第十二話
家の近くにワークマンが欲しい今日この頃
その隙をついて俺とフェリゴは誰とも接触することなく、目的の山頂の池に辿り着くことができた。
だが、残念なことにヤーリンの姿はない。幸いにも他の生徒たちの姿もないので、戦うことはなさそうだ。物陰に隠れて、ヤーリンがここに来てくれることを信じて待つか、こちらから動こうかと考えていると、フェリゴが叫んだ。
「おい! ヲルカ、やばいぞ」
まるでその声に合わせるかのように、山頂の池とその水際に近づいている俺達を取り囲んでタックス達が現れた。「嘘だろ」と、喉まで出かかった言葉を何とか飲み込んで強がりとした。
「待ち伏せかよ」
逃げる選択肢は考えるだけ無駄だった。取り囲んでいる奴らの警戒の色が今までとは段違いだ。さっきみたいな囮は二度と通用しないだろう。かと言って戦いを挑むのも無謀すぎる。
俺が歯を噛んで悔しがっていると、悠々としたタックスが歩み寄ってきて勝ち誇って言った。
「さっきザルシィが応戦してたのに、何で僕たちがここにいるんだ? って顔してるな」
その通りでムカついたから返事はしなかった。けれどもタックスは余裕の表情で続きを話す。
「アレはわざとやったんだ。ザルシィがやられれば、普段の僕たちを知っている連中は「あ、タックスもやられたな」なんて、勝手に勘違いするだろう?」
「・・・なら、ザルシィは?」
「さあ? お前がここを目指してるって事は教えといたから、無事なら来るんじゃないのか?」
それはつまり、アレか。捨て駒にしたって事か。
正直、ザルシィとはさして仲が良いわけじゃないが、ここまでくると憤りを覚える。そしてザルシィがそんな扱いをされているっていうのに、他人事のようにタックスに従っている連中にも同じことが言えた。そんなだから、お前らヤーリンだけじゃなく他の女子からもモテないって事に気が付け。
「ま、お前の得意分野を考えればここを目指すことくらい誰にでも予想できるがな」
「魔法で得意不得意がはっきりし過ぎているのは考えものだな」
「ああ。という事はこの場合、『数』というのが最大の武器になる」
「それに頭が切れるっていうのも厄介だ」
「おいおい、褒めたって手は抜かないぜ? それとも命乞い?」
「お前に言ってんじゃないよ」
「何?」
俺の不穏な様子にタックス達だけじゃなく、フェリゴまでもが動揺した。けれど池の近くにいたフェリゴにはすぐに俺の言った言葉の意味が伝わったようだ。二人でそれとなく、防御の体勢をとる。
「お前らが結託して俺を狙い、ここを目指してやって来るって読んでたんだ―――ヤーリンがな!」
俺達が屈むと同時に池が爆発したかのような水しぶきが起こった。そしてその合間を縫うようにして魔法が飛ぶ。タックスの仲間たちは十人前後が、サインを破壊されてしまった。
「ごめんね、みんな」
やがて水しぶきが収まって、姿を現したヤーリンが正しく蛇のように先の割れた舌をペロッと出して、茶目っ気たっぷりに言った。可愛い。
さらに池の中には、ヤーリンと普段から仲のいい女子生徒が見受けられた。人魚、ニンフ、ウィンディーネ、ヴォジャノーイなど、他のクラスの水棲の種族とヤーリンはよくつるんでいたのを思い出す。
だがこの状況は助かったようで、実は助かってない。チーム・ヤーリンが俺達を狙わないという保証がない以上、これは事実上の三つ巴の混戦。ってことは、挟まれてる俺達が一番ヤバいじゃねーか。
だが、幸いなことにタックスの取り巻きでサインを破壊された奴らが、暴れはじめて陣形を乱している。
「待て、お前ら。仲間割れしている場合か」
「ふざけんな。サインを壊されて、仲間もクソもあるかよ」
「開始30分で失格とかあり得ないだろうが」
「まだアピールできる時間は残っているだろ」
しかしタックスの説得は失敗に終わり、ゾンビとなった連中が手当たり次第に攻撃を始めた。見る見るうちに陣形が崩れていくのと反比例するかのように、ヤーリン達は実に冷静に隊列を整えた。下手に手を出すよりも、傍観と守りに回り同士討ちを誘った方が良いと判断したのだろう。賢い。
ともすれば。俺達にできる最良の手はこの混乱に乗じて逃げ出す事。思うところは色々あるが、サインを破壊されないように徹するのが最優先だ。けれども、俺の動きだけは目敏くタックスに止められる。
「逃がすか」
「そんな事を言ってる場合じゃないと思うけど?」
事実、無作為に魔法が飛び交い、流れ弾を喰らう可能性が圧倒的に高い。その上、比率的に青の魔法を使う奴が多いせいか、池の水がどんどんと少なくなっていき、タックスのチームとヤーリン達も衝突間近になっている。そうなったら戦いはさらに激化して手に負えない。
その時、山頂付近に審判のユークリム先生の声が響き渡った。
『全生徒は攻撃を中止せよ。繰り返す、全生徒は攻撃を中止せよ』
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