32、ドライブ
32、
南さんが店長になってからはあの店は平和にな
った。南さんがバシバシ面接をしまくって新しいバイトやパートさんが増えた。おかげで人手不足は解消され、あかりん先輩のガチガチのシフトも改善されてきた。
あれから心配していたあかりん先輩の就職はあっけなく決まったらしい。単純にバイトのせいで時間が足りなかっただけなんじゃ……とも思える。
「そっか。色々あったんだね~」
「そうなの!静ちゃんが来ない間、誰にも話せなくて……ずっと寂しかったんだよ?」
私の執念の説得により、静ちゃんを久しぶりに大学に引っ張り出す事に成功した。
「ごめんごめん。こっちも忙しくて」
「でもコミケはまだ先じゃないの?」
「今回は何人かで組む事になったから早めに動かないといけなくなっちゃって」
静ちゃんの同人活動には基本的に私はノータッチ。だから忙しいのは仕方がない。今度はちゃんと大学をサボらず来ると約束してくれた。だから次に静ちゃんが忙しい時は黙ってバイトに勤しもうと決めた。
「身代わりには理由があったとはねぇ……でも先輩、就職決まって本当良かったね!」
「本来能力のある人だから絶対就職できると思ってたんだ」
それにしても、身代わりに理由……?
ロボ太の身代わりになった人にも何か理由があるのかな……?ふと、そう思ってしまった。
「そういえばお礼……」
「お礼?誰に?」
「ロボ太って人からドレスと靴をプレゼントされたんだけど、すぐに帰って来ちゃってお礼言って無かった」
そういえばロボ太に会った事も静ちゃんに話しているといなかった。私はあの日にあった事を説明した。
「お礼……それもういいんじゃない?」
「えぇ!?どうして?」
「そんなの期待させといて最低だよ!そのドレス、多分手切れ金代わりだと思うよ」
手切れ金!?
「お金だったら受け取ってもらえないけど、着飾った服や靴なら最初から受け取らないなんて事はないよね?」
「確かに……」
あの時はショックで頭が回らなかったけど、よく考えてみたらあれは最低かもしれない。
でも、あの日のドレスや靴はだいぶ磨り減っていたりあちこち汚れていた。弁償して返すにはいくらするんだろう?
もしあのロボ太が本物なら、ロボ太はもう私に会いたくないって事だよね……?そう思うと胸が苦しくなった。
「もし……まだムカついててアイツに一言言ってやりたいなら今度は一緒に行くよ?」
「でもあれが本当のロボ太だとは思えないんだよね」
「そりゃ、あのイケメンロボ太がいたら地味モブが本物だとは思いたくないのはわかるよ?」
やっぱり結局顔か!って話になる。でも、ロボ太が普通の人の姿になったらああなるだろうな。とも思う。
「実際はそんなもんだよね。とか思うんだけど……何かが違う。何だかあのロボ太が思い出を共有した人とは思えないんだよね」
あのロボ太から懐かしさや安心感は感じられない。
「じゃあ、二人しか知らない話とかしてみたら?」
「うーん……何だろう?ロボ太の作った詩の話とか?」
「当時の将来の夢とか、どこで何したとか……」
その時、ふとある事を思い出した。
「鈴ヶ森……ベルの丘……」
それは私がロボ太に
「今すぐどこへでも行けるとしたら、どこへ行ってみたい?って聞いた事があるの」
「それが……鈴の?」
「鈴ヶ森ベルの丘。確かロボ太はそう言ってた」
でも調べてみても実際にそんな場所は無くて……その真意は聞けず仕舞いだった。
あの時、ロボ太は一体どこへ行きたかったんだろう?
もしその答えが聞けるなら、その答えが納得いくものなら……
ロボ太ともう二度と会えなくてもいい。私はロボ太を諦める。
その覚悟を持って静ちゃんともう一度あの研究所を訪れた。
それもまさかの静ちゃんの運転で。
静ちゃんは浪人時代に免許を取っていて、たまにカーシェアで車を借りてドライブをしたりするらしい。大学の最寄り駅で待ち合わせをして、借りる予定の車のある駐車場へ向かった。
車に乗る前に静ちゃんは手慣れた様子で車のシートの間隔や角度を調節してくれた。これが彼氏だったらどんなに良かった事か……
「フリマの搬入とか車あるとホント便利なんだよ~」
「静ちゃんって何でもできるよね」
何でもできすぎてたまに本当に22歳なのか疑問に思えて来る。
「そういえば住所は?」
「調べて来た!カーナビに入れるね!」
本戸製薬の研究所で調べたらホームページに写真が載っていて、そこに住所も書いてあった。マップで確認したら住所の場所にちゃんと研究所と書かれていた。
「よし!シートベルトOK?」
「OK~!」
「じゃ出発~!」
ホームページを見ると研究所について何枚も写真が掲載されていて、私が連れていかれた場所は隠された場所というわけではなさそうだった。
そうなるとロボ太は本物で、ロボ太がいた場所がたまたま研究所だった。そう思えて来る。
「もし本物ならさ……彼女がいてもちゃんと想いを伝えた方がいいんじゃない?」
静ちゃんが運転しながらそう言った。
「そうだよね。この先会えないなら伝えた方がいいよね」
せめて、一緒に過ごした日々に救われた事。今も思い出に支えられている事。感謝の言葉だけはちゃんと伝えよう。そう心に決めた。
「ロボ太研究所にいなかったらどうしよう?」
「いなかったらいる所へ行けばいいじゃん。居場所くらい教えてくれるんじゃない?海外とかは無理だけど」
「そうだよね。別に隠してる訳じゃないなら教えてくれるよね」
教えてくれるよね?
と、思っていたら……
「藤丸諒太の所在はお教えする事はできません」
受付にそうはっきりと言われた。
「ただ直接お礼を言いたいだけなんです」
「先ほどからおっしゃっている意味がわかりません」
「だから、ここの研究員に会いに来たって言いましたよね?今回アポは無いんですけど、以前この研究所でお会いしたんです」
どこか受付の女の人は困っていた。
「はぁ……ですが、この施設に藤丸諒太という研究員は所属しておりません」
「は……?」
なにこれ?狐に化かされた?それともあれは私の夢?でも、自分の部屋にあるドレスや靴は消えて無いはず。
静ちゃんはこそっと私に耳打ちした。
「やっぱりあれはロボ太じゃなかったみたいだね」
ちょっと待って!?スタートからロボ太じゃない事決定なの!?
「だったらあれは何だったんだろ?あれがロボ太だと私に信じさせて何がしたかったんだろう?」
「どうする?ロボ太じゃないなら帰る?」
私達がこれからの行動を模索していると、ちょうどそこへ白衣を来た男の人が施設に入って来た。
「みいちゃん、今日はランチ一緒に行ける?」
その男の人は私達が目に入らないのか、すぐさま受付の女の人に話しかけた。
「あ……ロボ太!!」
その顔に見覚えがあった。四角い顔にしっかりした体格。
「え?ロボ?……あ……」
その男の顔に『まずい。バレた』という表情が張り付いていた。
ねぇ、ちょっと成り済ましが雑過ぎない?
私は何だかムカついて置き土産として爆弾を置いて帰る事にした。
その男ににっこりと微笑んでこう言った。
「ドレスと靴のプレゼント、ありがとうございました。結婚おめでとうございます。お幸せに。藤丸諒太さん」
それを聞いた受付の女の人の顔がみるみるひきつってゆくのがわかった。
「静ちゃん行こう!」
私達が研究所から出ようと背をむけると、背後で修羅場が始まっていた。
「……ちょっとどういう事なの!?」
「違うんだ!誤解なんだよ!」
何が違うんだろう?藤丸諒太だと偽って贈り物をして、結婚すると見せつけて……
少なくとも目の前のロボ太は間違いなく嘘つきだ。
「上の命令なんだよ!俺も詳しくは知らないけど、あの子少しおかしい子なんだよ」
おかしい……?
その発言に思わず足を止めた。怒りに気を取られて完全に忘れてた。
その理由をちゃんと聞かなきゃいけない。