21、鍵
21、
久しぶりにロボ太の夢を見た。映像がどこかぼんやりしていてこれは夢だとすぐにわかった。
薄暗い狭い部屋に、ゴツゴツとした体を小さく丸めたロボ太がいた。
「ロボ太!」
中学生の私ならロボ太のそんな姿を見て「もっと丸く岩みたいにならないの?」と言い放っていたかもしれない。
「なるわけないだろ」
そしてロボ太も気にとめる事もなく喧嘩腰で私に詰め寄る。そして困ったような呆れた口調でいつもこう言う。
「僕の事、何だと思ってるんだよ」
いつものロボ太だ。その事に嬉しくなって、私もロボ太の側にに駆け寄った。
ロボ太の事は何だと思ってるんだろう?兄?弟?友達?恋人?
いやいや!恋人だなんて!
私はごまかそうとして咄嗟にこう言った。
「……ゴローニャ?」
「ポケモン!?せめてドサイドン辺りだろ?」
「ドサイドン?」
私はドサイドンをスマホで検索した。岩を身につけた恐竜のような見た目だった。確かにこれはロボ太に似てるかも。って……あれ?ロボ太ってポケモンやってたっけ?
そう思っていたら、ロボ太の姿が突然消えた。
「あれ?ロボ太?どこ?」
すると、遠くで私を呼ぶ声が聞こえた。
「美……ちゃ……」
その声は最初はぼんやりとしていて聞き取りずらく、何度かするうちに少しずつ鮮明に聞き取れるようになってきた。
「美織ちゃん!」
……悠莉さん?悠莉さんの声だ!
そういえばさっき悠莉さんのカップケーキ食べたら急に眠くなって……
あの苦味!もしかして悠莉さんカップケーキに睡眠薬を入れた?まさか!何のために?ロボ太に食べさせる前に私で実験とか?
頭の中に霧がかかったようにぼんやりする。
私……もしかして眠らされてどこかに連れて行かれて……人知れず殺されたりして……
「美織ちゃん!起きて!ちょっと早いけど朝だよ!」
「嫌!!」
「嫌?でも私、始発で帰るからね~」
…………は?始発?
気がつくとそこは見慣れた風景があった。そこは見間違うはずもない自分の部屋。
「えぇ……?てっきり地下室とか車のトランクの中かと……」
「あははは!何それ~?」
目の前には以前と変わらない悠莉さんがいた。眠る前に見た顔が嘘のようで、その顔はいつもの悠莉さんそのものだった。
「美織ちゃんカップケーキ食べたら急に寝ちゃうんだもん!まぁその後私もすぐ寝ちゃったんだけどね~ついウッカリ~!」
「寝てた……?」
「昨日はまだ9時とかだったのにね~疲れてたのかな~?ま、そんな事どうでもいいや。そういえば私、今日早番だったの!また忘れてた!すぐ行かなきゃ!」
そう言って悠莉さんは結局ロボ太には会わず、カップケーキの箱だけを置いて帰って行ってしまった。
その場に取り残された私はソファーの上でしばらく呆然とした。ふと時計を見ると朝の6時だった。早朝の空気はひんやりとしていて少し肌寒かった。
「寒……」
かかっていた毛布を肩にまでかけ直すと、昨日の事を少し思い返した。
ロボ太に帰られて悠莉さんが来て、カップケーキ食べたら眠くなって……あれ?昨日色々あったような気がするけど……何事も無かった?
現状、何とも言えない頭の鈍痛だけ。それ以外何の変化も無い。
部屋は相変わらず汚部屋だし、特に無くなった物もない。一つ気になる事といえば……
ふと顔を上げた視界の先に、残りのカップケーキの箱が見えた。
あの時……
悠莉さんの 『あんたも悠莉ももう用済みだから』と言ったあの顔。あれは何だったんだろう?……夢?
まぁいいや。今日は土曜日で講義も入って無いしまた寝よう。
このまま眠ればまたあの時のロボ太に会える気がした。
私はベッドの横に落ちていたかけ布団を拾い上げて、布団の中に潜り込んだ。
夢でもいいからもう一度会いたい。
そう思いながら、また眠りにつこうとすると……
突然ピンポーン!とインターホンが鳴った。今度はマンションのエントランスからじゃない。ドアのインターホンだった。私がベッドの上でもたついていると、インターホンは何度も何度も私をまくし立てるように鳴った。
悠莉さんまた忘れ物?
「悠莉さん近所迷惑なんで早朝にインターホンは……」
私はついドアの向こうに誰がいるかも確認せずに、悠莉さんだと思いドアを開けた。するとそこには……
「ロボ太……じゃなくて……」
「リョウ」
「……何の用?悠莉さんなら帰ったよ?」
それを聞いてリョウは当然のような顔をして当然のように部屋に入って来た。
「さっき下で会った」
「そう。悠莉さん会えたんだ。良かった~」
「何が良かっただよ!」
ただ……機嫌の悪さは残ったままだった。
「だって悠莉さんここで一晩中待ってたんだよ?」
まぁ、寝ちゃったような事は言ってたけど。ここでリョウの帰りを待ってた事に代わりはない。
「さっきも誰か確認せずにドア開けたよな?」
「それは悠莉さんが忘れ物したかと思って。ほら、あの人すぐ忘れ物するし」
忘れ物といえばこのカップケーキ……
「このカップケーキ、悠莉さんがリョウにって置いてったけど直接渡したいかもしれないし……」
「そんな何が入ってるかわからないもの食うかよ」
「まぁ……そうだよね……」
私は自分がこれを食べて眠くなってしまった事に恥ずかしくなって「私がバカだったよ……」とボソッと呟いた。
その言葉をリョウは聞き逃さなかった。
「は?まさか……これ食ったのか!?」
「いや、でも、別に眠くなっただけだし、結果こうして無事な訳だし」
「バカ!!少しは警戒しろよ!」
ごもっともな意見に何も言えないでいると、リョウは頭を抱えて言った。
「簡単に信じるなよ……成海も、悠莉も佐江子も」
「悠莉さんと佐江子さんはわかるけど、成海は信じるよ。友達だもん」
悠莉さんと佐江子さんは私がリョウの本命だと思われてるからどこかで恨まれてる可能性は少なからずあるはず。だけど成海は違う。
「そっちだって思い込みで判断しないでよ!結局、成海が私を好き~とか勘違いだったし。成海、結婚目前の彼氏いるんだって」
「その彼氏とやらの名前は?顔は?」
そういえば……名前はちゃんと聞いてない。写真も見せてもらってない。
「さぁ?そんなの別にまた今度会った時に教えてもらえばいいし」
すると、リョウはどかっと乱暴にソファーに座ると
「嘘くさ!」と言った。
嘘臭いのはどっち?
「あのさ、さっき簡単に信じるなって言ったよね?私はあんたの事は信じてないからね?」
だから成海と静ちゃんに様子見ててもらっていた。その事をリョウは意外にも何も気に止めていなかった。
「それについては問題ない」
「じゃあ何が問題なわけ?」
「そうでも言わなきゃお前を置いて来れなかっただけ」
ナニソレ!?
「成海が何の関係もない話しかして来ないなら、逆に成海が怪しい。成海をつけるために離れたかっただけ」
「ちょっと待って?成海をつけるために話の途中で帰ったの?!」
「どうせあんな周りに人がいて聞かれても問題ない話だろ?聞いても無駄だ」
頭来た!一瞬ぶちギレそうになったけど、ふと冷静になれた。あの女子大生が賑わうカフェでは誰かに聞かれていてもおかしくない。
「じゃあいいや、今ここなら誰にも聞かれないだろうし」
「何々?告白?」
「バカじゃないの?鍵の事!」
私は成海から古い鍵を受け取った事を話した。こいつの事は信じられないけど……なるべく静ちゃんは巻き込みたく無いし、成海は近々彼のいる北海道へ引っ越すと言っていた。
父親には絶対に反対される。ロボ太を一緒に探せるのはこいつしかいない。
「鍵……で、それってどんな鍵なんだ?」
「そうだよね、鍵………………あれ?」
私は首にかけていた鍵が無くなっている事に気がついた。
「あれ?確か首にかけてたのに……」
アンティークなデザインだったから、鍵の輪の部分を通してネックレスのチェーンを通した。それを首から下げて服の中に隠していた。
「嘘……待って!ベッドの中に落としたのかも!」
枕の下かもしれないし、ベッドマットに挟まっているかもしれい。
「まさか、無くした…………とか言わないよな?」
「ま、まさか!昨日ここに帰って来た時にはあったし!それは確実に覚えてる、だからこの家にはあるはず!」
私は汚部屋を見渡して絶望した。
この中から探すの……?
そして、もう一度カップケーキの箱が目に入った。
「まさか……まさかね……」
『寝ている間に悠莉さんが奪った』という可能性を考えてしまった。でも悠莉さんを疑いたくない。自分も寝てたって……でもそんなの嘘の可能性だってある。
「どうしよう……」
とりあえず、鍵を探しながら部屋の掃除をした。
まさか……信じられない。
でも……どこを探しても、何をどうしても鍵はここに存在しない。