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17、やる気


17、



『その先が無いって辛いね』


その何気ない一言で突如として浮上した成海の同性愛疑惑。私はその事で頭がいっぱいになった。何も手につかないというより、何故かスマホの画面を見張っていないと不安になった。


でもその一言だけで成海が私を好きだと確定したわけじゃないし!それはあくまでロボ太の推測の域を出ないワケで……


そのせいで大学の講義に出ても、いつ始まっていつ終わったのか記憶に無い。スマホの画面にはため息をつくたびネットニュースや天気予報が更新された。


あれから一週間近く経つ。だけど成海から何の連絡も無い。成海どころかロボ太からも何の音沙汰も無い。


「何が沼!?全然ハマってないし!」


スマホを片手に思わず発した言葉が昼下がりの講義室に響いた。講義が終わったばかりの教室には帰り支度に勤しむ学生が多くいた。そんな中、隣にいた静ちゃんが突っ込んだ。


「そうは言うけど……今日は授業中何度もスマホ画面確認してたよね?」


私の顔を物珍しそうに見て静ちゃんは首を傾げていた。


「それってあの人……ロボ太?ロボ太にハマってるからじゃないの?」

「それは違う」


あれはロボ太じゃなかったと説明しようと思ったけど、今の話の論点はそこじゃない。


「なんてゆうか……ハマってるのとはなんか違うんだよね……」


私の感覚では『ハマる』という状態は、決して差し迫るプレッシャーや切迫感がついて来る状態じゃない。


もしかしたらロボ太からはこのままずっと連絡が来ないかもしれない。そもそもロボ太は私から成海の聞く必要なんて無いし、もっと詳しく聞きたいなら直接成海から聞き出せばいいだけの話。


それでも私を概して話をさせるのはきっと……これはロボ太にとってテストなんだと思う。私に駒としての使い道があるかどうか。もし使い道無いとわかれば……ロボ太はきっとあっさり私から離れてゆく。そんな気がした。


それはあの日、ロボ太の車から降りた時に言われた一言がきっかけだった。ロボ太は汚れたタオルを後部座席に放り投げてこう言った。


「必要な時に手を差し伸べてくれない奴なんて必要無い」


あの夜は蒸し暑くて長い1日だった。ロボ太は長時間の運転と怪我の痛みでイラついていたんだと思う。それに、私が頑なに成海を疑う事を拒否していたから……


「はぁ?何なの?数日前はわざわざ人の家まで来て協力して欲しいって言ったくせに!」


そんな、人として当然とも身勝手とも言える言葉がロボ太の口から出た事に正直ガッカリした。


「だから、そんなに嫌ならもうやめてもいいって言ってんの」


ロボ太はもう自分に関わらなくていいとハッキリと言った。それはまるで戦力外通告だった。そりゃ成海を探れない私に他に戦力なんか無い。


「それ、本気?」


それは優しさ?それとも厄介払い?


「わかった。ロボ太の言われた通りにすればいいんでしょ!」


そう吐き捨てて帰宅した後、冷静になってロボ太ともう一度会う約束をした。それはもちろん成海の話が聞けたらの話。だけど……


その時の電話の終わりがまた最悪だった。


「俺、別に昔の事を許したわけじゃないんだけど。美織、謝ったよね?反省してるなら誠意を見せるべきじゃない?」

「はぁ?まだ言う?そうかもしれないけど、だからって何でも従わなきゃいけないのはおかしくない?」


その通り。だからこれでチャラにする。ロボ太はそう言いたかったらしい。


それはまるでリョウが本当にロボ太のかのような口喧嘩だった。でもそれは私の望んだ理想通り。『昔のまま』友達としての関係。古い折り目のついた思い出を、ロボ太はきちんと折り目の通り元に戻してしまい込もうとしていた。


そうすれば、私は元の日常に戻れる。


でも……ロボ太とは一度だってこんな風に口論になった事なんか無い。ロボ太は私に無茶を言わないし、いつもロボ太の方が譲歩してくれた気がする。


やっぱりもう一度本当のロボ太に会いたい。本当に死んでいたとしても、その理由と私と離れた後どう生きたのか、真実の片鱗が欲しい。


そんな私の空気を察した静ちゃんが、構内のカフェでアイスコーヒーをご馳走してくれた。テラス席でスマホをテーブルに置くと、ちょうど静ちゃんが冷えたコーヒーのカップを渡してくれた。


「ありがとう」


静ちゃんにそうお礼を言って、カップを受けとるとペーパーナプキンを敷いてテーブルに置いた。今日は夕方でも少し暑いくらいの日差しだった。


すると、テーブルに置いてあったスマホが音を立てて揺れた。


慌ててスマホを確認するも、バイト先からのシフト変更の連絡で……さすがの私もあからさまにガックリと肩を落とさずにはいられなかった。


「そんなに気になるなら自分から連絡すれば?」


何度も画面を確認する私を見て、静ちゃんがアイスコーヒーの氷を指で弾きながら言った。


「一応、ロボ太にああ言われたから成海に相談のメッセージ送ったんだけど……そこから私から成海に連絡取りづらくない?」

「え?そっち?」

「え?そっちって?」


静ちゃんは私の発言に驚いた。検討違いと言うか予想外という顔。


「そこはさ、普通キスした相手の事が気になるものじゃない?」

「え?あ、ロボ太?まぁ……あれは事故みたいなものだし……」

「いやいや、そこはイケメンとキスしちゃった~!キャー!ってならない?」


ならない。ロボ太の思惑を思うと浮わついた気持ちになれなかった。あれは多分、成海を揺さぶる口実を作りたかっただけ。私と成海の関係を崩したいだけの挑発。そう思うと怒りさえ沸いて来る。


気がつくとアイスコーヒーはすっかり汗をかいて、下に敷いたペーパーがブヨブヨだった。氷もだいぶ溶けてコーヒーの表面が溶けた氷の水で覆われてしまっていた。慌ててカラカラの喉にコーヒーを流し込むと、その水分が体に染み渡るようだった。


「別に?何のドキドキも無かったし」


無かったは嘘になる。だけど成海の事で全てかき消された。ロボ太の予想が本当なら、私はどうするべきなんだろう?


「どうしよう?どうしたらいい?」


頭を抱える私に静ちゃんは、ニヤリと少し口元を上げて雑な答えを吐き捨てた。


「私の事好き?って訊けば?」

「それで好きって言われちゃったら?」


できれば成海から核心的な言葉は聞きたくなかった。


「それってどうにかできる問題なの?」


私は静ちゃんの問いに思わず言葉を無くした。


「だったら答えは明確じゃない?」

「それは……そうだけど……」


そんなの答えは明確。私は私を好きな成海を受け入れる事はできない。私達に『その先』は無い。


空になったアイスコーヒーのカップをゴミ箱に捨てに行くと、またポケットのスマホが揺れた。


どうせまたバイトの…………


「成海からだ!!」


『美織の大学の最寄り駅に来てるの。少し会えない?』


「成海がここに来てる!?どうゆう事?」


私が成海からのメッセージに慌てていると、静ちゃんが悪い笑みで囁いた。


「え~じゃあせっかくだから美織の友達、紹介してもらおうかな~」


え……?静ちゃん、何を企んでます?


すると静ちゃんはがっしりと私の腕を組んで「駅まで一緒に行こっか!」と言って歩き始めた。


「え、ちょっ!ちょっと待っ……」


何!?一体何なの!?「だるい~」とか言っていつも破棄の無い静ちゃんが、妙なやる気を見せていた。


そのやる気に……不安しかない!



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