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23、お月見


23、


あの朝を忘れもしない。6年の夏休み開け、梨華が突然「全部あんたの父親のせい!」と怒り出した。そこからは髪の毛を捕まれ、一方的に罵倒された。


「ただチロを探せばいいだけなのに!」


怖い……


「ママにあることないこと言って……」


怖くて、ただ怖くて……


「もう何もかも終わり!!最低!!」


謝るしかできなかった。


「…………ごめん……なさい」


私は初めて面と向かって「お前が悪い」と責め立てられ、頭が真っ白になった。何が起こってるのか理解できなかった。


あの頃はまだ父親の仕事が少しカッコいいとも思っていた。探偵なんて仕事、何だか夢がある。でも現実は主な仕事は浮気調査やペット捜索。


そこからは陰湿だった。私とすれ違う度に強くぶつかり「わざとじゃない」と嘲笑う。さも私のアカウントかのように装って他人の悪口をSNSで発信する。物が無くなる事は日常茶飯事で、一番最悪なのはナプキンが入ったポーチだった。毎回保健室へ行ってナプキンをもらうのは少し気が引けた。


上履きや体操着、ノートや筆記用具、無くなった物を補填するのにおこずかいやお年玉じゃ到底足りなかった。


お母さんは忙しくて学校に呼びだされるのを嫌がってたし、事の顛末をどう説明していいかわからなかった。


「あんたの父親がママを誘って離婚するように仕向けたんでしょ!」


そう言われて……本当かどうか確かめる勇気も無かった。確めなくても可能性は十分にあった。一度あの事務所で父親が女の人と抱き合う現場を目撃した事があるから。


そのうち仲の良かった友達までも、SNSを私だと信じて嫌がらせをしてきた。今までの日々は何だったんだろう?


でも、私の父親のした事が悪い事なら……


この制裁を受け入れなければならない。


毎晩、マンションのベランダでここから落ちたら楽になれるかもと思いながら月を眺めた。


その事をロボ太に初めて話したのは、村に来て半年くらい経った秋頃。お月見の夜だった。ロボ太はそこら辺に生えてるすすきを飾ってお団子を用意してくれた。だけど……自分が月を眺める時は必ず落ち込んでいる時だった。だから……


「月なんかもう眺めたくないんだけど」


そう言って、せっかく用意してくれたお月見は乗り気じゃなかった。


「どうせ団子だけ食べて月なんか見ないのかと思ってた」

「辛い時はずっと月を眺めてた……だから月なんか嫌い」


月なんか見ても何も変わらない。ただ時間が過ぎていくだけ。


ただ何も変わらない朝を迎えるだけだった。


「あの時どうして謝った?」

「は?あの時?」

「父親のせいだと言いがかりをつけられた時。謝ったって事は……知ってたみたいな反応に聞こえるけど」


え?どうして?それって私が悪いの!?


「は?」


ロボ太の予想外の反応に怒りが湧いてきた。


「何で?どうして?どうしてそんな事聞くの?」

「何も変わらないって言ったから。何かを変えたいんだと思って……」

「最っ低!!」


私が怒りをぶつけると、ロボ太はため息をついて言った。


「可哀想とか言えばいいの?美織を可哀想だと言って何か変わる?」

「……はぁ?」


なんで!?なんでロボ太は私の気持ちをわかってくれないの!?


「美織の中で理不尽な気持ちを整理した方が建設的だと思う」

「なんで……」

「そんな事が二度と起こらないように対策を考えれば……」


私はたまらず「バカ!ロボ太のバカ!!」と言ってロボ太の家を出た。


家を出て一番最初に見えたのは月明かりだった。その月明かりに誘われるように空を見上げた。全てが満たされた綺麗な満月だった。やっぱり月を見る時は嫌な時……


でも、その月は都会と違ってどこかちっぽけだった。自分の存在も心の傷もちっぽけなものなのかもしれない。その時は何故かそう思えた。


「なんか……小っさ……ねぇロボ太……」


あ、そうだった。ロボ太に暴言はいて出て来たんだっけ……


ロボ太の家からしばらく草だらけの庭を歩いた。もうすぐ自宅の庭という所まで歩いて、ふと月を見上げた。


すると、草を分けて進む足音が後ろから聞こえてきた。大きな影はすぐにロボ太だとわかった。


「別に、美織の気持ちを無視したつもりはないんだ。だけど……同情されて美織は嬉しいの?」

「なんとなく……嬉しくはない」


本当はロボ太に同情されたいわけじゃない。


振り返ると、そこには月見団子の乗ったお盆を持ったロボ太がいた。ロボ太は小さなゴザを敷いてその上にお盆を置いた。そしてそこに座るとお月見の串団子を食べ始めた。


なんとなく隣に座れという感じで、ロボ太の隣に敷物のスペースが空いていた。私はロボ太の隣に座って月を見た。


秋の少しひんやりとした風が気持ちのいい夜だった。


月を見上げた隣に誰かがいるなんて……不思議な感じ。


「どうして謝った?」

「まだ言う?」

「………………」


それでもロボ太は無言で私の答えを待ち続けた。その無言に私はすぐに降参した。


「嫌だったから。その場を逃れるには謝るしかないと思ったから」

「逃げたんだ」

「怖くて逃げたくて……」


そこからいつものロボ太節が始まった。


「恨むべきは主犯じゃなくて、その周りだと思う。自分で考える事を放棄して、自分の罪を他人と分担していると勘違いして勝手に罪の意識が軽くしている。便乗して人を傷つけて、いざ明るみに出た時に罪を被らない部外者。恨まれる覚悟の無い卑怯者だ」

……でもみんな自己防衛だって……」

「正当防衛は行きすぎると過剰防衛だ」


本当はわかっていた。最初はみんな梨華が怖くて従っていたけど……最後はどこか楽しんでいた。


「自分を客観視できず、自分を見失ってる人ほど流されやすいんだと思う」


確かにあの頃は自分を見失っていた。辛くて悲しくて……どこで何をして何を考えていたのかあんまり記憶に無い。


「私……どんな時もどんなに多くの人の中でも、私は私でいる。流されてやる側になんか絶対ならない」

「なんでやられる側に流された?」

「父親のせいだと言われたけど……確めるのが怖くて……」


あの頃はまだ父親を失いたくはないと思っていた。でも結局母とは離婚したし、両親は原因は不倫じゃないとしか教えてくれなかった。


「父親と美織は家族だけど、別の人間だ。美織が罰を受ける必要なんて無かったんだよ」


そう言われて、急に涙が溢れた。本当は誰かにずっとそう言ってもらいたかった。


「自分じゃどうにもできなくて……ずっと、もういいや好きにしてって思ってた」

「自暴自棄になったら、精神的弱者の格好の餌食になる。もっと自分を大切にしなよ。自分を自分で守りなよ」

「そうだよね……」


私は半袖の小さな袖で涙を拭いた。


真実を知らない周りは誰も助けてくれなかった。


ロボ太の言う通りだ。私はあの時戦わなかった。「違う」と言って立ち向かわなかった。


「もう……自分を手放しに他人に委ねたりしない。自分を大切にする。自分を自分で守る」


情けなくてちっぽけな自分に腹が立った。


「早く大きく……大人になりたい」


もっと大きくなったら……大人になれば強く立ち向かって行けるのかな?


「大人になったら……他の誰かを守れたりもするのかな……?」


ロボ太は黙って頷いた。


何だか……その頷きがどんな励ましの言葉より嬉しかった。


「それより、僕はバカじゃないから」


さっきバカと言った事をロボ太は根に持っていた。


「美織がどんなに傷ついたか想像できないほどバカじゃない」


そう言ってロボ太は私に背を向けた。


「……うん」


そうだよね。ロボ太はいつも私の隣に寄り添ってくれた。


「ごめん」


それから私はお盆のお団子のついた串を一つ取って、ロボ太の背中に寄りかかるように背を寄せた。


このロボ太の大きな背中が、私にとって大きな支えだった。


「このみたらし美味しいね」

「結局月より団子食べてる……月が見たくないなら、これ」


これ、と言ってTシャツの裾から出して来たのは花火だった。


「でもこれどこでやるの?ここでやったら雑草に燃えうつって危なくない?」

「全部燃やせばいい。そうすれば草刈りの必要も無い」

「いやいや!家まで燃えるわ!」


普段のロボ太はそんな無茶は言わない。


「村ごとキャンプファイアー!」

「ちょっと!コラ!この防火魔!」


そんな無茶を言うロボ太に笑えた。


「ロボ太!ありがとうね。月、綺麗だね」


ロボ太は私の感謝の言葉に一瞬固まった。ロボ太はたまに固まる。固まった時にいつも何を考えていたのかわからない。


だけど……


「本当だ……綺麗だ……」


その後ロボ太が月を見てそう呟いた事だけは覚えてる。


後々になって「月が綺麗ですね」という言葉は夏目漱石が「Ilove you」を訳した告白の言葉だという事を知った。私はあの時、知らずにロボ太に告白していた。あの時、その意味をちゃんとわかって言えてたら良かったのに……


ロボ太、あの月はロボ太と見たから綺麗だったんだよ。


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