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海底(うなぞこ)の三角帽 ランプ売りの青年外伝2  作者: ふん


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第十七話

 かつてリゼーネ王国から復興のために派遣されたエミリアと、光の専門家としてその手伝いで呼ばれたリットが修理した北の大灯台は、今も変わることなく海を見下ろすように岬に佇んでいた。

 だが、変わらないのは灯台だけで、そこへ行くまでの道はずいぶん整備されていた。

 リットの記憶では、足場の悪い石だらけの細い道を使わなければならなかったが、今では人が並んで行き来出来るほどの幅があった。目につく石も取り除かれている。

 その理由は北の大灯台を見に観光する人が増えたからだ。龍に壊される前まで来ていた観光客が、再び足を運ぶようになっていた。

 龍頭山の山登り、龍頭温泉郷の宿で休み、角笛岬にある大灯台を見物するというのが、観光の楽しみ方になっている。

 リットは他の観光客よりも足早に大灯台まで行くと、伝声管に向かって誰かいないのかと呼びかけた。

 しばらくは何の反応もなかったのだが、気だるそうな声で誰だと聞かれたので、名前を言うと急に声色が変わって歓迎された。

 上を見ろと言われ、リットがその声に従うと、鉄鍵が降って落ちてきた。下まで降りてくるのが面倒くさいから勝手に降りてこいということだ。

 鍵を開け、だんだんと急になっていく階段を上り、ひらけた監視室に到着すると、リットは開口一番文句を言った。

「おい……じいさんよ。こんなもん頭に落ちてきたら、老い先短いアンタより先に死ぬじゃねぇか……」

 灯台守のイッテツは、リットの言うことなど無視して、手を握って迎え入れた。

「いやーよく来てくれた。アンタが灯台を修理してくれたおかげで生きがいが出来た。あと二十年は現役を続けられそうだわい」

「いつまで生きるつもりだよ……んなことより、不具合はねぇのか?」

「元気そのものだ。よく眠れるし、いい糞も出る。飯はなんと一日七食も食うぞ」

「最後のはボケただけじゃねぇのか……。つーかよ、聞いたのは灯台の反射鏡の不具合だ。アンタの体調なんか聞いちゃいねぇよ」

「それなら、わしより問題ないわい。最近じゃ大陸からもちょくちょく観光客が来るようになった。わしの自慢の息子を見にな」

 イッテツは誇らしげに、灯台の柱を撫でた。

「これだけ立派にそそり立ってりゃ自慢もしたくなる。……本当の息子も帰ってきてるぞ。いや……孫か」

「どうせ酒を飲んで二日酔いで、倒れ込んでいるんだろう? あれだけ自慢できない孫も珍しいわい……。まぁ、せっかく来たんだ。ゆっくりしてくれ」

 イッテツが座れと引いた椅子の向かいでは、太陽に照らされ銀色に光る尻尾が四本。風に吹かれる猫じゃらしのように揺れていた。

「なんだ……ここにいたのか」

「イッテツとは昔馴染みだ。嫁との馴れ初めの手伝いもしてやった。妾がここで茶を楽しむのに、なんの不自然もない。大陸住みのお主がここにいるほうが不自然極まりない」

 薬売りのテンコは湯気立ったいかにも熱そうなお茶を、まるで水でも飲むかのように平然と飲んでいた。

「じいさんとの逢い引きを責めてるわけじゃねぇよ」

「やめてくれ」とイッテツは困ったように眉を下げた。「テンコはわしが生まれた頃から、百を超える婆さんだぞ」

「その婆さんに用事があって探してたんだ」

 リットは向き直ると、テンコは不機嫌に顔を歪めた。

「揃いも揃って婆さん婆さんと……。わざわざ妾に喧嘩を売りに来たのかえ?」

「龍口島のことを聞きに来たんだ。昨日今日生まれたような奴に聞いてもわからねぇだろう」

「妾からしたら、そなたも口の聞き方を知らない青二才じゃ」

「いいじゃねぇか。年寄りは好きだろ、昔話。どうせ聞いてもいない時に、勝手に話して若者を困らせてんだから、たまには聞かれた時に語れよ」

「語れと言われてもだ……。ただの狐だった妾が、妖怪として再び生を受けた日よりも昔のこと。先々代のオオナマズが暴れた時に、地下洞窟が崩落して消えた島じゃぞ」

 テンコは狐火を使い一瞬で湯を沸かすと、リットにもお茶を淹れた。

「その洞窟が崩落して出来た水の穴の中に、海賊船が沈んでるって話だ」

「何を言っているのじゃ……。海賊船どころか船の墓場だ。今でこそ、危険で誰も近付かぬが、昔はよく船が飲み込まれたものだ」

「知り合いの海賊の話じゃ、浅瀬に囲まれてるってことだったけどよ。船なんか近付けるのか?」

「海面の高さなど変わるものだ。むしろ浅瀬だからこそ、高潮に流されたのやも知れぬ。妾は海賊のことなど興味のかけらもない。なぜ『龍口島』と呼ばれているか知っているか?」

 テンコはどこからともなく取り出した扇子をリットに向けて聞いた。

「なんでも飲み込む穴だからだろう。海賊がダストホールって呼んでるくらいだ」

「そなたはなにも話を聞いておらぬな……。妾は海賊に興味がないと言ったばかりだ。ここでは海賊の話など何一つ役に立たぬ。ここでは忘れよ」

「わーったよ。話を進めてくれ」

 リットがお茶に口をつけると、とてつもなく苦い味がした。

 咳き込む様を見て、満足したように微笑んだテンコは続きを話しだした。

「口とは入り口のことだ。龍が住む竜宮へと繋がる洞窟がある島だ」

「竜宮ってのは、龍湾海峡にある海底洞窟のことだろ? そんな長い洞窟なのか?」

「そうだ。東の国の地下ではいくつも洞窟が繋がっている。東の国を龍と例えるなら、地下に張り巡らせた洞窟は血管だ。だが、その洞窟は誰も通ることが出来ぬ。龍と呼ばれるようになる前の、オオナマズの通り道だからだ。奴が洞窟を通り抜けると揺れる。それが東の国に地震が多い理由だ。わかったか?」

 テンコが最後に締めた「わかったか?」という言葉は、東の国の歴史と海賊は関係ないという意味だったのだが、リットは海賊とテンコの話が繋がったと納得していた。

「なるほどな……それだけ長く続く洞窟ってことはつまりだ。その海底洞窟と繋がってる洞窟もいくつかあるわけだろう?」

「そうだ。だが、繋がる地上の洞窟。その全部に社が建てられて管理されている」

 テンコは海賊が侵入など出来ないとダメ押しのように言った。

「つまり海の中の入り口は管理されてねぇってわけだ」

「いくつもある。ありすぎる。とても海の中までは管理はできない。……そなたは海賊の話をしていたわけではないのか?」

「海賊は海賊でも人魚の海賊だ」

「奇矯な人魚もいるものじゃな……。海を自由に泳げるのに、わざわざ船に乗るとはな」

「昔の奴が何考えてるかなんてわかんねぇよ。海賊も――年寄りもな」

 リットは自分の尻尾を突然ちぎりだしたテンコに、奇っ怪なものを見るような目を向けていた。

 ちぎると言っても、手でちぎったわけではない。果実が木から落ちるように、自然に取れたように見えた。だが、明らかにテンコの意思であり、尻尾が綿毛の塊のようにふわりと床につくと、テンコそっくりに姿を変えた。違うのは尻尾の数くらいのものだ。

 たった今尻尾が千切れたのでテンコの尻尾は三本。分身の尻尾の数は一本だった。

「せっかく案内してやろうと思うて、分身を作り出したというのに、失礼な男だ」

「そりゃ、ありがたいけどよ。どこに案内してくれるって言うんだよ。こんな狭い村でよ。昔に一回来ただけでも、どこになにがあるか覚えてるくらいだぞ」

「一回来たくらいでは、行かないような場所にだ。随分ひねくれものだからな……慣れない者がいると、なかなか顔を出さぬのだ。だが、漁師として海に出ている。妾よりも、近海に詳しいだろう。そやつに聞け。妾の命と言えば、言うことを聞くだろう。名を『マガミ』という」



 人里から離れているわけでもない、かといって中心にあるわけでもない、特に変哲もない海岸近くの家。それがテンコの分身に案内された場所だった。

 他の村の家と違わず、お世辞にも良い家とは呼べない作りの悪い家。

 リットは何度もマガミの名前を呼びかけるが返事はなかった。

 留守なら少し待とうと考え座り込んだが、それが間違いだった。珍しく酒が入っていないリットだったが、山を超えた疲れからいつの間にか眠り込んでしまったのだ。

 リットが目を覚ましたのは、瞼に炎の明かりが映ったのと、魚の焼ける香ばしい匂いがしてきたからだ。

 リットが目を開けたのを見て、片膝を立てて座っていた女性はボサボサの白髪頭を手で書きながら鬱陶しそうにため息を付いた。

「だから前にも言っただろ。世の中そんなに甘い考えじゃ渡っていけないって」

「……オレの記憶が正しければ、会ったことはねぇはずだがな」

 リットが記憶違いかと目やにをこすっている間に、テンコがものすごい距離まで近付いてきていた。

 テンコはリットの首元のニオイを嗅ぐと「確かに……知らないニオイだ。誰だい?」と首を傾げたが、焼いた魚を投げ渡した。「とりあえず食いな。そうすりゃ元気は出る。元気が出たら、前向きに考えればいい」

「そんじゃ……まぁ、ありがたく」

 リットは一眠りしてお腹も減っていたので焼き魚に食いつくと、テンコはそれでいいんだと満足気に笑った。

「それでいい。遠慮なんてするもんじゃないぞ」

「アンタ……オレなんだと思ってんだ」

「最近流行りの冒険者崩れだろ。身なりを見ればわかる。それも行き倒れるなんて、かなりしょぼしょぼの証拠だ」

「オレのどこが冒険者に見えるってんだよ」

「冒険者には見えない。冒険者崩れに見えるって言ってるんだ。着古したシャツ、無精髭、旅慣れた汚れた靴。何より食える時に食っておこうというその精神が、そのものって感じだ」

 テンコはもう一匹食べるかと、串に刺した焼き魚をチラつかせた。

「オレはランプ屋だ。ここには灯りを売りに来たわけじゃねぇけどな。洞窟探検だ」

 テンコは「やっぱり冒険者じゃないか」と肩をすくめた。

「成り行き上だ。冒険者って肩書はコジュウロウにでも言ってやれ」

「ほら見ろ! やっぱりだ。コジュウロウの知り合いってのは、宿無し、金無し、嫁無しのどれかのニオイがする。どうりでダメ人間のニオイがするはずだ」

「そのダメ人間を助けるのがアンタの趣味ってやつなんだろ。テンコの婆さんから紹介されて来たんだよ」

 リットがテンコの名前を出すと、マガミは「げえ……」と露骨に嫌な顔を浮かべた。「四尾の婆さんとも知り合いなのかよ……。また厄介事を押し付けるつもりじゃないだろうな……」

「海底洞窟の場所を知りたいだけだ。アンタが知ってるだけな」

「本当にそれだけか? 龍頭温泉郷で背中を流せだとか、ヒラメが食いたいから釣ってこいとか、男女の仲の拗れが見たいからちょっと誘惑してこいとか、そんなんじゃないのか?」

「オレはババアほど捻くれた趣味はしてねぇよ。人の女に手を出すと、どうなるかくらい知ってる」

「まったくだ……人の女に手を出すとろくなことにならない……」

「……誘惑って女にしたのか?」

「男にしたけど、食いついてきたのが女だったんだ。……まったく。命さえ助けられなければ、あんな婆さんの言いなりになんてならないものを……」

 マガミは一度大きなため息をつくと、気持ちを切り替えたと言わんばかりに膝を大きく叩いた。そして立ち上がると、タンスから地図を取り出した。

「ほら、これだ。潜っていける海底洞窟の入り口に印がつけられてる。私がつけたものだから、古くて使い物にならないなんてことはない。洞窟の入り口は上等な貝がとれるんだ」

 リットは地図を広げて眺めてみたが、かなりの数の印がつけられており、シラミつぶしに探すには相当時間がかかってしまいそうだった。

「この中で、奥まで続いている洞窟ってわかるか?」

「私は長くは潜れないからな……だけど、ここと、ここと、ここは……ここもだな。崩落して途中から先は行けなくなってる」

 マガミがはいくつか洞窟の印を指して除外したので、リットはだいぶ絞り込むことが出来た。人魚に偵察に行かせれば、更に絞り込むことが出来るだろう。

「この地図借りていっていいか?」

「……汚さないだろうな」

「保証は出来ねぇよ。でも、テンコの婆さんから、協力しろとの命令付きだ。断れねぇだろ?」

「随分調子がいいことを言うけど、本当に知り合いなんだろうな……」

「心配なら、ご自慢の鼻で嘘でも見抜いてみたらどうだ? 婆さんの化粧の匂いくらいわかるだろう」

 テンコは鼻を鳴らすと頷いた。

「たしかに……婆さんの淹れたお茶の匂いがする……。というか……もしかして私を獣人と勘違いしてないか?」

「勘違いはしてないつもりだ。血は薄くなって獣人は獣人だろ? 知り合いにもいるぞ、ほとんど人間みたいなのが。ここの村の獣人にはいねぇけどな」

「私は妖怪だ。というか元はただの狼。崖から落ちて死んだところを、テンコの婆さんに助けられたんだ。尻尾を一本もらってな。だから私の尻尾は二本ある」

 マガミは困ったように二本の尻尾を振ってみせた。命を助けてもらったことには感謝しているが、そのことをダシに何かに付けて面倒くさい手伝いをさせられるからだ。

「なんだっていい。地図さえ借りられたらな」リットは「ご馳走になった」と立ち上がった。

「これも、持っていけ。どうせ余るものだからな」とマガミはいくつか魚をリットに持たせた。「先に言っておくが、私に苦労をかけさせるなよ」

「文句があったらコジュウロウに言ってくれ」と家を出ていくリットの耳には、マガミの「そうか……大陸には私みたいのがいっぱいいるのか……」と言う声だった。

 外は夕暮れ。強くなり始めた風に、角笛岬がヒューヒューと鳴いていた。

 その音はしばらくリットの耳に聞こえていたが、コジュウロウに家に近付くにつれて聞こえなくなっていった。

 コジュウロウの妻のハーピィの『オツル』の怒鳴り声の方が大きくなってきたからだ。

「いつになったら腰を落ち着ける気になるんだい? 思い立ったらフラフラと、それも収穫なしで帰ってくるんだから、情けないったらありゃしないよ」

「オツルぅ~それは誤解でござるよ。なにもないを見つけて来たでござる。なにもないを見つけたということは、今度からそこには行かなくていいということ。つまり大収穫でござる」

「私はこの夫婦喧嘩には、関係ないはずだと言い切れるのだが……」

 自分の隣で言い合う夫婦を見て、マグダホンは困って顎ヒゲを何度も撫でていた。

「なに言ってるんだい。話を聞いてれば、アンタも娘の面倒を見ないでふらふらと……アンタの奥さんの代わりに私が言ってやっているんだ」

「婦人。それは余計なお世話というもの。家内もそう思っているはず」

「そんなことない。同じ嫁だからわかるんだよ。私が言っても聞かないからもっと言ってやれ。えいえいおー! と拳を上げてるのがね」

「二人揃って一人の嫁に叱られてるって、どういう状況だよ……」

 リットが呆れながら家に入ると、オツルは羽をリットに向けた。

「ほら見なさい。亭主っていうのはこういうものだよ。お酒飲んで帰ってこない、収穫もある」

「なんか知らねぇけどよ。夫婦喧嘩には巻き込まねぇでくれ。どっちの味方をしても恨まれんだからよ」

 たまたま酒を飲んでいないで、マガミから土産物を持たされて帰ってきたリットは、酔いつぶれて寝ていたところを発見された二人よりも、待遇良くオツルにもてなされた。

 その様子見て、マグダホンとコジュウロウは「裏切り者……」「裏切り者でござる……」と、部屋の隅に座らされたまま恨み節をぶつけていた。







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