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30、寂しさ


30、



寂しい。この寂しさを埋めてくれるのはいつだって友達だった。友達という大切な存在だった。


その友達、静ちゃんが最近あまり大学に来ていない。


連絡をすると「忙しくて~」という答えだけが返って来る。返信があるだけマシなのかもしれないけど……早く顔を見て話がしたいな。


午後の講義の終了後、先生に「白浜美織さん、斉藤静香さん、この二人は帰る前に私の所に寄ってください」と言われた。


あれ?もしかして私?呼ばれた?


すると、周りの知り合いの子達が口々に私に声をかけて来た。


「呼ばれてるよ?」

「どうしたの?」


呼ばれた理由は……自覚が無くも無い。私は帰り支度をして、憂鬱な気持ちで先生のいる教壇へ向かった。


「君が白浜さん?斉藤さんは?」

「途中で帰りました」


先生は教授というには若く、見た目は30代後半の男性教員だった。


「この出席票、筆跡が同じだ。二枚とも白浜さんが書いて出したね?」


出席確認をちゃんとしない講義は静ちゃんの分まで出席票を書いて提出していた。そうすれば静ちゃんも出席扱いになる。


めっちゃ説教されるーーーー!


と思ったら……


「一度や二度なら見逃そうと思っていたけど……このままだとレポートの出来が良くても単位はあげられないよ」

「えぇ!?」


この授業は必須科目。進級するには必要な科目だった。


「斉藤さん最近大学自体来てる?来なくなって留年や退学する生徒を多く見て来たから。一緒に進級したいなら来づらくなる前に来させた方がいい」

「……わかりました」


出席票とかアナログなのは如何なものかと思ってたけれど、教員はちゃんと把握していて私のありきたりなズルはただ泳がされていただけだった事を知った。


「今回は受けとるけど、次からは1枚だけだから」


え?今回は受け取ってくれるの?次回から?それなら……もう帰っていいのかな?


「すみませんでした!次回からは絶対静ちゃん連れて来ます!お疲れ様でした!さようなら!」


これ以上のお説教を聞く時間もメンタルも持ち合わせていない。さっさと謝ってさっさと退散してきた。


今日はきっと『サレ妻VSシタ夫の不倫相手地獄の修羅場』がある。


大学から駅に向かう途中静ちゃんに、今日あった事と次回は必ず一緒に行こうとメッセージを送った。


駅でバイト先の最寄り駅まで向かう途中、リョウにもメッセージを送っておいた。


製薬会社の秘書が訪ねて来て研究所のような所へ連れて行かれた事。そして、そこでロボ太だと言う人と会った事。


鍵は今どうなっているのか訊こうと思ってメッセージをスマホで打っていると、電話がかかってきた。


その頃ちょうど電車が駅に到着したところだった。私は着信を無視して電車から降りると、そのままホームで折り返し電話をかけた。


「どうゆう事だよ」

「はぁ?」


『もしもし』すら無く、突然リョウは怒り始めた。


「そいつをロボ太だと信じるのか?」

「はぁ?私がいつ信じるなんて言った?」


意味がわからない。


「いい。信じろよ。あいつがロボ太ならもう探さなくて済むだろ?」


それは……そうだけど……


「これで鍵を取り戻す理由も無くなった。俺と関わる理由も無い」

「待ってよ!!あれはロボ太じゃない!!」

「何でそう思うんだよ!見た目が変わってたら誰でも否定するのか!?」


違う!!


「そうじゃない!!」


その時、私は自覚した。


私はまだ……リョウ=ロボ太という可能性を捨てきれていない。その可能性がある限り、研究所にいた『それらしいロボ太』をロボ太だと信じる事ができない。


まだ……まだ信じたい。


「あのロボ太を……本物のロボ太だと信じてしまえばきっと楽だよ。今度こそロボ太の事を諦められるかもしれない。だけど……」


あのロボ太を信じて全てを諦めてしまえば……


『月が綺麗だね』そう言ったあの瞬間や、笑い合った日々。あの幸せだった時間を全て捨ててしまう気がする。


「まだ……まだ探したい」


これは私のただの我が儘。


もう少し、リョウと一緒にロボ太を探していたい。


そう素直には言えなくて、卑怯な私は鍵を探す正当性だけを並べた。


「だってあれは成海のお祖父さんの形見なんだから!ちゃんと成海に返さないと」


それでも「終わりにしよう」と言われるのが怖くて喋り続けた。


「あ、もしかして悠莉さんを全然説得できてないんでしょ?」

「そうじゃない」

「それにもうすぐ夏休みだし!鍵を取り戻したら一度あの村に行ってみようよ!何かわかるかもしれない!だから……だから…………一緒に行こう?」


これで……一緒に行く事だけ断られても痛くはない。


悠莉さんや佐江子さんの気持ちが少し理解できた。その関係が繋がっていられるならその理由が何であれ少しでも繋がっていたい。


「わかった……考えとく」


その答えにどこかホッとした。


「これからバイトだから切るね」


そう言って電話を切った。駅のホームはいつの間にかオレンジ色に染まり、街が少しづつ夜の装いになっていった。その空気に少し寂しさを感じて、その空気から逃げるように歩く速度を早めた。すると……


「白浜さん!」


後ろから声をかけられた。振り返ると山本君の姿があった。


「山本君今日早くない?」

「そっちこそ」

「なんか……南さんがやめちゃうと思うと落ち着かなくて……」


山本君も「同じく」と言って隣を歩き始めた。


「あかりん先輩……南さんもやめて欲しくないなぁ……」

「それはみんな思ってる」

「それに田渕さん絶対あかりん先輩の事……」


これであかりん先輩が不倫を止めてくれたら、田渕さんも告白できるかもしれない。でも、逆にもっと早くに田渕さんが告白していたら南さんと直接対決までには至らなかったかもしれない。


「大事なものほど失うのが怖いんだと思う。だから……田渕さんがどれだけ相馬さんとの関係を大事にしているか見ていてわかる」


確かに……失うかもしれないと考えて初めてその大切さに気がついたりする。あかりん先輩と南さん、静ちゃんにリョウ……


私の周りから次々と大事な人が離れて行く気がした。


まるで自分だけこの世界に取り残される気分になってたまらなく不安になった。


そして、今はどうでもいい事をふと思い出した。


そういえばあかりん先輩、田渕さんの事を人格破綻者って言ってた気がする……ここでそれは言えない。


「確かに……なかなか言えないよね……」


私だって、いざ相手を目の前にしたらきっと怖くて何も言えないと思う。下手な事を口にして築いて来た関係を全て失うとしたら、安易に博打に出る事はできない。


「でも、むしろ今日はチャンスだと思うけどな」

「きっかけが必要なら辞めるタイミングってチャンスだよね!?田渕さんちゃんと伝えられるかな?」

「さぁ?そこを越えられるかは田渕さん次第」


山本君の横顔を見て少し感心した。今時の高校生はしっかりしてるなぁ……何だか年下の山本君が妙に頼もしく感じてしまった。


「山本君……本当に高校生?」

「え?は?」


何故か山本君は首を傾げていた。


「あ、この前は店長を悪く言ってごめんね。身内の悪口なんて聞きたくないよね」

「いや別に店長と身内じゃないし」

「え?そうなの!?」


驚いた私を見て何故か驚く山本君。その後少し凹んでいた。


「あのグズの身内とか……」

「山本君もクズとか思ってたんだ……あ、でもごめん、噂で店長の甥っ子って聞いてたから」


そうこう話しているといつの間にか寂しい気持ちはどこかに消えてしまった。そしてあっという間に店の裏口に到着した。


裏口の扉を開けると、いつものように笑顔で南さんが出迎えてくれた。でもどこかその笑顔はいつもより暗い気がした。


「あら、二人とも早いのね」

「南さんの唐揚げ目当てで~」


そう言うと南さんは忙しい時間なのに、私達のまかないを作り初めてくれた。


「唐揚げ定食でいいの?」

「お願いします!実はお腹ペコペコで……」


1人だと学食で食べても何だか美味しくない。だから購買でおにぎりを買って済ませたせいか空腹だった。


山本君は先に着替えを済ませていつの間にか厨房を手伝っていた。


いつものように南さんの唐揚げ定食を厨房の隅のテーブルで食べて、何かできないかと考えた。


「やっぱり南さんの唐揚げは美味しい……」


だけど何も変わらず変えられず時間だけが空しく過ぎていった。


そのうち木村さんがやって来てあちこちに挨拶に回っていた。木村さんは以前より少し小太り……ぽっちゃりさんになっていて、きつくかかったパーマがよりおばさん感を演出していた。


遠くで木村さんと早番の女の子達との他愛ない会話を聞きながら、満腹のお腹を抱えて更衣室へ向かった。


本当にあかりん先輩が辞める事は不可避なのかな……?南さんは……田渕さんはどうするんだろう?



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