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海底(うなぞこ)の三角帽 ランプ売りの青年外伝2  作者: ふん


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第十二話

「イサリビィ海賊団とコーラル海賊団だ!!」

「コーラル海賊団とイサリビィ海賊団よ!!」

 アリスとティナは同盟を組むにあたって、どちらの海賊団の名前が先にくるかで揉めていた。

「どっちでもいいだろう」とリットが口を挟むと、二人揃って「よくない!!」と声を張り上げた。

 リットは耳をふさぐことも出来ずに、その大声を鼓膜で受け止めた。

「これは海賊のプライドに関わる問題なんだ。余計な口出しはしないでもらおうか」

 アリスはしゃがんでリットの顔を覗き込み睨んだ。

「そうよ。ただでさえ納得いかない同盟なんだから、どっちの海賊名が先に呼ばれるかは、とても重要なことなの。わかったら黙ってて」

 ティナも腰をかがめてリットの顔を覗き込んだ。

 その二人の顔は、リットの目には逆さに映っていた。

「黙ってどっか行ってやるからよ……縄を解けよ……」

 リットはアリスによって縛られて、吊るされていた。マグダホンに適当なことを言って、アリスを吊るさせたことによる制裁で、アリスに同じことをされたのだ。

「……反省したのか?」

 アリスの鋭い目つきにも、リットは怯むことはなかった。

「反省もなにも、やったのはマグダホンだろうが。豚に向かってオマエは空を飛べるって言って、そいつが崖から落ちてもオレの責任になるのか?」

「話をすり替えるんじゃねぇ! 今は同盟の呼び順で揉めてんだ!!」

「オレに取っちゃ、そっちが話のすり替えだっつーの。オレはユレインについて聞き込みする予定だ。欲しくねぇのか? ユレイン船長の三角帽」

 ティナはため息を付きながらナイフでロープを切ると、リットは頭から落ちてうめき声を上げた。

「おい、ティナ! 勝手なことするんじゃねぇ!!」

「好きにやらせればいいのよ。それがこの男の役目なんだから。なにより、話の邪魔」

 ティナはリットの体にきつく巻かれたロープをナイフで切ってやった。

 自由になったリットは、打ち付けた頭をさすりながら「まったく……これでティナが一歩リードだな」とつぶやいた。

「なんだよ、その一歩リードってのは」

「セイリンから聞いたろ? 誰に三角帽を渡すのかはオレに権利がある」

 リットの言葉に、アリスとティナは顔を見合わせた。

「頭はそんなこと言ってたか?」

「さあ……」

「言ってたんだよ。オレが勝者を決めるってな。つまり三角帽は勝者が手にするにふさわしい王冠ってことだろ」

 最初二人はリットの言葉をぽかんとした様子で聞いていたが、意味を理解すると目の色を変えた。

 アリスは「ちょーっと待った!」とリットの胸ぐらを掴んで引き寄せると「実は良い酒があるんだ」と、露骨にこびを売り始めた。

「ちょっと卑怯よ!」とティナはアリスを押した。

「おい、今アタシを押したか?」

「えぇ押したわよ。なんならもう一度押してあげるわよ」

 二人がまた口喧嘩を始めたので、リットはかまっていられないと別の海賊に話を聞きに行った。



「ユレイン船長ですか?」テレスはリットの問いかけに、持っていたワインの瓶を置いてじっくり考えてから、おもむろに口を開いた。「アリスと同じような印象ですね。海の乱暴者という感じです」

「それだけか?」

「スキュラの間では、人魚ほど話が広がっていないんです。イサリビィ海賊団に入ってから、他の人魚にいろいろな噂を教えられましたから。ただ立っているだけで船を一隻沈めたとか、船長が指示を一つもすることなく、手足のように船員が動いたとか」

「そりゃあれだな。ガキが考える最強の生物論争と一緒だな。そのうち目があっただけで、人が死んだなんて話も出てきそうだ」

 リットはあまりに信憑性に欠けるもだと、話半分で聞いていたがイサリビィ海賊団から聞く話の殆どが今のような話だった。海賊団内でも同じ話がぐるぐる回っているうちに、適当に改ざんされてしまっているので、話の真実の部分だけ濾して明らかにすることは不可能に近かった。

 リットは洞窟の貯蔵庫で酒樽に背中を預けて、先程まで聞き込みをしていた情報を整理していたが、一向にまとまる気がしなかった。

「なぁ、イトウさんよ。人魚ってのも妖精と同じで、噂話が好きなのか?」

「あの……いいですか? 何度も言っていますが、イトウさんではなく、イトウ・サンです」

 イトウ・サンは荷物整理の手を止めると、フグのように頬を膨らませた不機嫌な顔で振り返った。

「わかったわかった。で、そのイトウさんも、ユレイン船長に憧れて海賊になったのか?」

 呼び方が変わらないことにイトウ・サンはガクリとうなだれ、頬を膨らませていた空気は、すぼめた唇から力なく抜けていった。

「そもそも私は海賊になる気なんてなかったんです。遠出をする時にセイリンが不利になるから、船を手に入れようっていうのが始まりでしたから。ユレイン船長に憧れるなんて……怖くて怖くて今でも夢に見るくらいです」

 イトウ・サンはユレイン船長の名を口に出すと身震いした。

「よくそんなんで海賊なんてやれてるな」

 リットは貯蔵庫にある適当な酒に手を伸ばすと、栓を抜いて口をつけた。

「ユレイン船長の時代と、今では人魚の海賊の定義が違いますからね。昔は私利私欲を満たすためだけの暴れ者でしたけど、今は他の海賊を制する抑止力にもなっていますから。三角航路がある海域では、イサリビィ海賊団以外の海賊に襲われることはまずないです。それはコーラル海賊団が縄張りにしている南の海域でも同じことが言えます。海で他の種族と鉢合わせたら、圧倒的にこちらが有利ですからね」

「なるほど」

 リットがうなずくと、理解されたとイトウ・サンの顔がぱあっと輝いた。

「わかってもらえました?」

「イサリビィ海賊団で味わない優越感を、他の船を襲って得ているわけだ」

 イトウ・サンは恥じることなく「そうです!」と言い切った。「イサリビィ海賊団には、いつの間にか個性がないと出世できないという謎の掟が出来てしまい。私とスズキ・サンの出世の道は閉ざされてしまったんです……」

「他の人魚の海賊みたいに、派手な格好をすりゃいいじゃねぇか」

「私にあんな恥ずかしい格好をしろって言うんですか? あんな姿を親に見られたら自殺ものですよ……。親を悲しませるわけにはいかないです」

 イサリビィ海賊団の面々は、皆珍妙な格好をしている。

 セイリンはフリル付きの亜麻布のシャツの上に、紺色のオーバーコートを羽織り、強風で翻らないようにオーバーコートの上からゴツいベルトを締めている。

 アリスは赤黒い布を胸に巻き、腕輪代わりに鉄球の手枷を付けている。

 テレスに至っては昆布を肩からぶら下げただけで、ほとんど全裸だった。

 全員が好きな服を自分のセンスで好きなように着ているので、陸では見られないような組み合わせの格好をしている。

 コーラル海賊団も同じようなもので、厚化粧に派手な服を好み、海にいたらひと目で見つけられるような格好をしている。

 イトウ・サンとスズキ・サンの二人だけは、頭にバンダナと麻のシャツという普通の海賊を模した格好をしているせいで、他の船員からは個性がないとみなされていた。

「普通に考えりゃ、海賊やってる時点で親は悲しむだろうよ。なんだって、アリスとティナはあんなに三角帽を欲しがってるんだ?」

「海賊として箔がつくからじゃないですか? 一種の度胸試しみたいなものです。ティナ船長の方は知りませんけど、ガポルトル副船長の場合は二つ名が好きですから。呪われたペンダントとか、いわくつきの指輪とか。あの二人くらいですけどね。ユレイン船長にこだわってるのって。セイリンはユレイン船長のことを海賊とも認めてないですよ。自分の海賊美学に反するって」

 リットはセイリンとの会話を思い出し、『ユレイン船長』ではなく『ユレイン』と呼んでることに気付いた。

 他がユレイン船長と呼んでいるのに、ユレインで通すということは、少なくとも尊敬はしていないということだ。深い理由まではわからないが、自分が三角帽探しに参加しないのもそこにありそうだった。

 リットはイトウ・サンといくつか会話を済ませると、砂浜に行ってマグダホンを待った。リットがイサリビィ海賊団に聞き込みをしている間、マグダホンはコーラル海賊団に聞き込みをしているからだ。

 そして、戻ってきたマグダホンと情報を交換してはみたが、どちらの情報も同じようなもので、ユレイン船長についての噂ばかり。船がどこに沈んでいるのかという情報や、それを知る関わりの深い人物の話などはなかった。

「まったく……噂話というのは当てにならん……」

 マグダホンは眉をしかめて顎ヒゲを撫でた。誰に聞いても似た話ばかりなので、聞き込みにうんざりしていた。

「そういうもんだ。噂話の中じゃ、オレも光を呼ぶ者っていう、だいそれた二つ名がついてるからな」

「いいじゃないか。だいそれるなんて結構なことだ。野望は無茶に大きく、やることは地道に小さくだ。だがな……こうも地道だと飽きてくるものだ。適当な三角帽を、ユレイン船長のものだと言って誤魔化せないものか? 得意だろ? リットはそういうのが。どうせ誰も見たことないんだ、誰にも真実はわからん」

「そいつは実にいい考えだと思うぞ。でもな、悪巧みってのはバレないように、コソコソするのが第一条件だ」

 リットはマグダホンのすぐ後ろにいる人魚に向かって顎をしゃくった。

 マグダホンは「冗談だ……私がそんなことするわけないだろう。ユレイン船長の三角帽はしっかり手に入れてみせるぞ」と人魚に笑顔を向けると、今度はリットに向かって誤魔化してやったと悪どい笑みを見せた。

 人魚は「あの……」と恐る恐る二人に声をかけた。「聞こえちゃったんだけど……ユレイン船長って、『ユレイン・クランプトン』のこと?」

「ユレイン・クランプトンってのは知らねぇよ。オレが言ってるのは、アビサル海賊団のユレイン船長だ」

 人魚は「やっぱり!!」と、喜びに声を高くした。「あなたみたいな人を探してたのよ!!」

「オレはあんまり探してねぇけどな。そんな不気味な格好をした人魚なんて」

 人魚の格好はまるでミイラだった。バンダナは頭ではなく顔全体を覆い、目だけに穴が開けられている。上半身は長袖のシャツを数枚着込んで着ぶくれし、ドレスを腰に巻き付け、引き裂かれたズボンを履いているので、長い尾びれを持っているように見えた。

「周りに倣ってみたんだけど。可愛くないのこれ?」

「周りだって可愛くはねぇよ。それで、ユレイン船長のことを知ってるのか?」

「知ってるっていうか……ねぇ? その話をするなら、私がいないと始まらないっていうくらい」

「つまり、アリスとティナ同じ、噂に憧れてるマヌケってことだな。どっちの部下かは知らねぇけどよ。達しは出てるだろ。知ってることは話せよ」

 人魚は手が隠れたヨレヨレの裾をリットに向けた。

「まず、最後まで諦めないこと。頑張れるならこの手を握って」

「なんだよ、頑張れるってのは。オレはガキか?」

「いいの。出来るなら握手。これは海賊の誓い」

「海賊の握手なんて聞いたことねぇよ」

「そうでしょうね。別に握手が誓いじゃないから。普通はしないことをお互いにするのが、海賊の誓いなの」

「それも聞いたことねぇけどな……」胡散臭いと思いながらも、リットはなにか知っているのなら喋らせようと握手をした。「……それで、ユレイン船長のなにを知ってるってんだ?」

「船の場所。沈んだスィー・フロア号の場所」

 明らかに胡散臭い相手だと思っていたリットだが、ユレイン船長のフルネームだと思われるものを知っていたり、海賊船の名前を知っていたり、他の人魚達とは持っている情報が違っているので、信じる価値はあると判断した。

「どうやら本当に知ってるみたいだな」

「そっちもね。船の名前を出して驚かないなら、本気でユレインのことを調べようとしているみたい」

 マグダホンはリットに寄り添うと耳元で囁いた。

「リット……これはチャンスだぞ。騙して利用すれば船を手に入れられる。わからないことでも頷いて見せて、意見を聞かれたらまずそっちの意見をきかせろと言えば、情報を引き出せる」

「成長したな、マグダホン。小声は正解だ。今度は、対象が消えてから悪巧みを聞かせてくれ」

 二人の会話を聞いて、人魚は「いいのいいの」とあっけらかんとしていた。「どうせ二人の力がないと取りにいけない場所に沈んでるから」

「沈んでるのに、人間の力がいるのか?」

「『ダストホール』っていう海の穴に沈んでるの。海の種族でもまともに泳げないほど強い海流が、海底に向かって流れてる場所」

「もう一度聞くぞ……そんな場所にあるのに、人間の力がいるのか?」

「海の底に繋がる洞窟があるからね。人魚だけだと洞窟で躓く。大変だよ」

「それで、その洞窟ってのはどこにあるんだ?」

「知らないから出てきたんじゃん。それを調べるがそっちの仕事なんでしょ。しっかり情報を使ってよね」

 人魚はやれやれと肩をすくめると、身につけた服を引きずって闇に消えていった。

 気付けばすっかり夜になっていた。

「まさか……明日はその穴について聞き込みをしろと言わんだろうな……」

 マグダホンは、また何度も同じ話を聞かされるかも知れないとうなだれて聞いた。

「そんな穴が実在するなら、セイリンかティナに聞けば済むだろ。今はそんな穴より、身近な穴だ」

「よしきた!」

 リットとマグダホンは懲りずに、砂浜に穴を掘ってツマミにするための貝を探し始めた。






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