茶を取り出して冷蔵庫を閉めた。
それはしばらく着信鳴りやむ気配は無く、切れてもなお聞こえてきた。
麦茶をテーブルに置いて、鞄からスマホを出して確認してみた。
着信はなんと梨華からだった。
梨華とはこの前の事があってから、何か手がかりがあったら情報交換しようと言って6年ぶりに連絡先を交換した。
私は梨華にかけ直した。梨華が電話をくれるなんてよほど緊急なんだろう。
「もしもし梨華?」
「あ、美織!?気づいたの!」
気づいた?何に?
「何?どうしたの?」
「どうしたの!?じゃない!!悠莉!!」
「悠莉?」
梨華はどこか気が動転していた。
「悠莉だよ!悠莉!!」
「だから悠莉さんがどうかした?」
その慌てっぷりは尋常じゃなかった。
「あの後すぐに悠莉って人のSNS見た!あんまり本人映って無かったからすぐに気がつかなかったけど……こいつ!!こいつ同じ顔!!」
「はぁ?!同じ顔って?」
「服装も髪型も違うけど、カイリと同じ顔!同じだって言ってるの!!」
まさか……!
「いやいや、他人のそら似だって!」
「本当なんだって!!」
「でも悠莉さんは女の人だよ?」
梨華が探しているのは男の人。いくら似ていても悠莉さんとは違う。
「本人じゃなくても顔が似てるって事は兄弟とか親戚とか何かしら血縁関係あるかもしれないでしょ!?連絡先教えて!」
でも、連絡先は念のためと言ってリョウに消されてしまった。私も悠莉さんと繋がれるのはSNSだけ。SNSも最近はあんまり更新されて無い。最新の投稿が2年前だとDMを送っても反応があるとは思えない。
「教えたいんだけど……連絡先は消されちゃって……」
「住所は?」
「住所は……確か……」
詳しい住所はわからないけど、一度だけ行った事がある。居てもたってもいられなくて、リョウに頼み込んで一緒に悠莉さんのマンションへ連れて行ってもらった事があった。
「すぐにでも行きたい感じ?」
「今日がダメなら明日」
「明日は無理だよ~!」
明日は昼間は講義、夜はクローズまでバイトが入っていた。
「じゃあ明後日!」
「明後日は午後からなら……」
「じゃあ明後日の午後に家に来て」
明後日の午後に半ば強引に梨華に約束させられてしまった。絶対に悠莉さんと会わないと約束させられたけど……今回は仕方がないよね。鍵を取り返す訳じゃないし。用があるのは私じゃなくて梨華だし。
その事を次の日に静ちゃんに相談してみた。
「他人のそら似ねぇ……意外と本人だったりして」
「まさか!さすがに梨華だって男か女かくらいはわかると思うよ?」
久しぶりに静ちゃんと学食に来た。いよいよ外が暑い季節になってきたせいか、学食はいつもより混んでいた。私はサラダうどんと迷ってカレイの煮付け定食を注文した。
「でも最近は華奢な男も多いし、カレイかヒラメかくらいの違いしか無いでしょ」
「え…………カレイとヒラメって同じじゃないの?」
私はおばさんに渡されたカレイの煮付けを指さして言った。するとおばさんが「同じじゃないわよ~」と笑っていた。
「だって切り身になってたらどれも同じに見えるかも」
「煮付けならカレイって思い込みもあるかもね。リョウにつきまとうからって女だとは限らないんじゃない?」
そっか……あれが男?いや無いでしょ。
「食べたらわかるんだけどねぇ……」
「え?わかる?私魚どれも同じ味に感じるんだけど」
静ちゃんは美人だし強いし完璧なんだけど……味覚がちょっと変わっている。
「そりゃあ……それだけかければ唐辛子の味しかしないでしょうよ」
「………………」
その一言に何故か静ちゃんはキョトンとしていた。
「え?私何か変な事言った?」
「うんん。前にもそう言われた事があって、やっぱり同じだなぁって思ったの」
やっぱり?何故かその言葉に違和感を感じた。静ちゃんを知れば知るほど、所々に違和感を感じる。
30を越えて何故この大学に通うのか。仕事が忙しいなら通う大学が違う気がする。免許に護身術。どっちも必要かと言えば必要だけど……普通に暮らしていたらどっちも使う頻度は低い気がする。なのにどちらも手慣れてる。
そしてさっきの『やっぱり同じ』という発言。まるで誰かと比較しているみたい。一体誰と比較して同じなんだろう?
こんな事は考えたくはないけど……静ちゃんは……
「何かあったら絶対に連絡してよ?推しと握手してても絶対駆けつけるから!」
「………………ありがとう」
ただの友達ではないのかもしれない。
「でも舞台中は絶対電源切ってるでしょ!?電話しても駆けつけられないじゃん!」
「あはははは~!確かに~!」
こうやって身近な人を疑って苦しくなるのは嫌だな……
あの時と同じ。梨華とクラスにいじめられていた時。誰が味方で誰が敵か……疑心暗鬼は息が詰まる。また1人また1人失うと思うと……呼吸が苦しくなる。
「そういえば……現文の先生が静ちゃんがあんまり来てないって心配してくれてたよ。何回か来てないってバレてたけど出席票受け取ってくれたし」
「あ~関?あの教員、そう言って生徒に手出してるらしいよ?」
「え~!何それ!いい先生かも~!って思ったのにガッカリ~」
誰しも白の顔と黒の顔、慈悲深い心と残酷な心がある。
「女子大であの顔なら入れ食い状態だろうね」
「入れ食いって……釣られちゃう気持ちもちょっとわかるけどね」
「やめときなよ~!あんなの若い事にしか魅力を感じてないよ?そんな奴クズだよ。絶対腹の中真っ黒でしょ」
『でも、白か黒かどちらにも染まりきれないのが人間じゃない?』
ロボ太の言葉を思い出した。敵か味方か、好きか嫌いか。そんなに簡単に割りきれたりしない。
ロボ太にだって表の顔があって裏の顔もあるのかもしれない。静ちゃんにだってあってもおかしくない。
まるでくるくると変わるオセロの盤面みたい。そんな目まぐるしく変わる毎日に少し疲弊してきた。