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海底(うなぞこ)の三角帽 ランプ売りの青年外伝2  作者: ふん


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第十話

 海のど真ん中。ここは暗礁に囲まれており、ここら一帯は普通の船は近付くことがない。島が削り取られたように、砂浜の浅瀬が延々と続く。そこに『難破船』という昆布のアルラウネが経営する店がある。

 安全な航路から外れているので、陸に住む種族はここには来ることが出来ず、嵐に襲われた船の残骸だけが流れ着く。

 その船の部品で建てられた店には、波に揺られ流れ着いた熟成されたビールやワインがあるので、イサリビィ海賊団のように酒好きな海賊は常連だった。他にも、流れ着いた積み荷を売買しているので、人魚やスキュラなどの水棲種族や、ハーピィや悪魔族の一部などの有翼種族が買い物をしに来ることもある。

 そして、海の噂が一番集まる場所でもある。

「ちょっと! こっちが先に来たのよ!!」

 ティナが怒鳴ると、アリスも負けずに怒鳴り返した。

「いいや! アタシの触手のほうが先にドアを開けた」

 店の入口で揉める二人を押しのけて、リットは先に真っ暗な店の中へと入った。

 殆どの客が水棲種族なので、店の中に床板はなく浅瀬のままなので、リットに取っては歩きにくいことこの上ない。ここに来るまでにも、砂浜に何度も足を取られながら歩いてきたので、相当疲れていた。

 リットが適当な樽の上に腰掛けると、浅瀬に浮いていた昆布の塊が人のように立ち上がった。

「また海賊の稚魚達かい……やかましいったらありゃしない」

 店主のアラルは昆布にも見える太く縮れている前髪を軽く整えると、海賊達に入るなら早く入れと誰よりも大きな声で怒鳴った。

 部屋の中心には船のメインマストが主柱になって経っており、海賊の一人がそこにある舵輪を回すと屋根の布がせり上がっていき、暗い店内に太陽の光が差し込んだ。

 明るくなった途端に、リットのすぐ横に二つの影が映り、浅瀬に揺らめいた。影は持ち主と合わさると同時に大きな水柱を立てた。

「アルラ! ユレイン船長の三角帽はどこにある!!」

 アリスは掴みかかるような勢いで迫ったが、アルラはまったく無視でリットに話しかけた。

「今度の支払いの遅れはきかないよ。この場で払ってもらう」と、前回支払いが滞ったことを責めるように言った。

 ここでの支払いは金ではない。イサリビィ海賊団のように物々交換が主だ。そのなかでも光るものの価値は高い。海のど真ん中で、さらに浅瀬に店を構えているので、流木を乾かすのにも手間がかかるし、なんとか薪にして燃やしたとしても、今度は煙にまいってしまう。

 なので、ロウソクやランプのオイルや食用油など、煙が少ない光源などはここで重宝するということだ。

 太陽と同じ光を放つ妖精の白ユリのオイルを持っているリットは、ここでは誰よりも豪遊できる場所でもある。

「構わねぇよ。妖精の白ユリのオイルは一応で持ってきてるけど、それが必要な口の悪い妖精も小言が好きな小娘もいねぇからな」

 リットは妖精の白ユリのオイルが入った小瓶をカウンターに置くと、さっそく酒を注文した。

 まるでユニコーンの角でも切り落としたかのような、太く長いツノ貝にビールが注がれた。

 喉を鳴らすリットを見たアリスはたまらなくなり、豪快に一樽ビールを頼むと同行させた子分達にも振る舞った。

「こっちにはなにか果物をちょうだい」と、酒を飲まないティナも、同様に部下達へ喉を潤すものを振る舞った。

 二人が競って部下に振る舞っている間に、リットは疑問に思っていたことをアルラに聞いた。

「それで、ユレイン船長ってのはなんなんだ?」

「そりゃまた……懐かしい名前を出したね。おとぎ話でも聞かされたのかい?」

「そんなところだ。海にまつわる伝説みたいなものなのか?」

「伝説ね……まぁ、いいことばかりが伝説じゃないからね。暴悪な部類さ。暴力、脅迫、人身売買に攻撃行為。嵐もないのに突然船が沈んだなんて言うのは、ユレインの機嫌が悪くて腹いせに穴を開けられたってくらいだからね。まともな神経をしていたら、ああはなろうと思わないよ。むしろ反面教師さ。長いこと海賊をやってるセイリンだってそうだろう? ただ奪うんじゃなくて取引だ」

「まぁな、イサリビィ海賊団に襲われた船ってのは、逆に得して帰ってくることもあるらしいからな」

「まぁユレインというのは、偉そうに語ったが私も噂を耳にしただけの人物だがな」

 ユレイン船長というのは実在する人物らしいが、実際にその目で見たという人は既に死んでいるほどの古い時代の人魚だ。海賊になった経緯もわからなければ、活動期間もわからない。その大きな理由としては、ユレイン船長が亡くなると海賊は力を失い、目をつけられていた海軍に根絶やしにされてしまったからだ――というのも噂だ。

『悪い子にしていると、ユレイン船長がさらいにやってくる』というのは、人魚のしつけの常套句になるほどだ。

「今はそのユレイン船長の船を探してるんだけどよ。どこに沈んでるかなんて知らねぇか?」

「毎回ここには何かを探しにやってくるね……。どうだろうね……そんな噂があったようなないような……墓の場所なら知ってるんだけどね」

「そこの墓から墓参りをした帰りだ」

「人間の足なら楽に行けるところだからね。ちゃんと供物を置いてきたかい? 焼きたての甘いお菓子とホットミルクを」

「なんだよ、そのガキの好きそうなものは。普通はハムの塩漬けとラム酒だろ。まぁ、どっちも備えてきてねぇけどな」

 リットが言うと、アルラは驚きに目を見開いた。いつもは前髪に隠れて見えない両目が、初めて顕になるほどだ。息をするのも忘れて、次に口から言葉を出す前に何度も深呼吸を繰り返した。

「知らないのかい? お供えを忘れると、ユレインに呪われるんだよ。昔に墓参りをしに行った奴がいるんだけどね。帰ってきたら顔面は蒼白で、血を吸われたようなカサカサの肌。断崖の上から身を投げるようにして、命からがら戻ってきたって話しさ」

 アルラは恐ろしいと身震いをして話すが、実際に行って帰ってきたリットには何一つ恐ろしく感じることはなかった。呪いが怖いとか怖くないとかそういう話ではない。もっと根本的なところからだ。

「その墓参りをしたって奴は人魚だろ?」

「そりゃあね。人魚の海賊の墓だからね」

「あそこには水がないから脱水症状を起こしたんだろうよ。来た道を戻るより、海に飛び込んだほうが早いだろ。人魚ならよ」

 アルラは今まで考えもしなかったと、感心するように何度も頷いて話を聞いていた。普通に考えれば、人魚では到達できない島の中腹に墓があるというだけで、真相はわかりそうなものだが、それだけユレイン船長の噂がひとり歩きしていたということだ。

「この分だと……三角帽が船と一緒に沈んでるってのもハズレかもな」

 リットは自棄気味にビール飲み干すと、お代わりを頼んだ。

「なんだい? その三角帽と船ってのは?」

「墓に掘ってあったんだよ。あの二人が欲しがってるユレイン船長の三角帽は、船と一緒に沈んでるってな」

 リットはどっちが船員思いかと睨み合っているアリスとティナを顎でしゃくって指した。

 アルラは「あー」と納得顔で頷いた。「あの二人の度胸試しに巻き込まれたんだね。昔からさ、この間はセイレーンが巻き込まれてたよ。空を飛べる外套が、空の島に埋まってるから取ってこさせてたね」

「それって……飛べたのか?」

「現場を見たけど、あれは飛んでたいうよりも落ちてたね。それも相当古いものだったらしく、海に飛び込むのと同時にバラバラ。文字通り海の藻屑となって消えたよ」

「つまり偽物で争ってるってわけか」

 リットは苦労が水の泡になったとうなだれたが、アルラは「そうとも限らない」と励ました。

「文字が墓に刻まれていたっていうなら、今までのバカげた伝説よりもずっと信憑性がある。私は船が沈められた場所は知らないが、人魚達に聞いてみるといい。それぞれの話を合わせると真実が浮かび上がってくるかも知れない。まぁ、混沌とすることのほうが多いがな」

 リットは「ありがとよ」と情報をくれたことに素直にお礼を言うと、情報料を上乗せされてはたまらないと少しだけ眉をひそめた。「ずいぶんペラペラと喋ってくれたけどよ、余分なオイルはそれしか持ってきてねぇぞ」

「これだけあれば十分だよ。上等な光だからね。だから、私の知ってることを全部話すのさ。あの二人に聞かれたって答えない話をね」

「そんな良い情報を聞いた覚えはねぇけどな」

「そうかい? なら……これはどうだい? 海賊団の名前は『アビサル海賊団』。船の名前は『スィー・フロア号』。ほとんどの人魚は、ユレイン船長の名前しか知らないよ」

「有用な情報かはさておき、新情報なのは確かだな。それが本当の話ならな」

「ここは人魚だけじゃやなく、空と海の種族が集まる場所だよ。船の残骸と一緒、情報というのは流れ着くものさ。流れ着いたものを拾うのも、放っておくのも、利用するのも自分次第だよ」

「一度セイリンにでも聞いてみるか。アイツは陸もウロチョロしてるから、なにか知ってるかも知れないしな」

 リットはビールを気分良く飲み干すと、ラム酒を何本か手に持った。そして、先に船に戻ると言って難破船を出ていた。

 アリスとティナにとっては、リットがどちらの船に乗るのかというのは非常に重要なことなので、自分の船に引き入れようと慌てて会計を済ませようとしたのだが、アルラがあまりに割に合わない提示をしてきたのでアリスは叫んだ。

「なんだってんだ! これはよ!!」

 横で叫ばれたティナは耳をふさいだ。「うるさいわね……。さっさと置いて出ていってよ」とアルラに提示されたロウソクの数を見て、同じく叫んだ、「ちょっとちょっと!! いつもの倍のロウソクの数じゃない!」

「物価ってのは、波のように変わるんだよ。今の私には、このオイルがあれば事足りるからね」アルラはリットと取引した妖精の白ユリのオイルが入った小瓶を揺らしてみせた。「意地の張り合いだかなんだか知らないけど、派手に振る舞った分もしっかり払ってもうらうからね」



 コーラル・リーフ号に戻っていたリットは、ティナが戻ってくると「遅かったじゃねぇか」と声をかけた。

「誰のせいで!! ちょっとは相場ってものを考えてよ!」

「そりゃ、悪かった。次からそうするよ。しっかり考える」

 素直に謝罪の言葉を述べて頭を下げるリットに、ティナは面食らって語尾を小さくした。

「まぁ……わかればいいのよ……わかればね。うん……」

「でよ。しっかり考えた結果。ユレイン船長の海賊団の名前と、その船の名前。かなり相場が高いと思うんだがよ。どうする? 買うか?」

 リットはこっちが優位に立ったと、いやらしく口の端を吊り上げた。

「このっ……ろくでなし!」

「相場ってものを考えたんだよ。さすが船長だ。良いこと言う」

「あーもう……頭痛い……」

「飲み過ぎか?」

「私は飲まないわよ! リットって……海にまつわる疫病神とかじゃないわよね?」

「なに言ってんだ。オレを勝手に連れ去ったのはそっちだろうよ」

「今更離れられないし……。なに? どうすればいいわけ!」

 ティナはどうにでもなれと、自棄になって大声で聞いた。

「今から言うとこに向かってくれればいい。そこでユレイン船長のことを聞くからな」

「なによ。なによなによ」とティナは肘でリットの腹横を突っついた。「協力するなら、そうはっきり言いなさいよ。照れちゃって。そんなの答えは簡単。どこでも行くわよ」

「そう簡単にいきゃいいんだけどな……。おい、バゴダス。船を出してくれ」

「あいよ、船長。船を出すぞー!!」

 バゴダスは軽い調子で返事をすると、人魚達に指示を出した。

「船長は私!!」

「でも、ティナ船長。今から言う内容は同じだろう?」

「それは――まぁ……そうだけど……」

「なら、問題なし。――さぁ、錨を上げろ!!」

 バゴダスは人魚達を急かしつつも、ミスがないようにフォローして回った。



「おかしい……絶対におかしい」とティナが言ったのは、船を出して数日経ってからだ。

 そう思っているのはもうひとり、付かず離れずの距離の船にいるアリスだ。

 コーラル・リーフ号が目指しているのは、イサリビィ海賊団の隠れ家。絶対に踏み入れては行けない場所のはずなのだが、そこへ一直線に向かっていた。

「おかしくねぇよ。さっきバゴダスにテレスへの言付けを頼んだ。そのうち返事が来る」

「バゴダスはコーラル海賊団の副船長よ。私物化しないでもらえる?」

「安心しろよ。バゴダスはアンタのものだ。ベッドに誘ったりしねぇよ」

「そういうことを言ってるんじゃないの……。わかってるわけ? コーラル海賊団とイサリビィ海賊団は縄張り争いをしてるの。なにをどう間違ったら、相手の隠れ家に向かうことになるわけ?」

「間違ってたら向かわねぇよ。正解だから向かってんだ。それに、縄張り争いをしてるのはアリスとティナだろ。セイリンは関係ねぇから、この船が向かうのになんの問題もない」

「リットは海賊のことをなにもわかっていないのよ。いい? 海賊っていうのはね?」

 ティナが理想の海賊像をあーでもないこーでもないと延々語っていると、その途中でバゴダスが戻ってきた。

「イサリビィ海賊団の方はオッケーだと。ボーン・ドレス号の後に、部下の人魚に船を引かせるからしばらく沖で待っていてくれとさ」

「ほらみろ。聞いたか? よかったじゃねぇか」

 ティナは「よくないわよ!!」とリットにツバと大声を浴びせた。「あーもう! 手土産をどうしよう! 化粧も直さなくちゃ」

 ティナは滑っているのか這っているのかわからないほど慌てて、セイリンに会う用意をしにいった。

「まだまだかかるってのに、なにやってんだ?」

「ティナ船長にとって、セイリン船長は憧れの海賊だからな。ところで、あちらさんも何も知らないのか?」

 バゴダスは「ついてくんじゃねぇよ!」と叫んでいるアリスの声に耳を傾けた。

「テレスが面白がって黙ってんだろうよ。オレはのんびり酒でも飲んでるから、なんかあったら呼んでくれ」

 リットは外にいるとアリスの声がうるさいと、この船で一番静かな船長室へと向かった。







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