25、復讐
25、
ロボ太探しも鍵探しも頑張ろう!と意気込んだものの……
あれから半月、バイト、講義、課題三昧!しすざんまい!!まぁ、普通の毎日を普通に忙しく過ごした。
悠莉さんとは絶対に会わないと約束させられて、あれから一度も悠莉さんには会えてない。
このまま現実に追われて、いつの間にか夢や目標を見失うのかなぁ……
そう思うと焦りと不安が急に襲ってくる。今は目の前のやるべき事をやるしかない。そう思っていてもなかなか手につかない。
「美織ちゃんこれ全部の部屋に戻しておいてくれない?」
「え?あ、はい」
南さんの一言にやっと我に返った。私は頼まれたメニュー板を各部屋に置いた。
いけないいけない。今はちゃんとバイトに集中しよう!
そう気を引き閉めてカウンターに戻ると、遅れて田渕さんがやって来た。田渕さんは「お疲れ様で~す」と挨拶し、私達が目に入るとすぐに「ニュース見た?」と言った。
ニュース?
私が首を傾げていると、南さんが「あ~表通りの?」と言いながら割り箸の大袋からストックケースに割り箸を補充していた。
私がポカンとしていると「あれ?知らない?」と言って南さんにきかれた。
「さっきワイドショーでやってたよ~?妻が夫の不倫相手のお腹をぶすーっと!」
南さんはご丁寧に持っていた割り箸で刺す真似までしてくれた。
「えぇええええ!あの通りで!?うわ怖っ」
身近な場所で縁遠い事件に鳥肌が立った。
あんな所でそんな事が!?どうりでいつもと街の雰囲気が違うと思った。
「だからパトカーや報道の人が多かったんですね~」
すると南さんが持っていた割り箸をケースに入れながらキッチンの山本さんに助言していた。
「半端な気持ちで付き合うと痛い目見るわよ~?ねぇ山本君」
「何で俺すか?それはブチさんに直接言ってくださいよ」
「いや何でだよ!俺半端な付き合いなんかしてないっすよ~」
そう言う田渕さんはお付き合いが3ヶ月と持たない自称『さすらいの恋人』真剣に彼女が欲しいとは公言している。「多分ただの人格破綻者なんだと思うけどね」と、みおりん先輩は言っていた。悪までみおりん先輩が。
準備を終えた南さんは、頭のバンダナを整えながらこんな事を言い出した。
「まぁ、私だったら刺したりしないなぁ」
その発言に田渕さんが軽い気持ちで訊いた。
「え、じゃあ南さんだったら浮気されたらどうします?」
この中で唯一の既婚者子持ち。その見解を3人は注意深く待った。南さんは少し考えて
「恩を売る……?」
と言った。
「えー!どうしてですか?恨んでる相手ですよ?」
意外な答えにその理由を知りたくなった。
「だって向こうからしたら嫌でしょ?」
「嫌……ですか?」
「恩を仇で返すって良心の呵責に苛まれるでしょ?まぁ、普通の人の感覚ならね」
その後南さんは「でも稀に普通の感覚が無い人もいるから、その人にとっては無意味かもね」と付け足した。
遠くでまだパトカーのサイレンの音が聞こえる。
「だって悔しいじゃない?刺したらどんなに向こうが悪くても絶対こっちが捕まるんだから」
確かに人を刺して人生を棒に振るよりはそれくらいの嫌がらせの方がよっぽどマシな気がする。
もしも『恨みを持つ人に恩を売る』そんな機会が来たとして、私は本当にそんな方法で冷静に復讐できるのかな?そんな状況あり得ないんじや……全然想像つかない。
すると着替え終わった田渕さんが南さんを茶化し始めた。
「えー、嘘嘘!南さんなら刺すっしょ~!何ならいつも指してるからお手の物でしょ~」
そんな田渕さんに南さんは優しい笑顔で答えていた。
「え?そう?鶏肉みたいにブスブス?」
「そうそう、醤油に漬け込んで衣をつけて」
「カラッと揚げればふっくらジューシー!」
二人のやり取りに、山本さんは「何故に唐揚げ……」と小さく突っ込んでいた。そして南さんに真顔で「鶏肉にどんな恨みがあるんですか?」と訊いていた。
「鶏肉に恨みなんてあるか~い!まぁ、毎回油が跳ねて痛いな~とは思うけど」
お酒の味のわからない私には、お店のメニューの中で一番南さんの唐揚げが美味しいと思う。
「南さんの唐揚げ美味しいですよね~食べたくなってきちゃった」
「あら残念、今日は田渕君の唐揚げね」
今日は南さんはホール勤務でキッチンには入らない。
「私の分だけ南さんが揚げてくださいよ」
「あ~俺も~」
そんな話をしているとあっという間に開店時間になり、ピーク時間になると急に忙しくなった。
「一番のポテトと唐揚げ上がったよ!」
「はーい!」
今日も梨華が来ていたけど、特別何か変わる事もない。何度も来ても関わる事の無いその存在が気にならなくなってきた。
その瞬間を見るまでは
梨華のいた個室の扉が半分開いていた。
換気のためだったり、店員を頻繁に呼ぶお客さんはそのまま半分開けたままも多い。
梨華のいる席の一つ向こうの席を片付けようと向かう途中、半分開いた扉の向こうがたまたま目に入った。
その時、一緒にいた男が梨華の目を盗んでグラスに何か入れるのが見えた。粉のような塊のような、とにかくグラスに入れて飲むようなものじゃない。
梨華はスマホの画面を見ていてまるで気がついていない。
もしあのまま梨華があれを飲んだとしたら?
いいや!私は関係無い。どうなろうと関係無い。
でもここで助けられたら、南さんの言う『恩を売る』という復讐が出来るかもしれない。だけど梨華に普通の良心があるとは限らない。ここでまた梨華と関わってただ余計に傷つくだけかもしれない。
私は1人モヤモヤしながら皿を下げ、片付けをした。そんな私の顔を見て、南さんが「どうしたの?」と声をかけてくれた。
「南さん、恩を売るチャンス来たかも……」
「は?」
私はレモンサワーを作りながら南さんに事情を話した。
「今すぐ行って来なよ!」
「でも、見ただけで証拠もないし……」
南さんは少し考えてアイディアをくれた。
「空いたお皿下げて、たまたま手が当たって体で、わざと溢せばいいんじゃない?」
「えぇええ!そんな事できます?」
「美織ちゃんがやれないなら私がやる。どのグラス?」
どうして南さんはそんなにお節介を焼くんだろう?梨華にそんな価値ある?
「美織ちゃんにとって嫌な相手だろうけど、私にとってはお客さんだから。こんな時に役立たなきゃ無駄に年くってきた意味無いじゃん?ここで犯罪なんて絶対阻止する!」
「何?南さん年増自慢?」
「ブチ~!あんたはすっこんでな!」
私達の話を聞いていた田渕さんが口を出すと、南さんはあかりん先輩風に田渕さんを叱っていた。
「妨害の為ならいくらでも謝れるし」
「出た!南さんの必殺、虚無の謝罪」
酔っぱらいに理不尽に怒られる事もある。そうゆう時は必ず南さんが丁寧に謝罪する。その謝罪は凄く丁寧で……目が据わっている。
「ブチ~!すっこんでな!」
南さんが謝る姿を想像して、何だか胸が痛くなった。私がたまたま見たせいで……
「南さんには行かせられないですよ!それに、もう飲んじゃってるかもしれないし……」
「じゃあ、これ、持って間違えたふりして見に行って来れば?」
山本さんが自分のまかないのうどんを差し出してくれた。
「じゃ、俺、お詫びの一品でも作っとくわ」
田渕さんがそう言って唐揚げをあげ始めた。いやいや!タイミング良く唐揚げがお詫びに出て来たら、それって確信犯じゃない!?
みんなの優しさに勇気をもらって、私は決心した。
「その嫌がらせ、私が行きます!」
「でも、美織ちゃんもうすぐあがりでしょ?責任感じて行かなくても……」
「私の知り合いだし、私が気がついたんで。ちょっと行ってきます」
お盆にたくさんの台拭きを乗せて、梨華のいる個室へ向かった。
空いてる皿を下げるふりをして、グラスを下げる。もしくは当たったふりをしてグラスを倒す。最悪、もう眠っていたら…………
知り合いだと伝えて連れ帰ろう。
そんな事、出来るのかな?いいや、やろう!やってやる!!