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第九話

「見たか!? リット! 大きな木だ!」

 島に降りたマグダホンは最初に目についた木に手をつくと、折ってやろうとして目一杯力を加えて押したが、当然折れることはなかった。騒々しさに気付いた虫が数匹飛び立ったくらいだ。

「なにを言ってんだ……船にいる間からずっと見えてた木じゃねぇか……」

「見ろ、リット! 鳥だ!!」

 マグダホンが走り出すと、地面の餌をついばんでいた小鳥達は名残惜しそうにして、少しの間低空飛行をすると、空高く消えていった。

「今度から鳥を食いたけりゃ、追うんじゃなくて罠を仕掛けるんだな」

「なんじゃあ! ありゃあ……。なんてでっかい船だ!!」

 マグダホンは小鳥を追って振り返ると、浜に停泊した二隻の海賊船に驚愕して声をより大きくした。

 見るものすべてに大げさな反応をするので、リットはもう既に疲れたような気がしてきていた。

「おい、マグダホン……なにを無理に気持ちを盛り上げてんだよ。行って帰ってくるのに半日もかからねぇような島だぞ」

「だからだ。こんなの冒険ではなく、少し遠出をしたくらいのものだ……。男二人で、惨めにとぼとぼ歩けというのか? そんなのつまらないだろう」

「アンタが付いてこいって言ったんじゃねぇか。だいたい目的は冒険じゃなくて船だろ。いいんだよ、余計なことはしなくて」

「つまらん男だな……。ノーラの話ではずいぶんと冒険したそうじゃないか。ほら、もっと盛り上がれ。ほら見ろ! お花だぞ!」

「今だってしてる途中なんだよ。だいたいな……水のない島でそんなに大声を出し続けてみろ。小便を飲むことになるぞ」

 リットに言われ、マグダホンはピタッと喋るのを止めた。走り回り、大声を出して、もう既に口の中が乾いてきていたからだ。

 小島は無人島で道はない。山に登るまでの森の中は、踏み荒らされていない落ち葉や枝で敷き詰められており、時折落とし穴のように地面が崩れた。幸い襲ってくるような動物はいないので、足元に気を付けて歩けば、危険からは避けられる。

 リットにしてみれば慣れたものだ。

 だがマグダホンは違った。ゴブリンが掘った足場がしっかりした坑道に住んでいるので、こういった不安定な道には慣れていなかった。

 もっと言えば日差しにも不慣れなので、暖かい海域にある島で歩き続けるだけでも、体力の消耗がリットよりも大きい。それに加えて先程まではしゃいでいたので、もう疲れたと座り込んでしまった。

「子供にヒゲが生えただけみたいなおっさんだな……」

 リットも木陰に座ると、汗ばんだシャツを剥がすように伸ばして空気を入れた。

「背の文句なら……世界で一番最初のドワーフに言ってくれ……。墓を探しても、三角帽なんてないだろうがな……。それと最後にもう一つ……おっさんだから疲れるんだ」

 マグダホンは言うだけ言うとぐっすり寝てしまった。

 これは時間がかかると思ったリットも睡眠をとったのだが、そんなに時間が経たないうちにマグダホンに起こされた。

「おい、リット。寝過ぎだぞ」

「アンタが寝たんだろうが……」

「だが、もう起きたぞ」マグダホンは手を大きく開いて「ほらな」と、すっかり元気を取り戻していた。

「まさか……丸一日寝てたってことはねぇだろうな……」

 いくらなんでも回復が早すぎると思ったリットは足元の影を見たが、少し位置が変わっただけなので、それはありえなかった。次の日の同じ太陽の位置の時に起きたのなら別だが、それもありえるはずがない。

「そんなわけあるか。寝ながらどうしてこんなに疲れるか考えていたんだ。そしたら、なんとすぐさま解決だ」

「後学のために、聞いておきたいもんだな」

「働く時は働き、休む時は休む。それがドワーフというものだ。だが、ずっと遊びモードに入っていた。わかるか? 今は仕事モードだ。なにごとも気持ちの切り替えが大事。ダラダラしていてはいかんということだな」

「おい、マグダホン……。人が船の交渉をしてやってる間。ずっとお遊び気分だったってことか?」

「リット……気分なんかじゃないぞ――本当に遊んでたんだ。アリス達と酒盛りをし、海賊生き方を朝方まで教えてもらっていた。その時に気付いんだ。リットがいないということに。だが、眠くてすぐにどうでもよくなった。すると、昨日の朝にリットが、別の海賊船に乗ってやってくるじゃないか。あれには驚いた。人生とはうまいこと回るものだとな」

「それって謝罪になってるか?」

「なんだ謝ってほしかったのか。それなら、しっかりそう言わねば。リットの分の酒を飲んですまなかった」

 マグダホンは深々と頭を下げた。

「ちょっと待った。誰のなにを飲んだって」

「おっと……また考える前に口から出てしまった。リットの酒を飲み、飲みすぎて体温も上がったことに鼻水が出たから、その場に放り投げあったリットの着替えのシャツで鼻を拭き、さすがにこれはないと思って海で洗ったら、翌朝乾いたら塩でカピカピになっていたという話だ。あー……また余計なことを口走ってしまった……。これでいつもアリエッタに怒られるんだ」

「なんかもう……文句を言う気も失せた」

 リットがため息をつくと、マグダホンもため息を付いた。

「アリエッタもそうだと助かるんだがな」



 マグダホンが仕事モードに入ると歩みは格段に早くなった。周りの景色に気を取られることなく、目的に向かうことが優先になったからだ。意味のないものに目を奪われることなく、気付けば山を登り、海が一望できる開けた場所に来ていた。

 ここはまだ山の中腹だが、目印から考えるに、墓は頂上ではなくこの中腹にありそうだった。

 今度は意味のある休憩を取るために、マグダホンは適当な岩の上に腰を下ろした。

「いやー……いい汗だな。水もうまい」

 マグダホンが水筒に口をつけて喉を慣らす音を聞きながら、リットはいつもより疲れたと岩に背中を付けて地面に座り込んだ。

「これじゃあ、ノーラを連れ回してたほうがマシだ……。飯さえ食わせてりゃいいからな」

「そんな単純なことじゃないぞ。リットがノーラに慣れ、ノーラがリットに慣れからそう思うだけだ。文化と風習を取り払い、二人のルールを作ったから長旅でも苦痛に思わないんだ。私達だってそうだ。そのうち居心地が良くなる」

「そうなる前にどうにかしねぇと、うちに居座るドワーフが増える……」

「なら簡単だ。船を手に入れる。ほら見ろ、二人の目的が一致した。これで仕事が捗るぞ」

「オレのは目的じゃねぇんだよ。達成してもなんにもならねぇんだからな」

 リットは水を飲むと、日が暮れないうちに墓を探し出してしまおうと立ち上がった。

 マグダホンも立ち上がり後を続くと「実にいい風が吹いているな」と体を伸ばした。

「まぁな、じっとしてりゃ汗も乾きそうだ。そんな暇ねぇけどな」

「見ろ、海鳥の羽根が飛ばされてきたぞ」

「……なにが言いてぇんだよ」

「嫌な予感がする……」

「それを絶対に言うなよ……」

 リットも同じ嫌な予感を感じているので念を押した。言葉にして出したら、それが本当のことになりそうな気がしたからだ。

 だが、それは口に出さなくても同じことだった。

 特に難しくもなく見付けた墓の前で、リットとマグダホンは立ち尽くしていた。

 まるで船の船首ように突き出た断崖に墓はあり、その先にはイサリビィ海賊団のボーン・ドレス号と、コーラル海賊団のコーラル・リーフ号の姿が見える。

 そう高くない山の中腹なので、船に乗っている海賊たちの姿が肉眼でも確認できた。

 メインマストの物見台から、アリスが望遠鏡を使ってこちらを見ているのもわかるくらいだ。リットとマグダホンが墓を見付けたこともわかっているだろう。

「さて……どうしたもんか」とマグダホンが呟いた。

 墓には三角帽がなかったからだ。

 嫌な予感というのはそんなことで、仮にたむけられていたとしても、こんなに風の強い場所では帽子なんてものは簡単に飛んでいってしまうということだ。

「どうにかするんだよ。じゃねぇと、オレの家はドワーフの工房になっちまうからな」

 リットはなにかないかと墓を念入りに調べた。

 墓は流木で作れており、様々な貝殻が貼り付けられている。大きな巻き貝から色とりどりの二枚貝に、武器のように鋭いツノ貝まで実に様々で、墓の周りを歩くと落ちて砕けた貝殻が、更に踏まれて音を立てた。

 こんな装飾をしてあるのだから、人魚の墓には間違いないのだが、果たしてユレイン船長の墓なのかどうかは確証が持てなかった。

 このまま進展もなく終わると思っていたところ、細い草が風に流されて海まで飛んでいくのが見えた。最初はマグダホンがむしって飛ばしていたのかと思ったが、マグダホンは仕事の時間は終わりだと、顎ヒゲを指で整えながら日光浴を楽しんでいた。

 その瞬間にもいくつか草が飛んでいっている。

 リットは足元の雑草が足先でつつけば簡単に抜ける事に気付いた。

 砕けた貝が雑草を抑制していたのもあるが、貝殻の更にその下に船の一部だと思われる木の板があり、草の根の張りを弱くしていたのだ。

 雑草と貝殻を手で避けると、木の板には文字が書かれていた。

 

 ――ユレイン船長の亡骸はここへ。彼女の遺言通り、魂が宿った三角帽は同じく魂とも言える船と共に……。


「また……適当な情報を適当に崇拝しやがって……こういうことをするから勝手に伝説が増えてくんだ」

 今度は海の中を探さなければいけないのかとリットはうなだれたが、マグダホンは次の手がかかりがあったからよかったと楽観的に考えていた。



 コーラル・リーフ号に戻りそのことを報告すると、ティナは慌ててリットの口を手で塞いだ。

「バカ! アリスに聞かれたらどうするのよ。陸の上だから主導権はこっちにあったけど、海の中なら条件は平等よ。あの島に三角帽がない今。情報が制すの」

「船は離れてんだぞ。どんだけバカな大声を出したら届くってんだよ」

 リットは考えすぎだとティナの手を払ったが、その時にマグダホンが船から身を乗り出しいるのが見えた。

「おーい! アリス! そんなところにいたら危ないぞー」

「バカ! おっさん!! しー! 黙ってろ!!」

 アリスはコーラル・リーフ号の船に張り付いて、会話を盗み聞きしているところだった。

「なにか言うことはある?」

 ティナが言うと、リットは「船の防犯はどうなってんだよ」と答えた。

「リットじゃないわよ。アリスに言ってるの」

 ティナが部下に捕らえるように合図しながら言うと、アリスは海に飛び込んで「三角帽がなかったんだろ? ざまあみやがれ!」と叫んでボーン・ドレス号に戻っていた。

「さぁ、アリスに聞かれたからには手伝ってもらうわよ」

 ティナはリットの襟を掴むと、船長室に引っ張り込んだ。

「船ってことは海の中だろ。そっちの出番なんじゃないのか?」

「そうとは限らないわよ。座礁したまま放置された船だったあるんだから」

「それなら、人魚だってスキュラだっていいじゃねぇか。森の中にあるわけじゃあるまいし」

「そのスキュラが問題なのよ。吸盤があるから、さっきみたいに船なんか簡単に上ってこれるのよ。断崖絶壁みたいなところは流石に無理みたいだけどね。海の中なら人魚のほうが泳ぐのが早いけど、座礁船だったらまだリットの力が必要になるわけよ」

「船が欲しいのはマグダホンだ。アイツに頼めよ」

「あのおじさんに? ……本気で言ってるの?」

 ティナは船長室の小窓に人差し指を向けていった。

 そこから外を覗くと、人魚が演奏するマーメイドハープの水流に乗って遊びに遊び尽くしているマグダホンの姿が見えた。

 水の柱に高く打ち上げられ叫び、水流の滑り台のスピードに乗ってまた叫ぶ。マグダホンの反応がいいので、人魚達も調子に乗って演奏していた。

 この分だと今日の夜はぐっすり、明日からは筋肉痛の日々が続くだろう。

「……あのおっさんって、なにしにここに来てんだ?」

「リットが連れてきたんだから、それは自分で解決して。とにかく、その船っていうのは沈没船とは限らないってことよ。『難破船』みたいに海を漂ったままってこともあるしね。ユレイン船長の名前は知ってても、海賊船の名前は誰も知らないのよ」

「なら、その『難破船』に行ってみたらだろうだ?」

「あのねぇ……この広い海にどれだけ難破船があると思ってるのよ」

「一つしかねぇ難破船もあるだろ」

 ティナはしばらくリットを顔をバカでも見るような表情で見ていたが、ある存在を思い出すと態度を一変させて、可愛く笑みを浮かべてみせた。

「ほら、あなたのほうが頼りになる」

「オレは酒が飲みてぇだけだ。あそこなら、オレは豪遊できるからな」

「なに? 照れてるの? いいのよ、堂々としてれば。褒められる意見を言ったんだから」

「なら、言うとおりに照れてやるから、称賛じゃなくて酒を出してくれ」

「あなたも諦めが悪いわね……ここにはお酒はないって言ってるでしょう」

「なら、酒を飲みてぇから。早く難破船に進路をとってくれよ」

「……言われなくてもそうするわよ」

 ティナは誰が船長だかわかりはしないと、もやもやしたものを抱きながら一度船長室を出ていったが、嫌な予感がして戻ると、案の定偉そうに船長室の椅子にふんぞり返って座っているリットの姿を見付けたので、連れてきた時と同様に襟を掴んで船長室から連れ出した。






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