第十四話
ようやく、妖怪が登場
ヤーリンさえ助かればいい。
その一心で形振り構わず魔法を使ったおかげで、ウィアードごと押し流すことは成功した。山頂から鉄砲水が噴き出して、俺とウィアードは水に飲まれながら共に崖下に落ちていく。俺は幸運にも落ち葉や柔らかい新芽の多い場所に落ちたおかげで、多少の打ち身や切り傷ができたものの致命傷には至っていない。山頂からここまでが案外低かったのも助かった。
が、俺に安心する暇はなかった。一緒に落ちてきたウィアードは未だに健在だったからだ。俺と違って岩や木々にぶつかっているはずなのに、それでも一切のダメージを感じさせない。逃げる選択肢も浮かんだが、満身創痍な俺の足じゃ振り切れない。事実、何とか脇を抜けようと試みたけれど影が横にスライドをしているかのような独特な動きで俺の逃げ道を悉く塞いでしまう。
俺は右手をかざし、魔法で隙を作ろうと思った。しかし、それは叶わなかった。
「ヤバい。もう魔力が」
せめてもの抵抗に魔法を使おうとしたが、やはりあの大水を生み出すのに魔力を使い切ってしまい、最早毛程の攻撃も出来ない。それでも鉄砲水で一緒に流されてきたであろう、落ちていた誰かの剣を拾って震えながら構えた。
「ぐっ」
慣れない剣を握りしめて構えては見たモノの、俺の中ではもう諦めてしまっている。伊達に前世の記憶が残っている訳じゃない。一度死んだ記憶のある身としては、交通事故で死ぬよりも、女の子を庇って死ねる方が箔がついて良いくらいにしか思えなかった。けど、いざとなって頭の中に過ぎったのはヤーリンではなく、こっちで俺を育ててくれた両親の顔だった。
ウィアードは前進が上手くできないのか、振り子のように身体を左右に移動させながらゆっくりと俺に近寄ってくる。
もうダメだ。
そう諦めともとらえられる覚悟が胸いっぱいに広がった。
その時である。
ウィアードは俺の前までやって来ると、歩みを止め、そしてこう尋ねてきた。
『両足八足。横行自在にして眼、天を差す。これ如何に?』
「・・・え?」
―――――
その問い掛けで、俺の脳裏に二つの事柄が思い出された。
一つは、朝のフェリゴとのやり取り。フェリゴの『クイズを出すウィアードらしい』という会話。
そしてもう一つは、前世の記憶。
忘れたくても忘れようのない記憶。血肉よりも身に沁みついている記憶。自分でも情けなく思える程の膨大な数の妖怪について調べ上げた記憶の欠片だ。
この質問をしてくる妖怪を、俺は知っている。当然、言うべき答えも持っている。
―――――
そして、ウィアードはもう一度だけ尋ねてくる。
『両足八足。横行自在にして眼、天を差す。これ如何に?』
「それは『蟹』だ!」
右手に握りしめていた鉄の剣を、そう叫びながらウィアードの脳天目掛けて投げ撃つ。どんな攻撃や魔法にも怯みすらしなかったのに、まるで粘土に突き刺さるかのように、すんなりと剣がめり込んだ。途端にウィアードはこの世の者とは思えない叫び声を上げて、のけ反るように倒れてしまった。
すると、ウィアードを覆っていた黒い靄が薄まっていき、巨大な蟹の骸が後に残った。
「やっぱりこいつ、『蟹坊主』だったのか・・・?」
俺は伝承に残っていた妖怪の名を呟いた。
・・・。
どういう事だよ。クイズを出すウィアードの正体が蟹坊主って事は、他のウィアードも正体は妖怪ってことか? そもそもなんで妖怪がヱデンキアに出るんだよ・・・いや、待て。必死で忘れてたけど、俺は今、妖怪と対峙するという夢を前世越しに叶えたじゃん。ヤバい。興奮してきた。じゃあ、このウィアードの死体はどうする? できれば俺が調べたりしてみたいんだけど。いや流石に没収されるか。でも俺が倒したのは事実なんだから、上手いこと言って言い逃れできないか。無理か。なら誰かが来る前に隠しちまう・・・それこそ無理だ。こんなデカいの一人で運べないし、今は魔法が使えない。
などと色々な思考が渦を巻いて頭の中を駆け抜けていった。
そんな事を考えている内に、その蟹の死体も徐々に真っ黒になったかと思うと、砂時計の砂が落ちるように崩れていった。一瞬、絶望が襲ってきたが、すぐに気が付いた。
「何だ、これ?」
蟹坊主の死体があった場所に、野球用のボールサイズの光る玉が浮かんでいる。
俺は無意識的にそれに引き寄せられるかのように手を伸ばしていた。そして光る玉は指先がチョンと触れたかと思うと、まるで俺の中に溶けて入り込むかのように消えていったのだった。光る玉に触れた左手の指先からじんわりと熱が全身に伝わっていく。まるで酒を飲んだかのような陶酔感があった。
すると背後から俺を必死に呼ぶヤーリンの声が聞こえてきた。
「ヲルカ!」
「ヤーリン」
「無事でよかった」
ずんっとのしかかる様にヤーリンが抱きついてきた。ヤーリンの腕の暖かさが伝わってくると、やっぱり生きていて良かったなという感情が湧き出てきた。
これは決してずぶ濡れで制服が張り付いてボディラインがくっきりしている美人な幼馴染の女の子に密着されているから思った訳でじゃない。
「さっきの怪物は?」
「あ、いや・・・どこかに逃げて行ったよ」
何となく、隠しておいた方が良いような気がして咄嗟に嘘をついてしまった。
「とにかく無事でよかった・・・」
「ありがとう」
泣き出してしまいそうなヤーリンを必死になだめて、それから二人で山頂に戻る。
試験は一度中断されており、怪我をした生徒の介抱や先生たちが事情を聞いて周ったりとてんやわんやしていた。程なくして試験は再開されたのだが、ウィアードとの一戦のどさくさで俺もヤーリンもサインが破壊されてしまっていたので、終了までの間、適当な木陰で休んでいた。
ヤーリンには試験に戻るように説得したのだが、断固として聞き入れてくれない。せめて一番初めの池での奇襲が評価されてくれるように祈ったが、そもそも青と緑の魔法が学年でトップなのだから、今更アピールをする必要はないのかもしれない。
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