第四十一話
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「うわあ…」
つい、そんな声を出してしまった。
店の中は中央にスポットライトが当たり、ステージパフォーマンスを楽しみながら飲み食いができる仕様だ。反面、壁側は薄暗く、ところどころから口説き文句や喘ぎに似た声が聞こえてくる。等間隔にある扉も、その先がどうなっているのかは想像に難くなかった。そしてそのほとんどが着ている意味があるのかわからないような、煽情的な格好をしていた。普通に服を着ている俺の方が恥ずかしくなると錯覚しそうだ。
しかし今はそんな事はどうでもいい。濡女子が女を祟るという話は聞かないが、この店の半分以上は男の客だ。しかもどう考えたって、濡女子に微笑まれたらスケベ顔で笑い返すであろう俗っぽい男しかいない。急がないと…。
流石に今まさに乳繰り合っている奴らに聞く気は起きず、酒を飲んだり、声をかけた女にフラれたおっさんに聞き込みをしていたのだが、返ってくる返事は決まって、
「兄ちゃん、初めてか? 女だったらそこかしこにいるだろ。気に入ったのに声をかけて遊んでもらいな」
と言うものだった。
ホントにエロイことを考えている奴しかいねえ空間だ。
ひょっとして男を誘い込んでどっかの個室に入ったか、さもなくば別の出入り口から逃げ出したか…。そうなったらいよいよお手上げだ。
俺が手を拱いていると、不意に肩を掴まれた。
「坊や。ちょっといいかしら?」
「え?」
振り返ると、一人の女が立っていた。
俺よりも幾分背の高いその女は。黒いシルクハットを被っていた。そこから垂れるサイドテールは脱色したような不自然な白さだ。目を下に落とせば、レオタードに燕尾服を合わせた様な衣装を着ていて、手にしたステッキと相まって女手品師のような第一印象を持った。
「興味があるのは分かるけど、ここは健全な男の子には早すぎるわよ。不健全な大人になってからもう一度いらっしゃい」
「あなたは?」
「オレ? この店のオーナーだけど?」
女手品師はそう言ったが、にわかには信じられない。化粧をしているとはいえ、俺よりも少し年上くらいの年齢だ。こんな大規模な風俗店の経営者だとは思えない。亜人種なら見た目の年齢は分かりかねるが、この人は多分、『人間』だろう。俺のエデンキアで学んだ亜人の特徴が何一つ当てはまらないからだ。
ただ、それでも色ボケしている他の男達よりかは話を聞いてくれそうだ。俺は何よりも先にこの店にきた理由を打ち明けた。
「この店にウィアードが入ったんです」
「・・・何ですって?」
「人を襲うタイプのウィアードです。早くしないと手遅れになる」
「もしも揶揄って言ってるんだとしたら、二度とお父さんとお母さんに会えなくなるかもよ?」
俺の身体を壁に押し付け、正しく脅すようにそう呟いた。女手品師のサテン生地のような赤いネクタイが手の甲に当たり、少しくすぐったかったが俺は顔を逸らさずに目で訴え続けている。
すると女手品師は、舌を短く出して下唇を舐めた。
「本気ね。なら話を聞かせてもらおうかしら?」
「濡れた髪の女で、男に微笑みかけてそれに笑い返した男を呪い殺すウィアードです」
時間がないせいで端的に濡女子の特徴や性質を説明する。オーナーというのが真実なら、店の客に被害を出させるのは忌避したいだろうから、きっと協力してくれるはず…。
そう思っていたのだが、俺の耳にはまるで見当違いの返事が返ってきた。
「・・・へえ。いいじゃないの、そのウィアード」
「え?」
「だとしたら、ここにいる男どもは皆呪い殺されちゃうわね」
店で饗宴に興じる客たちを一瞥しながらそう呟く。
「だから、早く見つけないと」
「いえ? そういうウィアードだったら歓迎するわ」
「何を言ってるんです?」
「ここにはそんな事で取り乱すバカは一人もいないわ。むしろ、誰かしら男が死ねば盛り上がる。丁度余興が潰れて退屈してたところだから」
女手品師はケタケタと笑った。人が死ぬ恐れがあると言っているのに愉快そうに笑う神経が信じられないし、心の底から誰かが死ぬことを楽しんでいる様な雰囲気に俺は恐怖感を抱いた。
「・・・本気で言ってんのか、あんた」
「ここが何処で、オレが誰だと思ってるの?」
「ふざけんな」
力づくで押し退けて、俺は単独で濡女子を探そうとその場を立ち去ろうとした。ところが、すぐに女手品師が俺の名を呼んで引き留めたのだった。
「へえ。ヲルカ・ヲセット君って言うのね」
何で、俺の名前を知っている…?
その疑問の答えは振り返った瞬間に分かった。
「! 俺の市民証・・・」
いつの間にかスられていた市民証をふんだくると、女手品師は興味を俺に向けてくる。新しいおもちゃを買ってもらった子供の様な瞳だ。
「まさか、こんなところで会えるなんて思ってなかったわ」
「どういう意味だ?」
「今日、ギルド同盟が坊やに新ギルド設立を依頼しに行ったはずだけど、聞いてるかしら?」
「なぜそれを?」
「理由は簡単。オレが『ワドルドーベ家』の代表に選ばれてるから」
「・・・え?」
女魔術師は、動揺した俺を再び壁に押し付けると、その勢いのままに唇を重ねてきた。
一瞬の出来事がもの凄く長い時間に感じられた。そしてキスを終えると、また下唇を短く舐めて妖艶な笑顔と共に言った。
「オレはワドワーレ・ワドルドーベ。よろしくね、ギルドマスター」
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