3、全然違う
3、
そんなあの村で、母は今でも看護士として働いている。そのおかげで大学にも行かせてもらってる。生活費はバイトで何とか賄ってるけど……遊び歩けるほど余裕がある訳じゃない。余裕じゃないのに……
あのロボ太に金銭を要求された。
「必ず返すから!」
こうゆう時の『必ず返す』は『ほぼ返す気はない』に近い。
「お願い!頼むよ!」
「悪いけど出せるお金は無いよ」
それに正直、私の中ではまだこの人がロボ太だと信じたわけじゃない。少なくとも私の知る限り、ロボ太はアポなしで人の部屋に来たり過去をネタにお金を要求するような人じゃない。
「そっか……じゃあ、僕、今行くとこ無いんだ。しばらく泊めてくれない?」
「はぁ?!体で支払えって?私そこまでの事してないと思うけど?」
「いやいや、そうゆう意味じゃないって」
そこまでは要求してないらしい。私の思い過ごしだった。
「でも……どうして?その姿ならどこでも働けるでしょ?」
「そうだけど今は仕事を無くしてて……全身整形の費用を返済したら……」
「全身整形……?」
その言葉を聞いて、ロボ太の姿に納得いった。
「まだあちこち跡が残ってる。見る?」
ロボ太は肩や腕の傷痕を見せて来た。
「何回にも分けてあちこち大手術だったから大変だったよ。さすがにいくらか傷痕は残るみたいだけど……」
その生々しい傷痕を見て、涙が出た。
「ロボ太……」
先輩から別れ言葉を聞いても涙なんて出なかったのに、ロボ太が自分の体を切ってまでその姿を変えた事が辛くて……涙が出た。
その傷痕がこんなにも悲しいなんて思わなかった。痛々しく新しい傷痕がいくつもいくつもあった。
残念ながら私には新しく生まれ変わったロボ太を祝福する事ができなかった。
こんなにイケメンなのに……体も柔らかくて、普通の人間と何ら変わり無い姿になったのに……
何よりロボ太の望みが叶ったのに、少しも喜べない自分がいた。
静かな部屋で私のすすり泣く音だけが響いていた。
「え……どうして泣くの?」
ロボ太は私の涙に戸惑っていた。
「あの、ほら、でももう痛みとかは全然無いし!それに、こんなにイケメンにもなったし!」
「イケメンて自分で言う?」
多分ロボ太にそうさせたのは私だ。私の裏切りがそうさせた。そこまでロボ太を変えてしまった。その事に自分自身が許せなかった。
「ごめん……ごめんねロボ太……」
ロボ太は困ったような顔をして小さな声で呟いた。
「美織のせいじゃない。もう謝らないでよ……」
それだけじゃない。何も言わずあの村を出て来た事、嫌な思いさせたのに謝れなかった事。謝りたい事はたくさんある。
『私のせいじゃない』そう言われても、溢れた涙は止まらなかった。
ロボ太は何も言わずそっと私の肩を抱いて自分胸に私の頭を引き寄せた。ロボ太の胸の音を聞くと余計に涙が出た。
でも……あの頃とは全然違う。
胸の固さも鼓動の速さも全然違う。違うけど、ロボ太に再会できた事が嬉しかった。また昔のように普通に話せた事にどこか安心した。
だけど、こんなロボ太を見たらみんな何て言うんだろう?ロボ太のお母さんだってきっと涙を堪えずにはいられない。
「ロボ太、今度一緒に帰ろう」
「帰る……?まさか……あの村に?」
「私も一緒に帰ってロボ太の両親に謝る。こうなったのは私のせいだよね。私からもおじさんとおばさんにちゃんと説明するから」
ロボ太は私の提案を聞くと、急に黙り込んで下を向いた。そして、下を向いたままサラサラな前髪を横に揺らした。
「帰れない」
「どうして?片道の乗車券くらいはなんとかするから」
「違う……全身整形のために、父さんの会社が所有する土地を勝手に担保にしてお金を借りた」
はぁ!?
「だから……帰れない」
それ以上何も言えなかった。それ以上、何も言葉が出て来なかった。
自分で稼いだお金で整形したんじゃないの?林業を営む会社の土地って相当大事な物じゃないの?
ショックというか……呆れというか……落胆したというか……様々な感情が交錯して整理しきれなかった。
そこまでして姿を変えたかった……?そりゃ、あの姿じゃあの村は出られない。出られないけど……
ロボ太は一生あの村から出ないと覚悟していたはず。
本来ならその借金はいくらなのかどこから借りたのか、どこまで返済したのか聞くべきだったのかもしれない。でもその時はただ……
ただ呆然とした。
「どうして?どうして同じ事をしたの?お兄ちゃんの事であんなに嫌な思いをしたのに……」
ロボ太の兄もまた親戚から多くの借金をして突然姿を消した。そのせいでロボ太の家族は肩身の狭い思いをしていた。あの狭い村で放蕩息子の家族という烙印を押され、嫌な仕事を押し付けられていた。
多分、私達家族を受け入れてくれたのも押し付けられた仕事だったんだと思う。
「どうして?わかんないよ……」
理解できない。今のロボ太は私には少しも理解できなかった。それなのに、呆然とする私にロボ太は突然大きな声をあげた。
「そりゃあ、わからないだろうよ!普通の姿に生まれて普通の家で普通に育ったお前に何がわかる!?」
そう言われて私は思わず「バチン!」とロボ太の顔を叩いてしまった。
「違う!!ロボ太はそんな人じゃない!私の知ってるロボ太とは全然違う!!」
私の事を忘れた?それとも本当はロボ太じゃない?
「私が……普通?ロボ太は私が何も考えず生きて来た言いたいの?バカにしてんの?」
今時親の離婚なんて普通かもしれない。だからって何不自由無く楽しく生きて来れたわけじゃない。
「自分が一番可哀想なの?そう思ってるなら本当なに可哀想だね」
ロボ太は叩かれた頬を手で抑え呆然とした。そして、すぐに私に謝った。
「あ、いや……あの……その…………ごめん」
抑えた手を離すと、顔が赤く腫れていた。その時、ハッとした。暴力はいけない。そこは私も反省した。
「私こそ…………叩いてごめん。昔みたいに頑丈じゃ無いんだしね……」
昔のロボ太なら叩けばこっちが痛い思いをするほど顔の皮膚が固かった。だからと言ってロボ太に暴力なんか振るった事なんて一度もない。
そもそも私に暴力を振るわせるほどひどい発言をする人じゃなかった。
私は冷凍庫から保冷剤を出してタオルに包んでロボ太に渡した。そして大きくため息をついた。
「美織……怒ってる?よね?」
「怒ってない」
「それ怒ってるじゃん」
そう思うなら女々しく「怒ってる?」なんて訊くなよ!!私はイラつきを抑えられず、ロボ太に当たり散らした。
「ロボ太さぁ、なんでよりにもよって今日来るかな?」
「今日って何かあった?誕生日はまだ先だよね?」
「さっき彼氏と別れたの。空気読めよ!」
読める空気じゃないのはわかってる。その理不尽さにロボ太は少しも動じなかった。
「え?別れたの?」
「いやだから空気読もう?」
ロボ太は完全に私を無視して話を進めた。
「じゃ、今フリー?じゃ、付き合おうよ!」
「じゃあ……?じゃあって何?じゃあ付き合うの根拠は?」
何なの?そのとってつけたような告白!いや、告白というよりそんなのただの口約束!ロボ太は私の顔を見てヘラヘラ笑っていた。
腹立つ!!ロボ太のくせに!!
そうゆう冗談を言うようになったんだね……本当に別人みたい。
「あのさ、あんた私に刺されたいの?」
「え…………」
確かに好みの顔だよ?そうかもしれないけど……私が顔でホイホイ付き合うと思ってるその態度!その態度に腹が立つ!
「ロボ太、イケメンになったからそうゆう冗談が許されるかと思ってるのかもしれないけど……私がそうゆう冗談が一番嫌いなの忘れた?」
人は変わる。ロボ太は容姿が変わった。それも別物に。性格だって変わってもおかしくない。だけど……
「話が終わったならさっさと帰って」
私だって、こんなに可愛げ無く変わりたくなんかなかった。