第十三話
ようやくの一歩手前
反則になっては堪らないと、全員が魔法を使うのを止めた。しかし怒りは収まらず、今度は文句と雑言が飛び交う事になった。
「なんでだよ、コラ!」
「ふざけんな!」
何故攻撃を止めさせられたのかを考えていると、誰かが群衆の合間を華麗にすり抜け、無差別に十人足らずのサインが一気に壊される事態が起きた。
「なにっ!?」
「よっしゃ、5点ゲット」
「フェリゴ!?」
「おい、反則だ。攻撃は禁止されただろ」
その場の全員が同じことを思って、フェリゴを見た。しかし肝心のそのフェアリーはニヤリと耳まで裂けるような笑いを見せた後に俺達に向かって言った。
『皆に言っておくけど、先生の声だからって信用しちゃいけないよ』
・・・。
誰も彼もが理解するのに数間あった。そして見事にフェリゴの策略に嵌ったと理解した時、声と怒りと魔法とが、火山が噴火するかの如く発せられた。
優に達成数以上の点数を掻っ攫たフェリゴは目くらましの呪文を一つ唱え、姿を何処かへ消し去った。後には嘲笑うかのような声だけが残る。
「それじゃあヲルカ、後は頑張ってな」
「最悪だ。かき乱すだけかき乱していきやがった」
山頂は再び戦火に渦巻く。ゾンビが増え、魔法に怒りと焦りが乗っかっているので、苛烈さはさっきまでの比ではなかった。フェリゴのせいで二つのチームは最早チームとしての機能を完全に失っており、試験開始と同じように全員が敵の状態に逆戻りしている。
もうこうなったら自分のサインがどうこう言っている場合じゃない。俺は少しでもヤーリンに近づき、身を挺してヤーリンを守る盾となることを決意した。
その時である。
減少していた池の水を更に掻き分け、巨大な「何か」が突如として現れたのだ。
昼間であるのに、黒い靄のようなものを纏っているので、何かとしか形容することができない。その何かは目の前にいた生徒に何かを呟いた。ここからでは距離があり過ぎて聞こえなかったが、生徒たちが戸惑っているとしびれを切らせ、順に腕を使って薙ぎ払い始めた。
「な、なんだ?」
「ヤーリンの召喚術か?」
強さが段違いだったせいで、誰かがそう言った。そんな余裕があったのはその何かから距離のある生徒たちだった。近くにいる奴らは躊躇いなく襲い掛かる脅威に、叫び声を上げて逃げ惑っている。阿鼻叫喚とはこの事だ。
だが、流石にこれはやり過ぎだ。吹っ飛ばされた中には森の木々にぶつかり、呻き声を上げて苦しんでいる奴だっている。俺は何とかヤーリンの傍に近づいて告げた。
「ヤーリン、召喚獣を引っ込めて。レベルが違い過ぎる」
「違う。私は何も召喚してないの」
「え?」
ヤーリンの召喚獣じゃないなら、何だって言うんだ? あのレベルの召喚が出来る生徒はヤーリンの他に俺達の学年には居ないはずだ。
ひょっとして・・・
俺が嫌な予感を払拭しようとしている最中、気概のある何人かは逃げずに黒い何かに立ち向かっていた。
「この野郎」
ケンタウロスのクルドが火炎を放つ。それは確かに黒い何かに当たったのだが、何事もなかったかのようにピンピンとしている。
「何!?」
「魔法が効いていない・・・?」
すると、再び演習場の中にユークリム先生の焦った声が響く。今度のは正真正銘の本物だった。
『緊急事態だ。山頂の池の周囲にいる生徒は退避せよ。それはテストとは関係のない魔物だ』
その言葉に、俺は過ぎった考えをポロッと口から零してしまう。
「まさか・・・本当に『ウィアード』なのか?」
ウィアードは近くにた生徒を吹き飛ばし終わり、目ぼしい敵がいなくなると比較的人数の固まっていた俺達の方に向かって、物凄いスピードで迫ってきた。
「ヤバい。逃げろ!」
「落ち着け。パニックを起こしちゃだめだ」
俺はそう叫んだが無駄だった。全員が我先にと周囲を蹴散らしながら進もうとすむので、反対に逃げ道を塞いでしまっている。その上、足元にはまだ水の残っているので、思ったように動けない事が更なる焦りを呼ぶ。その結果、最悪の事態を招いてしまった。
ヤーリンが誰かに力強く突き飛ばされ、短い悲鳴を上げてその場に倒れてしまったのだ。
「ヤーリン!」
俺はすかさず魔力を集中させて一つの緑魔法を使った。迫る黒い何かの足元に一本の木を生えさせて足を止めようとした。結果として魔力が足りず、黒い何かの軌道を僅かにずらす事しかできなかったものの、おかげで気が付いたことがある。
「魔法そのものは効かなくても実体はあるのか・・・それなら」
乱暴になってしまったが、俺はヤーリンを大きく突き飛ばすと、ありったけの魔力を捻出して池の水をかき集めた。それを河口に向かって一気に流す。俺自身も巻き添えを食らう位置だったが、ヤーリンからコイツを引き離せるのなら、そんな事はどうでも良かった。
「押し流してやる!」
「ヲルカァァっっっ!!!」
ヤーリンの叫び声は、轟々たる水流に飲まれた俺の耳には届かなかった。
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