13、不都合
13、
ロボ太が普通に今も村にいるとしたら……私はただこの男に騙されただけという事になる。『私はロボ太のまま……友達でいたいから』とか……
うっわっ!めっちゃハズい!
母との電話を切ると、恐る恐る隣のロボ太の方を見た。
「友達でいたい?つまりそれは俺にロボ太としてせっして欲しいって話か?それってそっちの都合だろ?そんなのただのワガママだ」
「わかってる。そんなのわかってるよ……」
そんなの全部こっちの都合。それはわかってる。だって……恋愛なんて不都合ばかり。どうしたって都合の悪い自分と向き合わなきゃならない。だから簡単に『ロボ太が好き』という気持ちを受け入れられない。
私は下を向いて、真っ暗なスマホの画面を眺めた。そこには暗く醜い自分が写り込んでいた。
私は多分、自分のちっぽけで陳腐なプライドを守りたいだけ。期待したり、落胆したり、いつか自分自身を見失うのが怖い。
「でも、ロボ太が好きなんだろ?」
目の前のロボ太にはっきりそう言われた事に驚いた。驚いて成海にもそう言われた事を思い出した。
そうだ!成海!
私は成海を思い出して、持っていたスマホですぐに電話をかけた。幸い成海はすぐに出てくれたけど、隣でロボ太が市販薬の痛み止めを飲んでいる姿が目に入った。
早く病院へ行かなきゃ……
そう思いつつ、成海に確認を取った。
そもそも母校が無くなったのに誰からも連絡無いってどうゆう事!?その事を成海に問い詰めると……成海は平然と言った。
「え?言ったけど?」
え……?えぇええええ~!嘘~!
「美織、当時は興味無かったからスルーしてたよね?まぁ、私も興味無かったけど。高校の時は部活でそれどころじゃなかったし。そういえばあの頃、美織は先輩と一番盛り上がってた時期だしね~最近は距離置いてるんだっけ?」
「いや別れた」
「えぇ!そうなの?!」
そういえば、高校生の頃は実家からたまった郵便物が定期的に送られて来てたような……その中にそんなような手紙もあったような……どうやら村が無くなってダムになったのは事実らしい。
「結局、美織が興味あるのはロボ太だけなんだよね」
「え?は?そ、そんな事無いよ!別にロボ太なんか……」
そんな事が無いなら村の現状くらい知っててもいいはず。だけど正直、村が本当にダムになるなんて思ってもみなかった。
「ロボ太がどこで何してるとか知らないし」
村がダムになったのならお父さんの会社があるとも限らない。すると、成海は何かを私に伝えるかどうか迷っていた。
「でも約束したし……いやでも今さら?」
「は?今さらって何?」
痺れを切らしたロボ太が車から降りて電話をしろというジェスチャーをした。私はそれを無視して成海と電話をしながらシートベルトをつけ直し、ロボ太に早く車を出すよう指示をした。
「もう3年も経ったし言ってもいいよね。本人に口止めされてたから今まで言わなかったけど、ロボ太東京に行ったんだよ?」
「えぇ!?」
「噂では全身整形したとか……」
全身整形……?
その話を聞いて、渋々運転を始めたロボ太の方を見た。するとそのタイミングで成海が突然「あ、ちょっとごめん、またかけ直す」と言って電話を切った。
「え、ちょっと成海……」
どうゆう事!?ここに来て本物説浮上するって何!?何なの!?
もうどっちでもいいや。もし万が一このロボ太が本物だったとしても、昔のロボ太とは全然違う。ロボ太であっても別人。
ロボ太とはお別れ。
その時ロボ太との別れを決心した。
もうロボ太はどこにもいない。赤く点滅するブレーキランプに虚しく通りすぎる街灯を眺めながら、過ぎ行く時間を感傷に浸っていた。少し泣きそうになってスマホを握り締めると、隣のロボ太に話しかけられた。
「確認取れた?で、さっきの話の続きだけど……」
「え?何の話してたっけ?」
「………………」
ロボ太は私の反応に急に不機嫌になった。
「あのさ、男が女に手を出すのはアレだから実際には出さないけど……」
「いや誰だろうが手出したらダメだから」
「でも今のはさすがに手が出そうになるわ。正直そんぐらいムカついてる」
あー、もしやこれはNO暴力もアウトか?そうなるとロボ太『借金』『浮気』『暴力』晴れて三冠か?
「お前ロボ太が好きなんだろ?だから俺にロボ太にでいろって……それなのになんで俺に惚れないんだよ」
「ロボ太は友達ロボ太は友達ロボ太は友達!何度も言わせないで」
「そっちが勝手に言ったんだろ?呪いの呪文か」
ロボ太は呪いだよ。ロボ太と名乗れば誰でも心を許してしまう呪い。
「しかも、降りろって言ったのについて来やがって……お前全然言う事聞かねーし。可愛くねー女!」
可愛くない?そりゃそうだろうね。
「それ完全にモラハラだから『簡単に言う事を聞く女』が可愛いなら、私は一生可愛くなんかなれない!それ本気で言ってる?」
そんなのただの都合のいい道具扱い。そんなクズに惚れるわけがない。
「少なくとも私の好きなロボ太は女を道具のように扱うクズじゃなかった」
「はぁ?別に女を道具扱いなんかしてないだろ!男女平等とか何とか言うけど、女を女扱いして何が悪い?」
「女扱いって何?都合のいい時だけ頼ってハイサヨナラ?」
こっちは訊きたい事が山ほどある。どうやってロボ太の事を調べたのか、ロボ太とどうゆう関係なのか……
「私はまだあんたがロボ太かどうかわからない」
「だからロボ太じゃないって」
「ロボ太じゃないならロボ太はどこなの?」
「それは……」
ロボ太は少し黙った後、前を向いたまま重々しく言った。
「……多分、あいつは死んだ」
「…………は?」
「俺はあいつが何故死んだのか知りたい」
ロボ太が探しているのは……ロボ太なの?
「へ、へぇ……てっきり……昔の恋人かと……思ってた」
自分の中でロボ太とはお別れしたつもりなのに、本当にロボ太がこの世にいないと思うと……抑えていた涙が止まらなかった。
涙を流す私に、ロボ太は冷たくこう言い放った。
「だから嫌だったんだよ……世の中知らなくていい事もある。ロボ太が自分の知らないどこかで元気に暮らしている。そう思っていれば幸せだっただろ?自分が訊いたんだろ?泣くなよ……これだから女は……」
「あんた……最っ低……」
最低だ……
私は涙を服の袖で拭いて、取り繕うように言い訳した。
「別に?ロボ太なんか好きになるはずないし。ただ友達が死んでたら……って思うと悲しいでしょ?なんだ……いないってわかれば探す必要も無くなったし……最後に会って伝えたい事なんか……別に……無いし……」
ロボ太と離れて、先輩と別れて、初めてロボ太が好きだと自覚し始めた。それなのに……
もういないって……どうゆうこと?
やっぱり不都合が多すぎる。その不都合がどうしても受け入れられず、真っ暗な窓の外を呆然と眺めた。
「嫌なんだよ。女が泣くのは」
急にロボ太が私に自分の話を始めた。
「俺が隣にいるだろ?それなのに母親もいつも泣いてばっかで……」
「あんたが余計な事言うからじゃない?」
「何も言ってねーよ!俺のせいじゃねーし!血の繋がりが無いのも、あんな姿に産まれたのも、俺のせいじゃない」
そっか……
ロボ太のその横顔を見て少し気がついた。
私の涙は、知らず知らずのうちにロボ太の肩に重くのし掛かっていた。
ロボ太が私の部屋に訪ねて来た晩、ロボ太の姿に泣いた私をロボ太は強く抱きしめてくれた。あれもきっと、重かったから胸を貸してくれたんだよね。
「ごめん……もう泣かない」
「いい。泣け。1人で泣かせるよりはよっぽどいい。女は1人だとロクな事考えないからな」
「ちょっと、また女はって!1人だからって自殺なんかしないし!バカにしてんの?もしかしてわざと?わざと怒らせてんの?」
ロボ太はいつも黙って側にいてくれた。『泣くな』とも『これだから女は』とか言わない。
言わなかったけど……表情がかわらなくていつも何を考えているのかはわからなかった。私の涙に何を思ってたのか今となっては聞けないけど……
きっと、今みたいにその重さの半分を支えてくれていた。そんなかけがえのない人だった。