27、取り戻す方法
27、
神様はどうして意地悪ばかりするんだろう……ほんっと!意地が悪い!
「何してんの?」
「あ、あの、その……」
私が気まずそうにしていると、梨華は私にスポーツドリンクを投げて来た。
「え、これ……」
どうゆう状況!?
混乱している私に梨華は平然と部屋の隅に置かれた椅子に座った。
「言っとくけど何も入ってないから。別にいらないならそこら辺捨てとけば?」
そう、連れて来られたのは何故か梨華の家。
そういえばこの部屋、どこか見覚えがあった。昔はかわいらしいピンクの部屋だったけど、今は黒を基調とした落ち着いた部屋になっていた。
梨華からもらうのは癪だけど、さっきから喉が渇いて仕方がなかった。飲み物に罪はないもんね。
「……もらっとく」
そう言ってスポーツドリンクを喉に流し混むと、体に染み渡るように美味しかった。
「ふ~!生き返った~!」
「あんたホント昔から変わらない。熱で倒れるなんて子供じゃないんだから」
それについてはぐうの音も出ない。
「あのさ…………なんで私をここに連れてきたの?」
本当の親切なら私の部屋に送り届けてくれるはず。それが梨華の部屋となると……
「聞きたい事があったから」
「聞きたい事?」
梨華はペットボトルのコーラを一口飲むと、ため息をついた。
「本当はあんたなんかに訊きたくもないんだけど……薬を入れた男の事、何か知ってる?」
え……その前置きいる?
「あの男の人?全然知らない」
「はぁ?知らない訳ないでしょ?今までに何度か見たとか常習犯とか」
私は首を降って見せた。
「あの日初めて見た」
「初めて!?初めて見てわざと溢しに来たの!?なんでよ!?」
相変わらず私には梨華が怒る理由がわからない。
「なんでって……こっちにも色々事情があって……」
「事情って何?」
「………………」
ここで正直に『嫌いな奴に恩を売る』とか『いい人マウント取って嫌がらせ』とか説明……
出来るわけがない!!
「あの……その……店長?うちの店長業務をほとんどバイトに任せてて全然出勤して来ないのね。で、大きなクレームが来れば店長引っ張りだせるかなと……」
「それってさ、もし店長来なかったらどうするの?」
「………………」
私は最悪の事態を想像して頭を抱えた。
店長不在、バイトの責任、解雇、トラブル、閉店。
「バッカじゃいの!?酒の入った相手に危機感無さすぎ」
「梨華だってもし気がつかなかったらあのまま飲んでたかもしれないでしょ!?」
「はぁ?気づいてたって言ってんでしょ!?」
パパ活なんてやるほど経済的に困って無いように見えるけど……部屋のあちこちにブランドバッグが酷い有り様で散乱していた。
「あれは飲んだふりして捨てるつもりだった……その後寝たふりしてついて行こうと思ったのに……」
「え……何それ……ついて行って何するつもり?」
「そんなのあんたに関係無いでしょ!?邪魔しないでよ!」
寝たふりで薬を入れた男について行く……?そんなの確実に危険が伴う事くらいわかるはず。
「バッカじゃないの!?そんなの危険に決まってるでしょ!?もっと自分を大事にしなよ!」
「思っても無いこと言うな!!どうせ私が痛い目見れば喜ぶんでしょ!?みんなも……あんただってそうでしょ!?」
みんなも…………?
「みんなって……?なっちゃんは?アンナは?」
梨華の様子に嫌な予感がした。
「あいつらは卒業したらあんたの代わりに私を成敗してくれたよ。善人だから」
その「善人だから」の言い方に憎しみを感じた。
ロボ太が言っていた「怖いのは一方的な正義を振りかざして無自覚で他人を傷つける無責任な人間だ」と。
あの梨華の周りの子達が、梨華をいじめる正当な理由を持ったとしたら……?
想像したらゾッとした。梨華がいじめられていたとしても何とも思わないと思っていた。だけど実際梨華を目の前にしたら……何故だか不思議とざまぁとは思わなかった。
私の恨みは何だったんだろう……
「梨華……ごめん……」
思わずそう溢していた。
私がロボ太と楽しく過ごしていた間、私がずっと恨んでいた間、梨華は苦しんでいた。
私が安易にその場しのぎの謝罪をしなければ……真実を知る事から逃げなければ……
「なんで謝るの!?そうゆう所が嫌いなの!!あんたマジでウザイ!!」
「……ごめん……」
溢れる涙に、出てくる言葉がやっぱりごめんしか無かった。
「あのさ、謝らなきゃいけないのは私の方なの!私が責任転嫁したの!妬んだの!でも……悪いけど別に謝って許してもらおうとか思ってないから」
逆ギレで直接的に謝らないと宣言された。それは梨華らしい。相変わらず性格が悪い。
私だって、簡単に許せるわけじゃない。
梨華は持っていたペットボトルのコーラを飲み干すと、空のペットボトルを乱暴にゴミ箱に投げつけた。そのペットボトルはゴミ箱の縁に当たってそのまま床に落ちた。
「だからって……梨華が危険になったからって喜んだりしない。私そんな悪趣味じゃないし」
「そんなのどうでもいい。次は絶対に邪魔しないでよ?」
「するよ!!邪魔する!!」
それから暫く『する』『しない』でモメて梨華が口を滑らせた。
「だってそれしか取り戻す方法が無いんだから!仕方がないでしょ!?」
取り戻す……?
「ねぇ、それって何か取られた?もしかして寝てる間に?」
「!?」
梨華は目を見開いて驚いていた。そして、友達の話を話始めた。
「友達が……酒に睡眠薬入れられてホテルに連れ込まれたんだけど……」
「嘘……」
「色々覚えて無いし、体の事は気にしてないんだけど……ベビーリングが……」
梨華はそう言うと、壁に飾られた古い赤ちゃんの写真の方に目線を移した。
その赤ちゃんは小さな指に小さなリングをしていた。
「海里って人……知らない?」
「……カイリ?ごめん、知らない。それが友達がベビーリング取られたって人の名前?」
「その時はそう名乗ってた」
その時は?
「何度か街で見かけたんだけど……毎回違う格好してて……」
「そりゃあ毎回同じ服な訳ないじゃん」
「違う。なんか、こう、テイストが全然違う」
普通人は服を選ぶ場合自分に似合う服を選ぼうとする。綺麗なシャツを着る青年が突然スカジャンを着たり、ましてや女物のブラウスなんか着たりしない。
「この目で見たんだよ!!……って友達が」
「それって本当に友達?」
苦しい言い訳に思わず『友達が』という所に突っ込んでしまった。
「はぁ?あんた喧嘩売ってんの?」
「あ、いや、違うの!そうゆう意味じゃなくて!あかりん先輩、あ、バイト先の先輩なんだけど、いつも友達が……って話するけど……」
あかりん先輩はいつも友達の話を自分の事のように落ち込んだり喜んだりして話していた。
「あれ……多分自分の事なんだと思う」
友達の話として話すという事は、公にはできない関係。つまり、あかりん先輩の彼は既婚者という事になる。その事をみんなはわかっていて黙って話を聞いている。
梨華はそのまま黙って下を向いた。本来は私もそこは突っ込むべきじゃなかった。落ち込む梨華に私も友達として自分の話をした。
「これも友達の話なんだけど……彼氏?いや、友達の元カノがカップケーキ持って来て、そのケーキを食べたら眠くなっちゃって、その間に鍵のペンダントを盗まれちゃったんだよね」
「元カノのカップケーキ食べる気が知れない。あんたの友達、頭おかしいんじゃない?」
私の話だってわかっててそこまで言う?
「カイリって人、SNSは?やってないの?」
「やってない。かなり調べたけど全然ダメ。だからマッチングアプリで知り合った人に訊きまくって、薬を使うような人は、その人の部屋まで行って何か手がかりが無いか調べてる」
「そんなやり方……」
そんな身を削るようなやり方絶対間違ってる。
その人の部屋まで行くという事は、当然何事もなく帰れるはずがない。
「間違ってるってわかってる。でも他に方法が無い」
人探しと言えば……こんな時、絶対に頼りたく無い人の顔が頭に浮かんだ。
「先に言っとく。あんたの無能な父親にも依頼してるから」
「えぇええ!?」
「クソみたいな親の金だけど使える物は使わないと……」
それってガチな依頼じゃん!!
その後散々梨華と言いたい事を言いあって、私は梨華の家を出た。まだおぼつかない足取りでなんとかその日の昼までに自分の部屋へ帰った。
お腹が空いたけどまずはシャワーで汗を流してさっぱりしたい。さっとシャワーを浴びて戻ると、リビングのテーブルの上の携帯がけたたましく鳴り響いていた。