15、その先
15、
後悔といえば……あの事が人生最大の後悔。
画面で見た写真は私達の心を鷲掴みにした。調べ進めると『RYO』というモデルは写真集も出していた。その写真集は秋穂がネットで取り寄せ、いつものように役場に集まって、その一冊をまるで男子がエロ本を囲むように三人で眺めた。
その中にセミヌードの写真も入っていて、当時の私達には刺激的な1枚だった事を今でも覚えている。
そんな異性の裸体に何を思ったのか、私はロボ太の体が気になって仕方がなかった。ロボ太はいつも特注の自分にピッタリの服を着ていて、露出なんて全く無かった。それが余計にロボ感を感じさせたし、その中身がどうなっているのか興味を誘った。
「ロボ太の中身ってどうなってるんだろう?」
気がつくと、写真集を見ながらそう呟いていた。
「中身って?人間でしょ?」
成海の冷静な突っ込みに、言葉を濁して言ってみた。
「いや、その、だから……ナニは人と同じなのかなって話……」
その発言にみんなは驚愕していた。
「えぇ!?美織、ロボ太としたいと思ってるの!?」
「違うよ!違う!違う!そうゆう事じゃなくて、ただの興味だよ!」
みんなの中では、ロボ太は人間であって人間じゃないという扱いだった。だから、みんなは私のその発言に『人間じゃない物を好む変人』という目を向けた。
「だって気にならない?!外見はあんな感じだよ?大事な所なら甲羅でできてる可能性だってあるし……」
「深雪は小さい頃からロボ太を知ってるんだよね?見た事ある?」
「さぁ?ロボ太とは小学校からだけど、既にあんな感じだったしなぁ~」
そうなんだ……ロボ太は子供の時からあのままロボ太なんだ……
この中にはロボ太の中身を見た事がある人はいなかった。見たという話を聞いたという人もいなかった。
「確かに……気になるかも!」
それからがよろしくなかった。私達はロボ太の中身を暴くというミッションに受験勉強そっちのけで取りかかっていた。
「ふつープールとかで見えたりしない?」
「ロボ太がプール入った所見た事ない」
より自然に見る方法は無いか、女子中学生三人は無駄な所に知恵を絞り始めた。
「じゃあプールに誘えばいいんだよ!」
「でももう10月だよ?」
「美織が襲うのは!?」
「それ名案!」
「どこが!?全然名案じゃないから!それただのゴリ押しじゃん!」
今思えば完全に逆セクハラ……
でも私にとっては単純に『好き』の『その先』に興味があるだけだった。
それからロボ太には汚しドッキリをかけまくって、数少ない服を汚しまくった。気がつくと、結果的にタチの悪いイジメのようになってしまっていた。
しばらく我慢していたロボ太も、私の発案という事を知り怒って私を無視し始めた。だから、ロボ太を役場に呼び出して謝って事の詳細を正直に話した。
こればっかりは軽蔑されても仕方がないと凹んでいたら……
「………………」
ロボ太はしばらく呆然として固まった。
「おーい!ロボ太~!」
私はロボ太の目の前に手をかざして上下に降ってみた。するとロボ太は一瞬後退りして、突然脱兎の如く役場を走り去って行った。
「あれは若気の至りだったなぁ……」
「何が?」
「ロボ太の中身を見たくて汚してたな~って今思い出したの」
暗い廊下を成海と一緒に歩いていると、そんな事を思い出していた。
「それからロボ太に無視されて、受験勉強に身が入ったんだよね」
「そうそう!ある意味合格はロボ太のおかげ」
久しぶりに会った成海は高校の時より少し雰囲気が変わっていた。ふわふわの髪が白のブラウスとスカートによく似合っていた。
昔の話をしていると、心なしか成海の表情も柔らかくなってきた。そんな表情も立ち止まった病室の前ではすぐに険しい顔に戻っていた。
その個室のネームプレートをみると……『藤丸栄造』の文字がはっきりと見えた。
「嘘……」
私達の探していた元研究員『藤丸栄造』は成海の祖父だった。それも……今日明日が山場で、残された時間はあと残り僅か。
「どうしたの?」
甲皮族の真相は知りたいけど、成海や家族のお別れの時間を奪ったりはしたく無い。
ここまで来たけど……諦めよう。
私は「うんん。何でもない」と言って成海に少し微笑んでみた。
そして、成海が覚悟を決めて病室のドアを開けようとしているのを見て「私、あっちで待ってるね」と言ってテラススペースの案内板を指差した。
そこは広いベランダのような屋外で、私の他にも何人か夜の風に当たっていた。
外ならスマホ使っても平気かな?
そこで成海を待つ間ロボ太に電話をした。
「藤丸栄造、成海のお祖父ちゃんだった!」
その報告にロボ太は驚きもせず「あぁ」と言っただけだった。
「知ってたの!?」
「何となく名前に覚えがあって……あの、ほら、あのじいさんあのキャラで、栄造の映像はええぞ~!とか言うんだよ」
「何それ……今その情報いる?」
ロボ太は私に「それでも聞き出せ」と言った。
「情報が無ければその先は無い」
「はぁ?その先は無い?あんたにその先が無くても、残された家族には先があるでしょ!?お別れに水を差す気!?信じられない!」
『自分の目的の為なら他人などどうでもいい』というロボ太の考え方が嫌だ。ロボ太なら絶対にそんな考えはない。
「美織は甘いよ。そんな気遣いなんかしてたら何の情報も得られない」
「そこまでして得たい?だったら自分が古い知人のふりして聞きに行けば?」
思わずそう叫ぶと、電話口以外の方向から声をかけられた。
「でも、もう話ができる状態じゃないよ。それに……聞いたとしても聞き取れないでしょ?」
気がつくと、テラスの入口に成海が立っていた。
全部聞かれてた!?
成海ならちゃんと話せばわかってくれる。だけど、ロボ太とこんな風にこそこそ連絡を取っている事に後ろめたさを感じた。
「あの、成海……」
「うちのお祖父ちゃんから何を聞きたいの?」
そう訊かれ成海に事情を話した。甲皮族が突然変異じゃないと聞かされても、成海は特に驚く様子はなかった。
「ふぅん……そうだったんだ。その電話、まだつながってる?」
「え?あ、うん」
そういえばロボ太との電話を切っていなかった。
「その人と変わっていい?」
「?いいけど?」
成海はロボ太に何を言うつもりなんだろう?
戸惑いつつ、私は繋がったままのスマホを成海に渡した。
「私が話を聞き出すから。その代わり、二度と美織に関わらないで」
ロボ太がどう答えたのかは聞こえなかった。だけど……
「成海……」
スマホを返しながら、成海は少しホッとしていた。
「関わらないでなんて勝手に……大丈夫だった?ごめん。美織が迷惑そうだったからつい……」
「うんん!そんな事無いよ!ありがとう」
本当は私が勝手について来たとは正直に言えなかった。ここは連れて来られた呈でいよう。
「それより、家族との最後の時間に無理に余計な事訊かなくていいからね?」
「どうして?今じゃなきゃ永遠に訊けなくなるんだよ?」
「それは……そうだけど、でも甲皮族についてなんて成海の家族には関係ないし……」
すると成海は私に向かって、少しぎこちなく笑ってみせた。
「違うの。私がその方がいいの。話す事が決まってれば少しは話やすいでしょ?顔を見ても、結局何を言ったらいいのかわからなくて……」
「そっか……」
その表情に、成海複雑な気持ちが伝わって来る。
「それに……美織にとっては『その先』の延長でしょ?」
「え?」
その先の延長って……?延長の延長?
「美織、ロボ太の中身が見たいって言った時あったでしょ?その時『好きのその先が気になるだけ』って言ってた」
「あ~それ口に出してた?」
「美織はロボ太を探してるんだよね……」
そう言って成海は下を向いた。成海はきっと私のロボ太への執着に呆れてる。私はいつもの無駄な言い訳をした。
「だからって別にロボ太を見つけてどうこうしたい訳じゃないんだけどね、一応?友達として?安否確認だけはしときたい感じ?」
ロボ太を探してるって言うより……ロボ太を諦める方法を探している。
「やっぱり『その先が無い』って辛いね……」
その成海の一言の意味がよくわからなかった。
『その先が無い』
それは私の想いの行方?それとも、もうすぐ一生を終えるお祖父ちゃんの事?