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海底(うなぞこ)の三角帽 ランプ売りの青年外伝2  作者: ふん


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第十三話

 翌朝。リットは重いまぶたを海水で洗ってなんとか持ち上げると、体中についた砂をそのままに、砂浜からセイリンの部屋へと来ていた。

「ダストホールとは……陸に住んでいるのに、随分海に詳しいじゃないか」

 セイリンは目を細めて嫌味に言った。

「そっちの海賊に聞いたんだよ……。いや……ありゃセイリンのとこの海賊なのか?」

「私が知るか。話したのはリットだろう。まぁ、酔って見たマボロシってこともありえるが……」

 セイリンはリットの砂に汚れた格好を見ると、「拭いて汚れを落とせ」と手近にあった服を投げつけた。

 昨夜は貝を掘り当てることが出来たので、リットとマグダホンは砂浜で酒盛りをして一夜を明かしていた。髪の中まで砂まみれなのはそれが理由なのだが、途中からアリスがやってきてことにより酒の量も増え、昨夜の記憶が一部曖昧になってしまっていた。

 リットは汗で張り付いた砂だけ擦り落とすと「それで、ダストホールってのはどこにあんだ?」と聞いた。

「あるのは東の国近くだ。だがな……小舟ならともかく、海賊船が沈んでいるとは考えにくいな。ダストホールがどんなものか知って聞いているのか?」

「知らねぇから聞いてんだよ。海にあいた穴だってくらいだ」

「ブルーホールの一種だ。洞窟が崩落したことにより浅瀬に穴があく。東の国近くのブルーホールのことを、海棲種族がダストホールと呼んでいるんだ。近付けばゴミと同じく捨てられるだけという意味を込めてな。船なんか近付いてみろ。飲み込まれる前に座礁するぞ」

 セイリンはそんなところに海賊船が沈んでいる可能性はないと言い切ったが、リットの考えは違っていた。

「少なくとも、帽子を捨てるには都合のいい場所ってことだろ。浮かんでこねぇなら、渡したくねぇものはそこに捨てりゃいいってことだ」

「なるほど……財宝の隠し場所にはもってこいだな。自由に取りに行ければの話だがな」

「行けるって言ってたぞ。いや……人魚では無理だって話だったか……。洞窟と繋がってて、人間なら行けるとかそんな話だったような」

「ハッキリしない男だな」

 セイリンは見るからにイライラした様子で、人間の足を小刻みに揺すっていた。

「酔っぱらってたんだからしょうがねぇだろ。なにをイラついてんだよ」

「酔っ払っていたのは知っている。……朝まで馬鹿騒ぎが聞こえてきたからな」

 セイリンは自分のすぐ横にある小窓を叩いた。そこから砂浜の景色が一望出来るくらい近い距離にこの部屋はある。リット達が寝静まるまで騒音に耐えて、やっと静かになったと思ったらリットがやってきたというわけだ。

「一緒に飲みたかったなら勝手に来いよ」

「私は静かに飲みたかったんだ。さざ波に耳を傾け、星空を眺めながらな。どうも最近は海が騒がしすぎる。ハッキリ言うぞ、一度船を出したらしばらく戻ってくるな。せっかくゆっくり過ごせると思っていたら、あっという間に帰ってきて迷惑だ」

「しょうがねぇだろ。思ってたよりも、すいすいっとティナと話がまとまったんだからよ。どうせすぐに、ダストホールに向かう。安心して飲んだくれて寝てろ」

 リットは嫌味な視線をマーメイド・ハープに向けながら言った。

 セイリンが人払いをしたいのは、マーメイド・ハープの練習をしたいからだろうと思ったからだ。自身がマーメイドではなく、メロウという人魚と人間のハーフだとわかってからも、マーメイド・ハープの力を使うことは出来ないと理解しても諦めきれていないのは、汚い部屋の中で唯一手入れされていることからも見て取れた。

「女の趣味にケチをつける男というのは、自分になにも誇れるものがない証拠だぞ」

「嫌味は言ったけどよ、別にケチをつけてぇわけじゃねぇよ。無駄なもんは諦めて、別の趣味を探したほうが有意義だぞ。今みたいにイライラしてないですむ」

「このイライラは寝不足だ。誰かのせいでな」とセイリンはリットを睨んでから、柔和な笑みを浮かべた。「それにな、マーメイド・ハープの力を使えたら良いとは思うが、私は音楽自体が好きなんだ。陽気に、気高く、情熱を燃やし、悲しみに暮れる。様々な音色はまるで水のように自在に形を変えて奏でられる」

 セイリンの話をリットはシブイで顔で聞いていた。

「なんか最近そんな話を聞いたな……」

「今日はそればかりだな。なにもかもが曖昧だ。一度酒をやめたほうがいいんじゃないか?」

 リットは腕をさすった。痛みが走ったわけでもなければ、痒みがわいてきたわけでもない。酒という単語を聞いて一つ思い出したのだ。

「そうだ。お気楽精霊だ」

「お気楽なのは、海賊を便利屋だと勘違いしてるリットじゃないのか?」

「いいから聞けよ。前にな、ウンディーネに魔女の酒を作る手伝いをさせたんだ。その酒には魔力が籠もってるってんで、それが抜けるまで人間は十数年飲めねぇらしんだけどよ。そいつが、さっきのセイリンと似たようなことを言ってたんだ」

「驚いたな……四精霊になにをさせてるんだ。海でも陸と同じだ。四精霊とは敬う存在だぞ。海賊の私でもそう思っているくらいだ。大昔、それこそユレインがいたくらいの時代に、ドリアードが宿った木で船が作られ、ひと悶着があったのを知らないのか?」

「海の歴史は知らねぇよ。オレが言いてぇのは、マーメイド・ハープがありゃそのダストホールへの道は開かれるんじゃねぇかってことだ。水を造形するなら、海流なんて関係ねぇだろ」

 リットはいい考えだと言わんばかりに声を大きくしていったが、セイリンから聞こえてきたのはバカにしたようなため息だ。小さいが、自分の声より大きく耳に届いた気がした。

「それが出来ないから、海棲種族が近付かないんだ。マーメイドハープの影響を与えられる場所まで近付いたときには、海流に飲まれ、海の底へ囚われる。そんなバカげた話よりだ――」

 セイリンはリットの太ももに跨るようにして乗っかって逃げ道をなくした。

 リットの太ももには柔らかく温かい膨らんだ尻肉の感触と、硬く冷たい鱗が痛く押し付けられた。

「このあとの展開はわかってるぞ……脅しだな」

「よくわかったな、偉いぞ。満点をやろう」とセイリンはナイフをリットの顔横の壁へと突き刺した。「その魔女の酒というのは気に入った。取引でこちらが手に入れるものを決めていなかったな。丘では知らんが、海では船を貸すのもタダじゃないんだ」

 セイリンの脅迫か誘惑かわからない瞳は、目玉同士が触れそうなほどリットと近かった。体重を預けたナイフがもう少し深く刺されば、今にも顔がぶつかりそうな距離だ。

 お互いの酒の混じった吐息が混ざる中、今更セイリンの脅しには慣れたものだと、リットは冷静に物事を考えていた。

 リットが「まぁ、それでいいな」と了承すると、セイリンは顔を近づけたままで目を丸くした。

「ずいぶんあっさりだな」

「男の優しさってやつだな」

「さては……怖気づいたな」

「優しさだって言っただろ。レディーファーストだ。店に入るのも女が先、座るのも女が先、酒を飲むの女が先。なんかあって死ぬのも女が先ってだけだ」

 セイリンの言葉は当たっていた。

 リットが魔女の店で飲んだ『デルージ』という酒は、完全に魔力が抜けて安全なものだったが、自分で魔力が抜けたかという見極めができるかというのは自信がなかった。

 一応ウンディーネから、瓶の中の魔力安定が安定したらどうなるかというのは聞いてはいるのだが、四精霊の感覚は人間とズレているので、期待よりも不安のほうが大きかった。

「別に死ぬわけではないんだろう?」

「オレが飲んだことがある方の酒はな。でも、ウンディーネの話だと、安定する間に酒瓶を開けたら、魔力で汚染されるとよ」

「よくも……そんな恐ろしいものを押し付けようとしたな」

「酒を脅して引ったくろうとしたのはそっちだろ。まぁ、押し付けてるのもそっちだけどな。いい加減尻をどけろよ。鱗が食い込んで痛えんだよ……」

 セイリンが立ち上がって離れると、酒でむくんだリットの太ももには深く鱗のスタンプが押されていた。

「そんな危ないものをここには置いておけないな。万が一でもアリスが手を付ける可能性がある」

「アリスなら人間より大丈夫なんじゃねぇか? セイリンだってよ、メロウなら魔力がないってわけじゃねぇだろう。それにポンコツ魔女に作らせた方の酒なら、本人に聞けば飲み頃はわかるし、適当におだててまた作らせりゃいい」

「よくポンコツ魔女のことが信じられるな」

「魔女に関しては優秀だからな。人としてポンコツなだけだ」

「余計不安だ……」とセイリンは少し考えてから、リットに向かって手を差し出した。「まぁ、いいだろう。他に思いつくまではそれでいい」

 リットはセイリンと握手をすると、少し呆れてみせた。まさかセイリンまでするとは思わなかったからだ。

「流行ってんのか? その海賊の誓いごっこ」

 セイリンは「知ってるのか?」と驚くと「まさかイサリビィ海賊団を乗っ取るつもりじゃないだろうな」と握手の力を強めて威圧した。

「なに言ってんだよ。昨夜の話を聞いてたんじゃねぇのか? 普通はしないことをお互いにするのが海賊の誓いなんだろ」

「リットこそなにを言っている。普通はしないことをお互いにするのが海賊の誓いというのは当たっているが、それが握手だというのは私のオリジナルだ。最初に会った時、船に乗せると話がまとまった時にもしただろう」

 セイリンに言われ、東の国の海岸で出会ったことを思い出したが、リットには思い当たる節はなかった。

「したか? そんなこと」

「しっかり私の手を掴んで、引っ張り上げて立たせただろう」

「そんなのわかるかよ……だいたいな。やらないことってのは、重なるもんだろうよ。重ならねぇのは小便を引っ掛けるとか、クソを投げつけるくらいのもんだ。それに、不思議なことにセイリンは慕われてるらしいしな。真似するやつが出てきてもおかしくねぇ」

「まぁ、なんでもいいさ。海賊の誓いを交わしたなら、裏切りは許されないということだ。それだけわかれば、あとは勝手にやれ」

 セイリンは大きなあくびをすると、ベッドの空いたスペースにまるで猫のように丸まって寝息を立てた。



 リットはコーラル・リーフ号へと向かっていた。

 砂浜ではマグダホンもアリス達もまだ寝ているので、大した情報も聞けないと思ったからだ。

 勝手に船長室に入ったリットは「おい、ティナ」と声をかけるが、向こうから帰ってきたのは声ではなく手鏡だった。

「バカ! 化粧中に入ってこないでよ! 普通に考えたらわかるでしょう。もう……」

「普通に考えたら、手鏡を投げたら危ねえことくらいわかるだろ」

「安全なものを投げたら、怒ってるって伝わらないでしょう。もう……あの手鏡気に入ってたのに」

 ティナはぶつぶつと文句を言ってリットと目を合わせることもしなかったが、リットが「そんな気合を入れて化粧をしなくても、セイリンは今寝たところだぞ」と言うと、ものすごい勢いで詰め寄った。

「なんで、リットがセイリンのところから朝帰りしてるのよ!」

「勘ぐるなよ。朝帰りじゃなくて、朝に行ったんだ。ダストホールのことを聞きにな」

「あーもう……びっくりした。言っておくけど、この海で一番セイリン船長のことは尊敬してるの。だから、変な男になびくのだけは嫌なのわかる?」

「わかるぞ。一番迷惑な奴だ」

「わかってるならいいのよ」

 ティナはリットの胸ぐらから手を離すと、化粧の続きを始めた。

「――勝手な理想の押しつけをする奴ってのはな」

「……なんか言った?」

「ダストホールのことをなんか知らねぇかって」

「ダストホールは知ってるわよ。なんであんな陰気なところに興味があるの? 丘にもあるでしょ、絶対に近付いちゃいけない場所。ダストホールはそういう類の場所よ」

「ってことは、ティナも近付いたことはねぇんだろ。興味はねぇのか?」

「あるわけないでしょう。命があってこそ海賊をやれるんだから。絶対に死ぬ場所に、近付くマヌケはいないわよ」

「度胸がねぇんだな」

 リットの煽りにも、ティナはアイラインを整えながら余裕の声で答えた。

「残念でした。私はアリスみたいに単純じゃないから、そんなことで頭に血が上って、じゃあ行ってやろうって気にはならないわよ。リットも興味を持つのは止めたほうがいいわよ。あそこに沈んでるのは人魚だけじゃないのよ」

 ティナは人間も他の種族も沈んでると言いたかったのだが、リットは少し違う意味で捉えていた。

「そうらしいな。ユレイン船長の船と帽子もそこに沈んでるって話だからな」

「ちょーっと! 今なんて言ったの!?」と、再びティナはリットに詰め寄った。

「前言撤回する……気合い入れて化粧してくれ、中途半端な化粧で詰められると不気味すぎる……」

「いいのよ、私の化粧のことは。リットの頭を記憶がなくなるまで叩けばいいんだから!! ……そのこと……アリスには言ってないでしょうね」

「言ったに決まってるだろ」

「なんで言うのよ!」

「なんでだろうな。普通に考えりゃ同盟を組んでるからだろうな。まぁでも酔っ払って騒いでたから、覚えてるのかは微妙なところだな、ありゃ」

 リットは昨夜の記憶が少し蘇った。ダストホールの話をした時に、アリスはティナを出し抜いてやると上機嫌に酒をあおり始めた。そのせいで全員が深酒になったのだった。

「次の情報は、まず私に教えて。そうじゃないと不公平よ」

「それじゃあ、東の国へ行く準備をしといてくれよ。――ばっちり化粧をしてからな。その顔は夢に見そうだ……」

「よく、女の顔を見てそんなこと言えるわね……」

「やめろ……そういう顔で脅すなよ」

「悲しんでるのよ! この顔は!!」

 ティナは乱暴にリットを部屋から追い出した。






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