第二十一話
素早く準備を済ませたリット達は、既に海底洞窟を抜けて地底湖へと来ていた。
「本当にこんなにでかい水瓶が必要なのか?」
水瓶を支えながらリットは文句を言った。
「情けねぇぜ。四人で持ってんだ。そんなに重くないだろ」
アリスはランプを持って先導していたが、触手を一旦止めて振り返った。
水瓶を支えているのは、リットとマグダホンとテレスとバゴダスの四人。水だけが入っているのならば耐えきれる重さなのだが、今水瓶の中にはティナが入っていた。
「こんな余計なものを入れるって聞いてなかったんでな……」
「しょうがないでしょ。人魚に乾燥は厳禁なんだから。それにずっと入ってるわけじゃないわよ。交代制。水の中じゃ、こっちが引っ張ってあげてるんだからお互い様よ」
ティナの言い分にマグダホンはもっともだと頷いた。
たしかにそのとおりなので、リットもそれ以上文句を言えなかった。
だが、曲がりくねった上り下りが続く足場の悪い道を水瓶を支えて歩くには、かなり体力が削られる。ここに来るまで十分な休息を取ったわけではなく、急な時間制限がつけられ、飛び出してきたせいで万全とは言えない。
なので一旦、二つ地底湖を抜けたところで休憩することにした。
「なんだって、こんな面倒くせえところに船を捨てたんだよ……」
リットはコジュウロウを叩き起こして用意させた豆を頬張りながら、濡れたシャツを絞った。
「それが海賊だからよ」というティナに、文句の一つもなくアリスは頷いて同意した。
「意味がわかんねぇよ」と呆れるリットだが、マグダホンは違った。
「それがロマンだからだ」と力強く言い切った。「己の功績を永遠に保管するとともに、次世代への挑戦状でもあるわけだ。自分を超えられるなら、見つけ出して超えてみろ。とな」
「いいこと言うぜ、おっさん」とアリスは口笛を鳴らした。
「さては、理解の許容範囲を超えてハイになってるだろ」
リットの言葉に「わかるか?」とマグダホンは答えた。「そうなんだ。今日の朝に一度地底湖まで潜っただろう? あれから私の心臓はドキドキしっぱなしなんだ。まるで体のすべてが冒険を待っていたかのように騒いでいる」
リットはもうなにも言うまいと「怪我だけはすんなよ」とだけ注意した。
「でも、興味はあります。なぜ、本人の墓と船の墓場を別にする必要があったのか」
テレスの言葉にバゴダスが頷いた。
「普通に考えて二度手間だからな。船をどうやって捨てたのかも謎だ。高波を利用したとしても、そこに乗ってた船員はどうなる? 人魚だけならば、この洞窟は抜けられないはずだ」
バゴダスとテレスが同時に顔を見てきたので、リットは肩をすくめた。
「だからよ、それはどっちかの海賊に聞いてくれって」
「個人的に気になったので探してみたのですが、イサリビィ海賊団にはそのような人魚はいませんでしたよ」
「コーラル海賊団にもだ」
「そりゃ、副船長に仕事がサボってると思われちゃ、名乗り出てこれねぇだろうよ。でも、色々詳しかったぞ。ユレイン船長のフルネームはユレイン・クランプトンだとか、乗ってた船の名前はスィー・フロア号だとか。海賊団の名前はアビサル海賊団とかな」
「ですが、それを証明できる人物はいませんよね?」
「アビサル海賊団の名前は、難破船で聞いたんだ。光払いの良い客には教えてやるってよ」
「それはまた……アルラらしい……」テレスがつぶやくと、肩にかけた昆布がうなずくように動いた。テレスがかけている昆布は、アルラの妹である昆布のアルラウネなので同意したのだ。
「なんでこの洞窟のことを知っていたかは謎だな。まるで一度躓いたような言い方をしてた」
「まぁ、おバカな海棲種族なら誰でも一度は通る道ですからね。アリスも前に一度、ユレイン船長の財宝を探すって大変だったんですよ」
「うちもだ。ティナ船長は言い出したら聞かないし、飽きるまで続けるし。今回で終止符が打てれば、これ以上のことはない」
テレスとバゴダスが堂々と文句を言うのは、率先していたアリスとティナは疲れて寝てしまったからだ。寝言の中でも、どちらがユレイン船長の三角帽を持つにふさわしいか言い争っていた。
「なるほど……噂が噂を呼んで、話が大きくなっていったのかも知れんな。よくあることだ」
マグダホンはドワーフに伝わる伝説にもこんなものがあると話すと、実際にはこんなものだと種明かしをした。特に口頭伝承では、その時の気分が大きく作用されてしまうため、毎回話すごとに着目点が変わっていってしまう。それは物語を装飾する言葉だけではなく、本筋にも起こり得ることだ。
闇に呑まれるという事件を解決してから、リット自身も体験していることなので、マグダホンの話になんの反論もなかった。
だが、気になるのはあの人魚の言動だった。
リットには協力的だが、アリスやティナに同じような話をしなかった理由はなにか。もっと前から、ユレイン船長の三角帽はダストホールに沈んでいると話していれば、今頃別の道を見つけて、アリスとティナのどちらかが手に入れていた可能性もある。
人魚だけでは通り抜けられないというのは、あくまで今歩いている洞窟の話だ。
リットは一度考えるのを止めると、アリスとティナを乱暴に起こした。
「このランプの光は一日しか保たねぇんだ。のんびり寝てる暇はねぇぞ」
しばらく洞窟を歩くと「あぁ……気味がわりぃぜ」とアリスがつぶやいた。
「アリスはこういうのが好きだと思っていたぞ」
意外だと驚いたマグダホンだが、天井からなにか落ちてきたことにより、さらに驚いて大声を洞窟に響かせた。するとフナムシも驚いたのか、大群になって移動するので、まるで壁が動くように見えた。
「おっさん……こんな死骸ばかりの場所を好む奴なんて、よっぽどのド変態だぜ」
アリスは落ちてきた貝を拾うと、何十年も前に干からびて死んだものだと見せた。
「まったく心臓に悪い……。ここでは水の音もやけに大きく響く……」
マグダホンは落ち着くことのない心臓の鼓動を確かめるように、胸を鷲掴みにするように手を置いた。手のひらが押し返されるような鼓動を感じると、これを待っていたと言うかのように笑みを浮かべた。
「その音が響くおかげで、アタシらは次にどこへ迎えばいいかわかるってことだ。少なくとも水があれば死ぬことはないからな」
アリスは時折水たまりに触手を突っ込むと、水をすくって吸盤を濡らした。吸盤が乾くと、踏ん張りがきかなくなるので、歩くのもままならなくなってしまう。
それは同じスキュラのテレスも同じことで、今は風呂に浸かるように水瓶に入っていた。
水に入っているだけでは暇なのか、唐突に「そういえば……リットはアリスとティナ。どちらに三角帽を渡すのか決めているのですか?」と聞いた。
「決めてねぇよ。正直考えてもなかった」
「ちょっと!! それじゃあ、私がなんでこんなところに来てるかわからないじゃない!」
ティナは化粧まで落として覚悟を決めてきたのにと騒いだ。
「理由は三角帽が欲しいからだろ。セイリンからは役に立った奴にって言われてるけどな……」
リットはアリスとティナの顔を見ると、これみよがしなため息をついてみせた。
「おい、リット」とマグダホンが耳元で囁いた。「ここはティナに三角帽を渡そう。それが確実に船を手に入れる道だ」
「前にも言ったけどな……そういう悪巧みは、もっとこっそり話せよ」
皆で水瓶を支えて歩いているので、マグダホンの囁き声は全員に聞こえてしまっていた。
先頭でランプを持つアリスにも、光の届く範囲以上先には歩かないので、当然聞こえている。
「おい、おっさん!」
「今のは違うぞ。本音がポロッと出ただけだ。イサリビィ海賊団には世話になったが、私が欲しいのは思い出ではなく船ということだ。だから船をくれるほうに媚を売ったほうが単純にメリットがあるという。あぁ……まったく……本音が止まらん……。言っておくが、私に喋らせたアリスが悪いぞ」
マグダホンは口を押さえるのも間に合わないと開き直って言い切った。
「それでいいのよ。アリスには渡せる船なんてないんだから」
「いいや、あるぜ。ユレイン船長の海賊帽がアタシのものになるなら、ティナは敗者ってことだ。敗者は勝者に従う。つまり、ティナのところの古い海賊船を、イサリビィ海賊団流の取引で手に入れられるわけだ」
「そんなわけないでしょ」
「それ、セイリン船長の前でも言えるか? 負けました。それじゃあ、さよならじゃ格好が付かないぜ」
アリスのこの口論は自分の勝ちだという笑みを見て、ティナはぐっと不満を飲み込んだ。
海賊同士の仲良しこよしで同盟を組んでいるわけではない。あくまで一時的。それも勝敗をつけるために行動を共にしている。
リットがイーブンだとでも言わない限り、どちらかが割りを食うことになるのは仕方ない。
かといって、露骨にリットに媚びを売るのも海賊流儀に反することなので、ここにきてようやくアリスもティナも本腰を入れて洞窟を抜けようという気になった。
地底湖があれば率先して潜って水中の安全を確認をし、毒を持つ生物がいれば追い払う。
媚は売らないがアピールするので、二人の声は無駄に大きく洞窟に響き渡っていた。
足取りが重くっているリットに「どうした?」とバゴダスが訪ねた。
「大仕事をした時のことを思い出してたんだ……」
ランプを持って仲間と協力しながら暗い道を歩く。まるで、テスカガンドへ闇を晴らしに行ったときのようだった。
リットは、今思えばなんと恵まれたメンバーだったのだろうと過去に思い馳せていた。魔法に造詣が深いグリザベルが入れば安心だし、ハスキーがいれば大量の荷物を任せられた。ノーラのお気楽さやチルカの口の悪さは良い気分転換になり、エミリアのようなまとめ役が居たからこそ、くすぶることなく目的地のテスカガンド城に辿り着くことが出来た。
今いるのはリットも含めて自己中心的な者ばかりだ。スムーズに進んでいるようで遠回りしている気がしてならなかった。
そして、ふと狐火のランプに揺らめき、意思を持って伸びているような自分の影を見て、ヴィコットのことを思い出していた。
彼の正体がなんであれもう一度会いたいと持っていたが、もう二度と会えないことはわかっていた。言葉にすれば消えてしまいそうな理由を、箱に蓋をして鍵をかけることで思い出にした。きっとそれが正しいことなのだろうと。
そんなことを考えているうちに、皆から後れを取っていた。
「心配するな。リット分は私が二人分の働きをしていたぞ」
マグダホンは誇らしげに胸を張って水瓶を揺らした。
「今水が入ってねぇことは覚えてるよ。マグダホンまで、オレにアピールする必要があるか?」
「周りがしてると参加したくなるだろう。どうだ? 私は何点だ?」
「何点か知りたけりゃ、早く帰ってベッドで女房に聞けよ」
「それも悪くないな。今はアリエッタに話したいことがたくさんある」
マグダホンが目を輝かせて言うと、リットは嫌な予感を感じた。
「おい……まさか――」
リットはマグダホンの肩を掴もうと思ったが、触れることはなかった。
突然リットの足元が崩れ去り、暗闇の穴へと滑り落ちてしまったからだ。
「おい! リットが落ちたぞ!」
マグダホンが慌てて追いかけようとするが、割れた地面は地底湖にヒビを入れ、崩れた岩が急流に流されて、蓋を擦るように穴を塞いでしまった。
「たぶん大丈夫よ」とティナは冷静に言った。「水の流れる音と、空気と混じり合う音が聞こえてるわ。運良く別の空洞を流されてるのよ」
「それも、向かう先は同じだぜ。おかげで道がわかった」
アリスも耳を済ませて、水の流れがどこまで続くか聞き、前方からわずかに反響してくるのを確かめた。
リットが流れ着いた先は、水の音を頼りに歩けば合流しているということだ。
「驚いた……随分冷静なんだな」
マグダホンの驚いた様子に、アリスは得意げにへへんと笑った。
「嵐の船の上の方が修羅場だぜ。人魚やスキュラでも、まともに泳げないような波に襲われることもあるからな。しかもそういう時は、たいてい怪物が泳いでるときだ。かえって船の上のほうが安全だ。まぁ、水瓶が割れちまったから急ぐ必要はあるな」
アリスは海に恐ろしさに愉快だと笑い声を響かせたが、マグダホンは乾いた笑いを響かせていた。
一方土砂に流されたリットは気を失っていた。流された先は、運良く地底湖ではなかったが、流され時に大量の水を飲んでしまっていた。
このままだと窒息してしまうという危険な状態だったが、暗闇の中で気配が一つ。「あーもう……」とリットの胸を押して水を吐き出させた。




