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11、父の事務所


11、



父親はどんな人?と訊かれても……『よくわからない』としか答えられない。


私の中に断片的にしか記憶に無い。思い出すのはあの事務所にいつもスーツ姿でいる事くらい。


駅前の繁華街から少し外れた小道を行くと、古い雑居ビルがある。そこの三階が父の探偵事務所だった。暗い階段を上がると、曇りガラスの小窓のついた古いドアが見えて来た。


そのドアノブを手にかけると大きく深呼吸をした。深呼吸をすると、嫌な記憶が蘇った。


当時小学生だった私は、父に会いによくこの事務所を訪れていた。低学年の頃は学校帰りにここに寄って母によく怒られた。いつものように事務所へ行くと、父は留守で……そこにはいつものおじさんだけがいた。小太りで頭は禿げて笑顔の目がいつも笑って無い不気味なおじさんだった。


父を待つうちに眠くなって来て、ソファーに横になってうとうとしていると……そのおじさんがあちこち触って来た。怖くて気持ち悪くて声が出せなかった。


その時はただ黙って寝たふりをするしかできなかった。それから、父親の事務所にはあまり寄り付かないようになった。


今でもまだあの人がいたらどうしよう……


でも今なら抵抗も通報もできる!それに何より……


「開かない?俺が開けようか?」

「大丈夫」


今は隣にロボ太がいる。脅されてここに連れて来られたけど、一人よりはよっぽどマシ。ひょろっとしていて昔のロボ太より全然頼りない体つきだけど……その存在が心強い。


私はまずドアをノックした。すると、聞き覚えのある声が聞こえた。


「はい、鍵は開いてます。どうぞ」


ドアを開けると、すぐに古い色褪せたソファーが目に入った。そのソファーは……


寄り付かなくなってから何年か経った後……確か小6の夏頃。たまたま立ち寄ったこの事務所で、父親が見知らぬ女とこのソファーで抱き合っていた。


その現場を目撃したら……当然嫌悪感しか無い。嫌悪感を抱きながら事務所の中を見渡すと、奥のデスクの前に一人の中年男性が立っていた。すぐに父親だとわかった。天パーだった髪はさっぱりと整えられて、だらしない印象は『小綺麗なおじさん』に変わっていた。


「美織……?見ないうちにでかくなったな~」

「小6と身長変わって無い。もっと言うと、あの頃からあんたを見る目も変わって無いから」

「だからあれは誤解だって!香織は信じてくれたんだぞ?」


お母さんが本当に信じてたら今頃離婚してないっつの!!


「今さらそんな事どうでもいい」


正直それが本音。とにかくロボ太を紹介してさっさと帰りたい!


「こちら、友達のロボ太。あ、違った。蓮。……でもなくて……」

「だからリョウだって!」

「リョウが甲皮族について話を聞きたいんだって」


甲皮族と聞いた瞬間、父親の空気が微妙に変わった気がした。父親から何でも屋の顔になった。


「甲皮族……むしろ逆に君がどこでそれを知り得たのか知りたいくらいだ」

「だってロボ太……リョウは元々あの村の出身なんだし」


なんだか説明が怪しくなって来て、ふとロボ太の方を見た。


「見捨てられたあの村に何故医者と看護士が送り込まれた?」

「医者の前に警察官も行っていただろう?俺はその知り合いだ。それであの村を知った」


父親は何故か少しずつ険しい顔になっていった。


「これでいいだろう?俺はちゃんと答えた。だからその手を降ろせ」


え………………?


私の後ろに立つロボ太の方を見ると……


目の前にナイフが向けられている事に気がついた。


「どこまで調べた?相当調べなきゃ人質を取られるまではしないだろ?」

「人質……?」

「あの村の事は金輪際誰にも口にしないと約束させられた。さもなくば香織と美織は……」


待って?それって……私とお母さんがあの村へ行ったのは離婚が原因じゃないの?


「今はもう村はない。美織と美織の母親は人質としての役割を終えたんだよ」

「はぁ?!あの村が無いって……どうゆう事!?」


そういえば……私がいた頃から巨大ダム計画で村が沈むかもしれないという話はあった。それがたった6年で実行されるなんて事あるの?村が無いとしたら……お母さんは一体今どこにいるの?


「人質が要らなくなったという事は証明する術が無くなったという事だ。おそらく何年もわたって計画されていた事が実行された。今さら真実を暴くのは難しいだろう」

「だから諦めろって?それはできない。俺はあいつが何故死んだのか突き止めるまでは終われない」


あいつ?ロボ太は誰の死の真相を知りたいの?


そこで初めて、ロボ太には別の目的がある事を知った。


「だからといって美織を巻き込んでいい理由にはならない。美織は本当に無関係だ」

「知っている事を全て吐けば無傷で返す。吐かなければ……何度でも刺す」

「嘘でしょ……!?ロボ太!!嘘だって言ってよ」


今すぐに冗談だって言って笑ってみせてよ。


ロボ太の顔を見上げると、見た事の無いほどの怖い顔をしていた。私の願いも虚しくロボ太はナイフを大きく振りかざした。


「わかった!日ノ宮病院だ!」


ロボ太はギリギリで私の胸前でナイフを止めた。


それから父親は、日ノ宮病院に元研究員が入院している事を話し始めた。


「今はもうかなりのご高齢だが、その元研究員から何か話が聞けるかもしれない。くれぐれも俺の名前は出すなよ」

「元研究員って事は……やっぱりあの甲羅のような皮膚は薬の影響なのか?」

「確かに昔あの辺りで違法な治験が行われていた事は事実だ。だが何の確証も無い。それが何らかの影響があったとしても、その裏付けとなるデータや研究結果は出て来ない」


目の前のロボ太のナイフを持つ手が少し震えていた。


「さらに政治が絡んでいるとすれば、より表面化するのは難しいだろう。それも情報が漏れような事が発覚すれば……簡単に命を落とす」


すると、父親がゆっくりと私の前へ来て「ナイフをこちらに」と言って、目の前に手を差し出した。


ロボ太は少し迷って、持っていたナイフを手渡した。


「美織、ごめん。怖い思いをさせたよね」

「そう言うならこんな事……」

「!!」


私が言い終わる前に、父親がもっていたナイフでロボ太の腕を切りつけた。


「いってぇ!!何すんだよオッサン!!」


ちょっと!!どうして……


「治療費は後で請求してくれて構わない。だが、くれぐれも美織を巻き込むなよ」


何となく……それはこの傷で日ノ宮病院へかかれというフリに聞こえた。


「あ、そうそう、日ノ宮病院ここからめちゃくちゃ遠いから。重症になる前にたどり着けよ?ま、俺はそのまま死んでくれて構わないけどな」


怖っ!!それナイフ片手にシャレにならないよ!


久しぶりに見たその優しい笑顔に…………


かなり引いた。


「俺が死んだら傷害致死になりますからね」

「黙れイケメン。美織のためならお前みたいな害虫の一匹や二匹いつでも潰す覚悟でいるんだよ」


虫!完全な虫扱い!


「やめてよ!私犯罪者の娘になりたくないし!浮気者の娘の方がまだマシ」

「美織!あれは誤解だって!でも、またこうして再会できたんだ。パパと呼んでくれ!さぁ!」

「絶っ対イヤ」


父親は私の塩対応に凹みつつ、綺麗なタオルをロボ太の腕に巻いてくれた。それからロボ太と私は急いで日宮病院へ向かった。



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