第七話
いきなり卒業まで
光陰矢の如し、とはよく言ったもので俺達の中等部学校生活もまもなく卒業が見えるところにまでやってきてしまった。ヱデンキアの義務教育制度は初等部は六年、中等部が三年と現代日本のそれと酷似している。高等部や大学にあたる機関は、『ヤウェンチカ大学校』を除く各ギルドにも存在しており、一般的には中等部を出ると、自分の価値観や得意な魔法に見合ったギルドの学校に進み、そこでギルド活動にも参加しながら研鑽を積む。
なのでヱデンキアの子供たちは割かし早い段階で、将来の職業や自分の夢を見据えているのだ。
初等部の六年と中等部の三年の日々の授業の中でヱデンキアの基礎的な知識や常識を習得できたし、何よりも魔法使いになれた事実に俺は喜んでいる。妖怪以外で知識を習得することがこんなにも楽しいと感じたのは初めてかも知れない。
どうやら俺という人間は緑と青の魔法が得意らしかった。その色の特に実践的な魔術の習得は教師陣が目を見張るほどの上達っぷりだったと自負している。
が、それも俺のいた環境を考えてみれば当然だろう。
俺がここまで魔法の技術が上達したのには二つの意味でヤーリンが絡んでいる。
一つ目にヤーリンが百年に一人の天才と称される程、緑と青の魔法に対する類稀なる才能の持ち主だったことが挙げられる。幸いにもこの九年の間、ヤーリンとの仲はすこぶる好調で学校の外でも中でも常に一緒にいるような間柄だった。当然、ヤーリンの魔法を間近で見る機会が一番多く、直々に魔法を教えてくれたこともあって、俺も飛躍的に青と緑の魔法が上達していったのだ。
そして二つ目の理由にヤーリンが年を追うごとに麗しく成長していったという事がある。
端的に言うと、アレだ。
ヤーリンに岡惚れをして、常に一緒にいる俺に嫉妬心を燃やし、ちょっかいを掛けてくるタックスのような連中が爆発的に増えたのだ。
緑の魔法は生命や肉体に根強い関係性を持っている。体力を回復させたり、身体能力を向上させたりというタイプの魔法がカテゴライズされている。一方で青の魔法は風や水、精神力といった流動性が高かったり無形の物質を司る。無形という点では魔法を使うために必要な『魔力』そのものも含まれている。その為、青の魔法を突き詰めていくと相手の使ってくる魔法に対しての妨害が可能になるのだ。
現代日本であればちょっとした小競り合いになったり、物を隠されたりというようなイジメに発展するのだろうが、ここはヱデンキアだ。その上、俺に絡んでくる連中は人外がほとんどで、しかも大なり小なり魔法を使う。自己防衛の為に否が応にも魔法が上達するのは、正しく当然の事だった。
◆
登校すると、クラスは全体的に緊張に包まれていた。
それもそのはずで、今日は俺達中等部の三年生の卒業試験の当日なのである。試験といっても合否は存在しない。ただ、そこでの成績如何によって来年度、どこの高等部へ進学するかが決まるという内容なのだ。中には中等部を卒業してすぐにギルドに加入して業務に従事する奴も一定数いる。
皆、それなりに上昇志向があるため、よりよい進学を求めて準備に余念がない。なるようにしかにならないと、気ままな俺の方が少数派だった。
本音を言えばヤーリンと同じ学校に通いたい気持ちはあるのだが、如何せん魔法の実力差は無視できない壁だ。ヤーリンであれば、最難関である『ヤウェンチカ大学校』のギルドマスターが教鞭を振るう特別進学校にも余裕で合格できるだろうし、下手をしたら飛び級もあり得る。ヤーリンのお陰で俺自身も実力の底上げは叶ったが、流石にヱデンキア中から選りすぐりの天才ばかりを集めた学校に進学できる気はしないし、できたとしても学園生活を謳歌できる未来が全く見えない。
かと言ってヤーリンに俺に見合ったレベルの学校に来てもらう選択肢はない。俺も勿論だが、周りがその才能を埋没させることを許すはずもない。
ま、お隣さんだから会おうと思えば毎日でもあるのだ。実際、仮に会いたくないと思ってもヤーリンから俺の顔を見にわざわざとやってきてくれる。
異性の幼馴染というのは実にいいものだ。仲が良いなら尚更ね。
「お早うヲルカ、ヤーリン」
「あ、フェリゴ。お早う」
「お早う、フェリゴ君」
俺達が教室に入ったのとほぼ同じくらいに、後ろからフェリゴという『フェアリー』が声を掛けてきた。ほとんどの男子に敵対意識を持たれている俺にとって、学校生活でできた数少ない男友達の一人だ。
掌を目いっぱい広げたくらいの大きさしかないが、その分すばしっこい。噂話に敏感な情報通なので、喋っていて退屈しない。そんな事を思っていたら例によってフェリゴの方から話題を振ってきた。
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