究極のなろうVS至高のなろう
「なろう小説勝負、今回のお題は『追放ファンタジー』となります!」
俺の名は鳴尾次郎。
最上のなろう小説を目指し、日夜筆を走らせている。
「『追放ファンタジー』とは……これは雄太先生の独壇場ですなあ」
「今回も先生の作品を楽しみにしておりますよ」
向こうで取り巻きに囲まれている奴が俺の兄、鳴尾雄太。
なろう小説の為なら家族も顧みない冷血漢だ。
自身もなろう作家でありながら稚拙な表現や整合性の取れないストーリーと見るや壁のような長文で感想欄を埋め尽くす男であり、奴のせいで筆を折ったり心に傷を負ったりした者達は数知れない。
俺はその姿勢に全く賛同できず、奴のパソコンのハードディスクをフォーマットして家を飛び出していった過去がある。
そんな犬猿の仲の俺達兄弟だが、何の因果か企画で毎月なろう小説の勝負をしているのだった。
「次郎さん、大丈夫? 『追放ファンタジー』と言えばなろうの王道中の王道……。長くやっている雄太先生の方が圧倒的に有利よ?」
彼女の名は倉田愁子。
俺と共に最上のなろう小説を完成させるために筆を執っている、謂わば同僚みたいなものだ。
異世界恋愛が好きなようだが、まだまだ若いだけあってそのストーリーには深みが足りていない。
「問題ないさ。『追放ファンタジー』は常に新しいものを求められている。むしろ古い因習を引きずっているがために足枷になる事の方が多いからな」
事実、奴の小説は基本を踏襲しているばかりで目新しさの無いものがほとんどだ。
追放ファンタジーはなろうの中では歴史の長いジャンルと言いながら、その内容は常に新陳代謝を繰り返しておりその時々の流行を的確にキャッチしていなければならない。
俺は奴にそう言ったことが出来るとは到底思えなかった。
「ふ……次郎よ、お前は『追放ファンタジー』を何か勘違いしているようだな」
「なに!?」
お題も決まって執筆のためにこの場を離れようとした俺に対して、雄太が挑発してきた。
「ああ見えて『追放ファンタジー』は奥が深い。お前如きにまともな作品が執筆できるかな?」
「やってやるさ! お前のその古い価値観、打ち砕いてやる!」
かくして俺達の今回の勝負、「追放ファンタジー」対決は幕を開けた。
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「次郎さん。あんなことを言ってしまったけど、本当に策はあるの?」
作業場へと戻った後、倉田さんが俺に不安そうに声をかける。
「まあ見てろって。いいか、追放ファンタジーに欠かせない要素は特別な『主人公のスキル』、『悪役然とした悪役』、そして何よりも『テンプレート』だ。とりわけ『テンプレート』は重要で、これに沿っておかなければ追放ファンタジーは名乗れないまである」
「やっぱり『テンプレート』は重要なのね。確かに『テンプレート』に沿ってない追放ファンタジーは読んでて疲れるわ」
そう、テンプレートに沿っておけばある程度読まれるし、逆にテンプレートに沿っていない作品は見向きもされない可能性だってある。
追放ファンタジーとはそう言うジャンルだ。
「そして次に重要なのは『主人公のスキル』だ。『主人公のスキル』はただ強いだけだとパーティ追放の理由に整合性が取れず、かと言ってスキルが目を引くものでなければまず読んでもらえない。というわけで、追放ファンタジーの核となる『主人公のスキル』を決めよう」
そう言いながら俺は倉田さんに設定を書き出して見せた。
「色々あるが、分かりやすいのは縁の下の力持ち系だな。特に仲間の武器の性能アップや相手の弱体化は強いのに理解が得られにくく、パーティ追放の要因として成立する」
「主人公はパーティの性能を引き上げていたけど、そうとは知らなかったパーティリーダーが主人公を追放するってシナリオね」
「うん。そうなるとやはりバフ系だな。武器に対する魔法の付与で行こう」
そう言いながら俺は次々と設定を練り、プロットを書き出していく。
……そして俺があらすじを練りプロットを書き終わったその時だった。
「邪魔するで鳴尾はん。なんや、今回の勝負は追放ファンタジーみたいやのう」
「あ、東国さん」
俺と倉田さんが作業している部屋に、怪しい関西弁の男、東国さんが入ってきた。
東国さんもなろうユーザーではあるが小説は書いていない。
しかし一流のレビュワーであり、東国さんがレビューを書いた作品は次々と伸び続けている。
「で、鳴尾はんの作品は今回どんなのにしようと思っとるんや?」
「はい、大まかに言うとバフ系能力を持った主人公が追放されるも成り上がると言う話にしようと思います。プロットはこれです」
そう言って俺は東国さんにプロットを見せた。
「ほうほう、なるほどのう。この終盤の辺りが盛り上がり所やな! ストーリーは一本芯が通っててええと思うで」
「ありがとうございます」
「東国さんのお墨付きを頂いたなら安心ね」
「いや。愁子はん、これでは鳴尾はんは勝てんで」
「え!?」
「どういうことですか東国さん!」
予想外の言葉に、俺と倉田さんは思わず目を丸くした。
「と言うのもな、『主人公のスキル』で性能アップっちゅうのは、意外と分かりやすい能力なんや。例えば熟練の冒険者であったら、普段の武器の性能とかしっかり把握しとるやろ?」
東国さんは更に俺達に続ける。
「それを抜きにして『役に立っていないから追放する!』じゃ、『こんなすごい奴を追放するのは悪役が無能すぎ』と白けてしもうてそこから読まれんくなる。わしは今までバフ系の追放ファンタジーを何作品も読んできたが、そう言う作品が多かった」
「た……確かに……。言われてみれば冒険者は命を懸けて戦っている連中だ……にも拘わらず自分の能力を正確に把握していないなんて有り得ない……」
「それでは主人公のスキルをバフ系ではなく別のものにすると言うの……?」
「いや……今回のプロットはバフ系のスキルでなければ成り立たない……かと言って、プロットを一から作り直す時間はない……」
「そんな……どうすれば……」
これは予想の外だったが、確かに東国さんの言う事は一理ある。
「なんや、わしが鳴尾はんの事を引っ掻き回してしもうたかのう……」
「いえ、東国さんがいなければそのまま負けているところでした……。しかし……クソ……どうすれば……」
「追放する前は確かにダメな人だけど、追放した後に何か能力が変えられるような方法があればいいんだけど……」
……!
「能力が……変わる……追放した……後に……」
「……そうだ! 覚醒だ!」
俺は倉田さんの一言で閃いた。
「追放の要因を主人公のスキルだけでなく別の要素も入れて、悪役がある程度無能にならずに追放させればいいんだ!」
「なるほどのう! 『覚醒』は面白い要素やな!」
「よし、方向性は決まったぞ! 早速執筆だ!」
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「それでは、まずは鳴尾次郎先生側から作品をお願いします」
いよいよ今日は追放ファンタジー対決勝負の日である。
満を持して、自分の作品を発表する機会が来たようだ。
「俺の作品はこれだ。『付与魔法が弱すぎて能無しと言われパーティから追放されましたが、覚醒によって神を凌駕する力を付与できるようになりました。今更戻ってきてくれと言われても知らん』」
「おお、タイトルからしてわくわくさせられますなあ」
審査員の中からそんな声が聞こえる。
掴みは上々のようだ。
「あらすじはこうだ。主人公はサポート職だったが付与魔法の性能が低く、パーティから追放されてしまった。しかし、その後は地道に冒険者を続けていたところでふとした拍子に能力が覚醒し、とんでもない力を付与できるようになった。だが主人公の強さの本質はそこではない。実は主人公は能力が覚醒する前から的確な付与魔法を使いこなしてパーティメンバーの全体的な実力の底上げをし、実力以上の力を発揮できるようにしていたのだ。そんな主人公を追放してしまった前のパーティメンバーはどんどん落ちぶれていってしまう」
「なんと素晴らしいテンプレート展開。能力を認められずに追放された主人公が無双し成り上がる痛快劇」
「そして内容の運び方もまた……。特に『覚醒』と言う要素をワンクッションを入れる事によって追放側が単純な無能に成り下がっていないため、すんなりと読み進める事ができます」
「いやお見事でした。鳴尾次郎先生側はこれぞまさに追放ファンタジーと言う作品でした」
「次郎さん、審査員の方の評価も上々よ! 今回は手ごたえがありそうね!」
倉田さんの言う通りだ。
流石の雄太もこれ以上の作品は出せまい。
今回の勝負、貰った。
「ふふふ……やはりか次郎。お前は追放ファンタジーと言うものを何も分かっていないようだ」
「なに!? どう言う事だ!?」
しかし雄太は、変わらず不敵な笑みを浮かべ、上から目線で俺に言う。
「あ……では次は、雄太先生側の作品を……」
「私の今回の作品は『俺を追放した元同僚に断罪を~流浪の最強騎士物語~』だ」
「な……タイトルが短いだと!?」
馬鹿な。
異世界恋愛ならともかく、追放ファンタジーでそんなタイトルで勝負できると言うのか!?
「あらすじも語らせて貰おう。主人公は平民上がりの王宮騎士であったが、共に切磋琢磨してきたと思っていた貴族の子弟である同僚の男に嵌められ、王宮を去ることとなった。王宮を追放された主人公ではあったがくじけぬ心とその剣の腕前で各地を巡り、やがて最強の自由騎士として名を馳せていく。一方同僚の男は主人公を追放した後、その身分を利用して王宮にいかがわしい者達を引き入れて私腹を肥やすようになる。各地を流れ王都へと帰り着いた主人公は旅先で得た仲間と共に、王宮に巣くう病巣と化した元同僚に正義の鉄槌を下すのであった」
「そんな……『特別な主人公のスキル』が一切無いじゃないか! それに、『悪役』が古典的すぎる! こんなのでは読者はついてこない! 何よりも、追放ファンタジーの『テンプレート』から若干外れているじゃないか!」
ストーリー展開が古すぎる!
そんな作品で、俺の傑作と勝負しようと言うのか……?
一体何を考えている……!?
「ならば見るがいい、審査員たちの反応を」
「なに!?」
「す……素晴らしい……まさに王道ファンタジーと呼べる作品でした」
「最後の王様達の前で元同僚を断罪し、そのまま正義の鉄槌を下す場面が最高です……。仲間達のキャラの良さ、正しいことが証明された瞬間、そして今まで主人公が舐めてきた辛酸が全て、このラストに向けての伏線と言える展開でした……」
「これはもはや書籍化……いえ、コミカライズやその更に先も目指せる作品と言えるでしょう」
そんな……こんな作品の評価が高いだと!?
目新しいスキルやストーリー展開がない古典的な作品なのに……!
「次郎、お前は大事なことを見落としている。追放ファンタジーで重要な要素は『主人公のスキル』でも『悪役』でもない。追放ファンタジーの本質は追放……即ち主人公が不当に貶められたところから逆転して溜飲を下げ、その勢いで頂点にのし上がると言う『カタルシス』だ。お前の作品では悪役が下手に無能ではないため、『カタルシス』の部分が非常に弱く読後感で言えばただの凡作に成り下がってしまっている」
「な……なんだと!?」
「そして次郎よ、お前はなろうが小説であることを忘れているようだな。小説の神髄はその面白さだ。『小手先のスキル』や『唾棄すべき悪役』と言った『テンプレート』展開ではない。そんなものは単なる舞台装置に過ぎぬ。仮に『王道のスキル』によって主人公が無双した方が面白ければ、お前がこだわった追放ファンタジーの『テンプレート』である『小手先のスキル』ではなく『王道のスキル』で無双すべきであるし、『魅力的な悪役』がいることによって面白くなるのであればそちらを採用すべきだ」
そうだった……なろうは小説投稿サイトなんだ……。
いかに「テンプレート」と呼ばれる流れがあろうとも、小説そのものが面白ければ評価が高いに決まっている……
「うぅ……確かに俺は大切なことを見誤っていたかもしれない……。追放ファンタジーと言えども小説なのだから」
俺は思わず膝をついてしまった。
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「それでは、勝負の結果を発表します」
双方の小説を読み、審査員達の審議も終わったようである。
「今回の追放ファンタジー勝負ですが、鳴尾雄太先生の作品はストーリー展開が素晴らしく、まさしくファンタジー小説の王道と言うにふさわしい作品でした。何よりも『カタルシス』の面において鳴尾次郎先生の作品よりも圧倒的に優れたものがありました」
負けた……完敗だ……。
「しかし、鳴尾次郎先生のなろうテンプレート作品にもなろうテンプレートの良さがあり、読み易いと言えるのは鳴尾次郎先生の方でありました」
……!
「よって今回の追放ファンタジー勝負は、甲乙付け難しの引き分けとします!」
「……次郎さん! 引き分けよ! 負けじゃないのよ……!」
倉田さんが声を上げて喜んでくれている。
そう、確かに勝負は引き分けた。
しかしだ……。
「次郎よ。審査員から一定の評価は得たようだが、今回の勝負についての本当の勝ち負けのところは分かっておろうな」
「……」
半ば声が出せない状況にある俺に、雄太が上から声を投げかけてくる。
「なろうは小説投稿サイトだ。なろう作品と言えども小説であることに変わりはない。その事を理解していなかったお前に、小説の何たるかを語る資格があるか?」
「く……それは……」
「そもそも、なろうは評価と言うものがランキングや数字に分かりやすい形で反映される。見える形で投稿される感想にしてもだ。我々執筆者にとってモチベーションになると同時に筆を折られる要因となる事この上ない。それでも、お前は今後もなろうに投稿し続ける勇気はあるか?」
「……当たり前だ、やってやるさ! 本当に面白いと言われる小説を書いて、今後も投稿し続けてやる!」
「ふん、口だけは立派だな。ならば私は逃げも隠れもせぬ、性根を据えてかかってこい」
そう言うと、雄太は取り巻きを連れて俺の前から去っていった。
「次郎さん、次の勝負はコメディ対決よ。大丈夫?」
「ああ、いけるさ! よし、次の小説の研究だ!」
「そうこなくっちゃ!」
そうだ、俺はなろう作家なんだ、こんなところで止まっている場合じゃない!
次の作品を作る準備をするため、俺達は作業場へと向かって行った。
……余談だが次のコメディ対決は今回の引き分けが嘘のように完敗した。
あいつ、あんなに笑える小説書けたんだな。