2、ロボ太
2、
私が混乱していると、ロボ太はモニターにぐっと顔を近づけた。
「ここ開けてよ。じゃなきゃここで服全部脱ぐよ?」
「ちょ、ちょっと待って!!」
私は部屋の鍵を持って慌ててマンションの下に向かった。エレベーターを使おうとしたけど最上階へ向かっていた。エレベーターを待ってる時間も惜しい!!私は非常階段をサンダルでかけ降りた。
あんなの全然ロボ太じゃない。ロボ太じゃないけど……ロボ太に会いたい!!
ロボ太とはある出来事があって、後味悪い別れ方をした。だから……
今なら多分ごめんも言える。……多分。
エントランスにその姿を確認して、恐る恐るロボ太に声をかけた。
「ロボ太……?」
ロボ太と似ても似つかないその人は、インターホンを鳴らそうとしていた手を止めた。そして私の声にぱっと顔をこっちに向けた。
「美織!久しぶり!」
やっぱり違う。声もロボ太じゃない。でも、本人は私がいくら人違いだと言っても取り合ってはくれない。
「あの、私の知るロボ太じゃないんで……」
「は?ロボ太なんてあだ名の奴他にいる?」
いやそうだけど……あの、もう……もういい加減に……
「帰ってください!」
強い口調でそう言うと、ロボ太は黙って服を脱ぎ始めた。
「………………」
「ちょっと!何でよ!おかしいでしょ!?」
勝手に上着を脱いでとうとうTシャツまで脱ぎそうになって、やっとその手を止めた。
「話があるんだ。ちゃんと話がしたい。中に入れてよ」
こんな怪しい男、部屋の中に入れるわけが無いでしょ!?
「どうしたら信じてもらえる?成海の話すればいい?それとも深雪と秋穂の事?あ、じゃあ……美織の秘密とか?」
「私の秘密!?」
成海と深雪と秋穂は私の友達の名前。それは間違いない。だけどそれくらい調べればわかる事。それより私の秘密って……
「変態」
「ちょ……」
「痴女」
「いや、それ……」
「お望みとあれば今ならいくらでも見せるけど?」
ロボ太は悪い顔をして、Tシャツの裾をめくって臍を出して私に見せた。
「いい!今はいいから!!」
体が見たいと言ったのは昔の話!今この場で裸体を晒そうとする変態はお断りです!!
私は変わり果てたロボ太を見て、深く深くため息をついた。
しかし……クソチャラくなったなこいつ……これがあのロボ太だとは正直信じたく無い。だけど、その挑発の言葉には共通の友達や二人だけの秘密の片鱗があった。
何よりあの時の事はロボ太が誰かに喋らない限りロボ太しか知らないはず。
「ちょっと待ってて!部屋片付けて来るから」
信じたくは無かったし、入れたくもなかったけど、慌てて部屋を片付けてロボ太を部屋の中に入れた。
急いで片付けた所で人様を中に入れられるほど片付いて無い。だけど……どうせロボ太だしと思って諦めた。あれが本当にロボ太なら、私の部屋が片付いて無い事ぐらい承知してるはず。
それに、汚部屋に幻滅して帰ってくれるならそれでいい。そう思って部屋の前で待たせていたロボ太を部屋に入れた。
「もう入っていいや」
「いいや?それ諦め?」
ロボ太は私の部屋に入るとキョロキョロと辺りを見回した。
「思った通り……汚っ……!相変わらず片付け下手だね」
「それ突然押し掛けて来た奴の台詞?」
「今度片付け手伝うよ」
今度?ロボ太はまたここに来るつもり?そもそも何が目的でここに来たの?
「いい。すぐ散らかるし。とりあえずここ座って」
私はローテーブルの前の物をどかしてクッションを置いた。そこにロボ太は静かに座った。
「でもここ、立地はいいよね」
「そうなの?母親が慰謝料にもらったマンションだから立地とか考えた事無かった」
今まで人に貸していた部屋が空いて、大学入学を期に引っ越した。
目の前に落ちていた1枚のTシャツを拾いベッドに放り投げていると、ロボ太が意外な事を言い出した。
「お父さん何してる人だっけ?」
私の父の存在を忘れた?ロボ太に今さら父親の事をどう説明していいかわからなかった。
「……知らない。10年くらい会って無い。今さらそんな事聞いてどうするの?」
父親なんてこの先一生会う事なんかない。ロボ太とも、二度と会うつもりは無かった。だから『ごめん』も『さよなら』も言わずに別れたのに……
ロボ太は自分から父親の話を振っておいて、急に黙り込んだ。そうゆう所は昔のまま。
ロボ太の本名は藤丸諒太。見た目と漢字の字を見て私が『ロボ太』とあだ名をつけた。
それは、ロボ太は本当にロボットみたいだったから。中身というより見た目が。見た目が本当にロボだった。いやこれホント。
あの日あの夜、先輩に振られた私は外に出て夜空を見上げていた。
そんな時、庭の奥の方に何かの気配を感じた。霊的な嫌な気配とかじゃなくて……何となく生き物のいる気配?を感じて、ぼんやりと庭を見渡した。
熊……?とかじゃないよね?まさかタヌキ?タヌキなら少し見てみたい気もするけど……
庭の隅の方で何か人影のようなものが見えて一瞬恐怖を感じた。恐怖を感じつつも、その恐怖心を早く安心に変えたくて、暗闇に目を凝らした。
そこにいたのは、妖怪でも妖精でもなく……
特撮ヒーロー?
仮面ラ◯ダーとガ◯ダムの中間のような衣装を着た人がそこに立っていた。肩や肘は角張っていて、人間とは程遠かった。
「誰!?」
何故にヒーロースーツ?その人は無言で草木の生い茂る庭の隅に立っていた。
何なの!?怖い!怖い!怖い!
その衣装があまりに本格的だし、暗闇の中で立ち尽くしたまま微動だにしない。その姿に恐怖を感じた。
状況的にはある意味ホラーだよ!しかもこんな所でコスプレ?でも、絶対にしないとも限らない。いや、きっとこれはただのコスプレイヤー、うん、きっとそう!
とりあえず変質者は変に刺激しちゃいけない。ここは母の教えを守ろう。
落ち着け!落ち着け私ーーーー!!
そう自分に言い聞かせた。無言で時間が流れると、気がついたのに話しかけないのも失礼?そう考えを巡らせるようになった。その時は何故かそう思った。
私は震える声で出来る限り普通に訪ねてみた。
「あの……家に何か?」
私がそう言うとロボットは無言で去って行った。
それがロボ太との初めての出会いだった。その時はクオリティの高いヒーロースーツだと思っていた。
それが次の日の朝、朝食を食べながら母に昨晩の事を話した。すると信じられない話を聞かされた。
「それはきっと甲皮族の人ね」
母はお弁当箱におかずを詰めながら、ごく当然かのようにロボ太の特徴を話した。
「コウヒ?……って何?」
「この村はね、亀の甲羅のように硬い皮膚を持つ人々が住む珍しい村なのよ」
は?皮膚?じゃ、あれ、本物?被り物じゃなくて本物の人の体だったの?
「それって冗談……?だよね?あれが本物の体なわけないよ!あれじゃ化け物だよ!」
私がそう言うと母は菜箸をピシャリと置いて私を叱りつけた。
「美織!そんな事言ったら失礼よ。見た目に驚くかもしれないけど、あれが甲皮族の特徴なのよ。あなたのクセっ毛や八重歯と同じ」
あれが?私と同じ?あれが特徴?全然別物だよ!人間ですらないし!人間の要素どこにも無いし!!
「いい?今度は仲良くするのよ?」
母は私を前科者のように睨み付けた。こうなると何を言っても信じてもらえない。
『仲良くする』って何をどうすればいいの?ここには映画館もゲーセンも無い。中学生が『仲良く』何をすればいいの?
母にしてみればそれも悪口になる。
結局……本心を言えばいつも私が悪者になる。
別に本人を目の前にしてディスったわけじゃない。でも、母にとっては悪口を言う者はたとえそれが本当の事を言っても悪者になる。
だから、母の前では言いたい事が言えなかった。