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29、蕎麦


29、



ロボ太はこの数年でブッチギリの頭の良さで製薬会社で研究者として働いていた。


それはどう考えても、突然家に押しかけてお金を借りようとするクズよりは全然マシ。そっちの方が断然いい!!むしろそうあって欲しいと思うのが当然。


当然なのにどこか納得いかない自分がいる。


ロボ太には婚約者がいて、手の届かない人になったから?その事が受け入れられない?


ロボ太が普通の人間になったから?見た目がただのオッサンになったから?その事は普通にショックなんだけど……結局顔か?顔が気に入らなかったのか?


緊急事態と言われて駆けつけたバイト先には、店長がいた。あの幻の店長が!!


以前に会った時は3ヶ月前だった気がする。それも店内の廊下をすれ違っただけ。相変わらず冴えないオッサンだったけど、最近はさらに禿げたオッサンになっていた。


たっぷりあった髪はどこへやった?ヅラだったの?


私が店に到着した頃にはそこで働くみんなが既に集まっていた。


そこに駆け込んで来た目立つドレス。私のその場違いな格好に、あかりん先輩が突っ込んだ。


「みおりんどうしたの?その格好……」


どう説明したものかと考えていると、田渕さんがわかった!という顔をして言った。


「あ、あれだ!コスプレ!?コスプレっしょ」

「ブチ~!結婚式に決まってるでしょ!?」


すると何故かあかりん先輩が私に申し訳なさそうに謝ってきた。


「親戚の結婚式があったなら言ってくれればいいのに……急にブチが呼び出してごめんね。私は来れるかどうかちゃんと聞けって言ったんだけどね。ブチがね、このブチが!!」


そうですね……できれば着替えて来たかったです。流石にこの格好で居酒屋は恥ずかしい……


「それに……こんなどうでもいい事に……」

「どうでもいい事あるか!育休だぞ?」


育休?そう聞いた瞬間、しばらくポカン……と呆けてしまった。


これが……緊急事態?はぁ?


そして店長がその想いについて語り始めた。その間、みんなはひそひそ話を始めた。


「店長奥さんいたんですね」

「まぁ世の中物好きもいるもんだから」


「育休ってあのオッサン万年育休っすよね?」

「働かないのにイクメンアピールしてきたらマックスうぜぇ~」

「まぁ、アピールしてきたらおだててもっとやらせるのが奥さんのためかな」


「とりあえず世の中のイクメンに謝ったほうがいいわね、というより今すぐ私に謝れ」


口々に文句と悪口を言っていたけど、店長は自分の話に夢中で全然聞いていなかった。そう、店長は人の話が聞けない大人。何を言っても基本的に無駄になる。南さんのように折れずに根気よく説得するしか歩み寄れない。


「しばらく会う事も無いだろうから。ほら、この際言っておきたい事とかあれば言ってみれば?給料上げろとか社会の窓閉めろとか」


南さんがそう言うと、店長ははっとして慌ててズボンのチャックを閉めていた。


「今はとにかく着替えたいです」

「あら可愛いのに勿体無い!山本君もっとちゃんと見せてもらいなさいよ」

「何で俺すか?」


南さんの反応が七五三の時の母を思い出す。私は早く脱ぎたくて仕方がないのに、完全に見せ物状態。


「もう帰っていいですか?」

「こんな時間にこんな格好で?山本君方向同じでしょ?送ってあげなさいよ」

「何で俺っすか?」


でも他にいないという空気が流れたから、私は遠慮して「1人で帰ります。むしろ1人で帰りたいです」と訴えたのに……


同調圧力により、あまり関わりの無い山本君と帰る事になった。


「あのう……お腹空いてて寄りたい所あるんだけど……」


高校生に遅くまで付き合わせるのは申し訳ないとは思ったけど、お腹が空いてどうしても蕎麦が食べて帰りたかった。


「奢るから付き合って」


そう言って連れて来たのは駅の立ち食い蕎麦屋。


「え……ここ……?」

「だから1人で帰りたいって言ったのに!拒否る事を放棄してついて来るから」

「南さんの決定は回避不可能」


まぁ、そこは確かに。


「何がいい?」

「お勧めで」


私はかき揚げ蕎麦の食券を買って、チキペイで支払いをした。そして食券を店員のおじさんに手渡した。


「別に本当に奢らなくてもいいのに」

「いいのいいの。ここチキペイ使えるんだよ?便利だよね~」


奢る奢らないというより、面倒くさい事はなるべく省いて早く蕎麦にありつきたいのが本音。


「かき揚げ2つ~」


2つの蕎麦をお盆に乗せて店の奥の席に移動した。


割り箸を割って、一気に蕎麦を啜った。


「………………」


山本さんは一心不乱に蕎麦を食べる私を見て呆然としていた。


「食べないの?伸びるよ?」

「いや……なんか……格好とのギャップが……」

「そんな事わかってるよ!だから1人で帰りたいって言ったのに!」


蕎麦屋に入った時から沢山の人の視線は感じていたけど、空腹でそんな事どうでも良かった。


「このガツンと来る鰹だしがヤバいんだよ」

「よくここ来るの?」

「たまにね。嫌な事あった日はここに来てパワーチャージ。南さんの唐揚げでもチャージされるんだけどね、食べられない時はここで」


山本さんは少し躊躇していたけど、割り箸に手を伸ばして蕎麦を一口食べた。


「多分だけど、またここに来る事になる」

「えぇ!?嫌な事言わないでよ!普通まず味の感想じゃないの?」

「蕎麦はうまいんだけどさ……南さん、店やめるかも」


その衝撃的一言に、思わず箸を離してしまった。


「はぁあああ!?何で!?何で南さんが!?」


でも冷静に考えたらこれからも店員不在は確実。発注業務からシフト管理、おまけにクレーム対応なんてやらされて……いつやめてもおかしくはない。


「やっぱり店長の育休かな?あれ絶対取るだけ育休だよ。ああゆうの印象良くないからやめた方がいいと思うんだよね」

「でも当事者以外、実情はわからない。何も知らない限り決めつけるのも良くないよ」

「ああ、まぁそうだよね。店で役立たないなら家庭で役立って欲しいよね」


何も知らないのに決めつける。それが偏見や差別につながる。私が梨華にされた事と同じ。知らず知らず自分もする側に回っていた事を反省した。でも店長が働かないのは事実だけど。


「明日ってもしかしてシフト入ってる?」

「うん。ラストまで。明日って何かあるの?」

「明日……南さんがうちの店で人と会うらしいんだ」


南さんが人と会う?何故うちの店で?


「それ、旦那さんの浮気相手じゃないかって思うんだ。その浮気相手が……」

「あかりん先輩!?はぁあああ!?」

「そうじゃなきゃうちの店を使う理由が無い」


いやいや、他にも色々理由あるでしょ!一つも思い付かないけど!よく考えたら、南さんは浮気相手に恩を売ると言っていた。もしその浮気相手があかりん先輩だとしたら……あの答えは納得いく。


あかりん先輩になら十分復讐になるかもしれない。そう思うとあの優しさが怖い。


「明日、相当な修羅場になると予想」

「え?でももし明日、あかりん先輩が南さんと、会う事になったら誰がホールに出るの?」


私はあかりん先輩と交代した。そして南さんは人と会う。完全に人が足りて無い。


「臨時で木村さんが来るって」

「あ~他の店舗の人来るんだ」


何度か人が足りなくて木村さんというおばさんが来てくれた事がある。これもバイトの人員を増やして欲しいという店長への要望が無視された結果。


「でも何で南さんが辞めるの?」


普通あかりん先輩の方がやめる気がするんだけど……


「相馬さんが辞めたら人手が足りなくなって木村さんが本格的にこっちに来るかも」

「えー!じゃあ南さん絶対辞めるじゃん!」


南さんと木村さんは馬が合わない。お互いにそれなりの経験があってそれぞれこだわりがある。マニュアルはあっても多少は個人のやり方が許される。そのこだわりは正反対で、それがわかっているから敢えてお互い接触しないようにしているように見えた。


「って事は明日の話し合い関係無く……」

「まぁ、相馬先輩が辞めたら確実に南さんも辞めるって事」


うわぁ~!完全に積んでるじゃん!!


「山本君は辞める?」

「辞めない」

「私も……寂しいけど辞めないかな……」


蕎麦が一気に冷めた気がした。


「明日に向けてチャージしとこう」


温くなった蕎麦を口に入れるとなんだか少し寂しくなった。


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