異世界のショッピングモール化が深刻に?
俺の人生、五合とっくりのような人生だった。
一升詰まらない。つまり、一生つまらなかった。
くだらない、おもしろみの無い人生だった。
いやまあ、無気力症? とでもいうのか?
何かやろうとか、やらかしてやろう、という気が湧いてこないまま、周りの言う通りに生きてただけなら、そりゃつまらんか。
幸せというのは探してみたが、結局見つけることはできなかった。探し方が悪いのか。見つけられる奴が決まってるのか。
父親が受け取りの生命保険に加入して、父親と、父親のもと同級生の保険屋が気合い入れて、俺を保険金殺人した。まあ、それで家族の借金が無くなるなら、死んでもいいか、と逆らう気力も湧いては来なかった。
父親と保険屋にさんざん酒を飲まされ、車に押し込まれ、その車が崖に向かって走って行くのを、酔った頭でボンヤリ見てた。
酔っぱらい運転で転落死。享年36歳。
さて、俺の命はいくらになったのか?
しかし、ここはどこだ?
妙に明るい果ての無い青々とした草原。なんだか呑気な風景。道が一本、真っ直ぐに延びている。
この道を進めば、三途の川とか見えてくるのか? 死後の世界というのは、けっこう明るくて綺麗なところだ。
こんな自然の中を歩くなんてのは、何年振りのことだろうか。さて、俺は地獄行きか、天国行きか。それとも輪廻転生でもするのか。
この道を進めばわかることだろうか?
道なりに真っ直ぐに進んで行くと門が見える。天国の門か、地獄の門か。何が書いてあるかと見てみると。
『悪質な客引きに注意して下さい』
……どこの歓楽街だ? 客引き?
門を越えると、そこは白いビルの立ち並ぶオフィス街だった。
いろいろとぶち壊しのような。天国か地獄か解らんが、まるで風情が無い。天国ならもっと天国らしく神々しく、地獄なら地獄らしくもっとおどろおどろしく。手抜きせずにちゃんとして欲しい。
ゴミとか落ちてなくて綺麗なのはいいことだけど。
そしてズラリと並ぶ美男美女。何やら気品がある感じ? 何やら神々しい? というか、何やら豪華な衣装、これはコスプレというやつか? 奇抜な衣装を着ている人達。露出度が際どいのも数人いる。
そこにいる人達の目が、門を越えた俺をロックオンする。
「ようこそ選ばれたる者よ、我が世界は君のような勇者を待っていた」
「ねぇ、君、君、スローライフに興味は無い?」
「いいもふもふあるよ。うちの世界はいいもふもふが揃ってるよ」
「そこの青年、ハーレムはどうだい? 男の夢、ハーレムに興味はないかい?」
「チートつけるよー。今ならサービス期間中、うちの世界に来たらチートガチャ十連ついてくるよー」
「異種族転生なんてどうだい? ドラゴン、ヴァンパイア、ワーウルフ、うちの世界はいろんなのを用意してるから」
「グルメはどうだ? ドラゴンステーキにクラーケンの刺身、これまで味わったことの無い珍味妙味がわんさかあるんだぜ?」
「そこのかっこいいおにいさーん。美少女四天王を従える魔王ライフに興味はない?」
「ありきたりなものなどに、面白みは無いよなあ? うちの世界で可憐な妖精になってみないかあ?」
「公爵家令嬢、今なら公爵家の令嬢になれるよ。先着一名様限定。お兄ちゃんあんたツイてるねえ」
「あるよー、幼馴染みがあるよー。妹もついてるよー。こんなお得な案件、今しか無いよー」
「やはり世の中金だよな? わかってるわかってる。金さえあれば世は天国。今なら石油王の一家の御曹子が空いてるんだぜ?」
「やはり漢ならば成り上がりよ! どうだ奴隷からの波乱万丈な下克上人生は!」
「婚約破棄はいかがですか? 婚約破棄は要りませんか?」
「エリートコースで敗北知らず! 女神が里親になって鍛えてくれる安心人生! ようこそ君の願いの叶う世界へ!」
「あるよー、チートあるよー。チートつけちゃうよー。今なら十連ガチャ一回無料だよー」
なんだこりゃ? なんなんだこの人達? これが死後の世界か? どうなってんだ? これが悪質な客引きか?
次から次へといろいろ言ってくるが、訳がわからない。何が目当てなんだ? 袖を引かないでくれ、チラシもクーポン券も渡さないでくれ。もみくちゃにされて呆然としていると、ピピーと笛の鳴る音がする。
「はい、散った散ったお前ら。がっついてんじゃ無い。新入世講習が終わってない奴にまでたかるんじゃ無い」
もう一度、ピーと笛を鳴らして群れる客引きを追い払うのは、背の高い金髪の美人だ。背中に翼、いかにも天使という感じの奴が来た。
そいつが俺の前まで来る。俺を見下ろす。
「ようこそ新入世、ざっと説明するので着いて来て欲しい」
有無を言わせぬ感じで、俺の右手をつかんで引いていく。何がなんだか解らないが、その天使に引っ張られるまま着いていく。左手には無理矢理持たされたチラシとクーポン券を何枚も握りつつ。なんだろう、これが死後の世界か? 三途の川は? 閻魔様は?
「はあ、転生のグローバル化?」
「そういうことだ。急激に進んだグローバル化に、まだシステムが追い付いてなくて、いろいろと問題がある」
連れて行かれたところはひとつのビル。転生相談センター、と書かれている。
そのビルの一室、オフィスビルの面会ブースのようなところで、俺は天使に説明を受けている。
「コーヒーと紅茶、どちらにする?」
「あ、コーヒーで」
「砂糖とミルクは?」
「ミルク無しのちょい甘めでお願いします」
コーヒー飲みながら、天使の話を聞くことに。
「君は、あまり驚いていないようだが。転生相談センターは本当に初めてなのか?」
「ええ、こんな妙なものは初めてです。転生相談センター?」
「自分が死んだ、と知った者は混乱することが多いのだが。死後の説明をするのがこの転生相談センターだ」
「混乱はしてますよ。単に昔から、驚いたり、楽しんだりというのが苦手で。感情が鈍いみたいなんですね。俺は死んでて、これから死後の世界の説明があると」
「では新入世には今の世界間事情を説明する。君のいた世界では、昔は六道輪廻というシステムで転生を行っていたわけなんだが」
「仏教系の話ですか?」
「君の住んでいた世界でも、仏教以外にいろいろあっただろう。それらが通信システムの進歩と輸送技術の進歩で、宗教もいろいろと増えただろう。こちらも似たようなものだ。今では異世界間グローバル化が進んだ。異世界間通信システムの格段の進歩が、異世界間の間の距離を縮め、魂の自由化が進んで来た」
「魂の自由化……、魂は貿易対象ですか?」
「世界によっては契約で縛るなどして拘束することもあるが、独占禁止法が広まり、魂の自由移動権を尊重しよう、というのが今の世論だ」
「契約で縛るとは、悪魔の魂の契約のような。それが独占禁止法? 魂の自由移動権……、国際協定のようなもの、ですか?」
「異世界転生、というのは解るか?」
「そういうジャンルのものがある、ということは。小説とマンガで読んだことがあります」
「知っていると説明が簡単で有り難い。つまりは、いくつもの異世界で魂の取り合いになってるのが、今のこちらの問題だ」
「魂の取り合い、ですか?」
「あぁ、簡単にまとめると世界には魂が必要なんだ。最大許容量の問題もあるが、質のいい魂が多い方がいい。つまりは、税金の払いがいい国民が増えると、納税総額が増えるだろう?」
「あ、そういう感じなんですか。なるほど、それなら人口が、いや魂が増えた方がいい、と」
「そして今では、各異世界のショッピングモール化が始まっている。質のいい魂に来てもらうには、うちの世界は住みやすくていいところだと、アピールしなければならない。ちゃんとしてるところは悪質な客引きはしない。だが、異世界の中で治安が悪いところ、内乱が続いているところ、福祉や医療が遅れているところは人気が無くて、転生しようという魂がなかなか来ない」
「まるで海外旅行ガイドの、治安の良さランキングとか、物価ランキングとかに似ていますなー」
「そういうところは魂に魅力的な世界だとアピールするために、やたらとチートとかハーレムとか乙女ゲームとかスローライフをごり押ししたりする」
「なるほど。それが悪質な客引きになると」
「彼らも自分の世界の神に、もっと魂連れて来い、と言われて頑張っているのだが。中にはちょっとやり過ぎな者もいる。なのでくれぐれも気をつけて欲しい」
「わかりました。ということは、強引にスカウトするところほど、問題が多い異世界ということになりますか?」
「そうなる。逆に人気があるところはいっぱいで空き待ちの予約待ちになる」
異世界のショッピングモール化、ね。まさか異世界でもグローバル化の波が来ていたとは。
俺のいた国、日本でもグローバル化から国家のショッピングモール化が問題になってた。
国家間の移動が自由になれば、誰だって物価が安くて、税金が安くて、治安のいい国で暮らしたい、となる。
日本では年金で給付される額では老後の生活が厳しい、となってから、国のショッピングモール化の現象が出てきた。
支給される年金で日本で暮らすのが厳しいとなれば、日本よりも物価が安いところへと移住すればいい。
また、定年退職した日本人を受け入れる側から見ると、年金受給者を受け入れることで、年金という外貨獲得にもなる。
定年退職後に、フィリピン、ブラジル、マレーシア、タイ、などでリタイアメントビザで海外生活する、シルバー世代の日本人が増えている。
他にも、若い世代からも海外に行く人が増える。起業するときも、日本よりも物価と人件費の安い国で起業した方が条件がいいとか。若者が起業するのにサポートが充実してる国で、一旗上げようという人が移住する。
日本の銀行よりも、海外のイスラーム金融の方が、借金して起業して事業が失敗したときでも、抱え込む負債が少なくなるとかある。
あとは単純に、日本では老朽化した法律と慣例が既存権益を守るばかりで、新規参入や個人起業に厳しいという問題がある。仕事に生き甲斐を求めると、日本ではやってられないという分野が増えすぎた。
仕事のしやすさ、給料、物価、暮らしやすさ、治安の良さ、いろいろな面で、その国に住みたいという人が増えると、その国は人口が増える。特に資産を持っていて、どの国が税金と物価が安くていい国かと選べる、フットワークの軽い富裕層が移動する。
富裕層が国外へと行き、移動ができない貧困層が日本に取り残される。治安の良さを売りにする日本には、旅行客は増えても、移住しようという外国人はなかなか増加しない。
人口減少する先進国から、国の良さをアピールして富裕層の移住を取り込もうとする。国家のショッピングモール化現象。
そして人気の無い国からは人が更にいなくなる。民主主義とグローバル化がもたらす新しい社会問題。
どうやら異世界でも、数多くの異世界で魂の取り合いとなると、同じ問題が起きるようだ。
大きな企業ともなれば、本社を税金の安い国に置くことで減税にもなる。その対策として企業には減税を、庶民には増税を、となる先進国。国家は貧しい人を追い出したい。金持ちと企業を呼びよせたい。逆に住む人は豊かに暮らせる国へと移住したい。
いろんな国のメリットデメリットがランキングとなる。国民の流出を嫌がる国では、自国自慢の報道が増え、我が国凄いと高まりナショナリズムになる。
そんなことを思い出しつつ、目の前の天使さんと話をする。
「企業が他所に逃げないように、法人税が減税されたりとか。高額年金生活者を取り込む為に、一定額以上の年金受給者へのビザなど優遇したりなど、いろいろしてましたね」
「こちらも似たようなものだ。今では異世界間格差が問題になっている」
「異世界でも格差の問題が」
「魂の移動が自由となり、縛れなくなった。人気のある世界に魂は集中し、逆に人気が無い世界は魂の数が少なくなっていった」
「なんだか日本を思いだしますね。治安の良さしか売りの無かった日本は、出ていく人が多くて年々人口が少なくなっていったもんです」
俺みたいに、生きてるよりは殺した方が金になったりする例もあるから、親が子を殺したりもする。バレずに上手くやれればいいことだ。
定年退職したシルバー日本人が、フィリピンやチェンマイに移動する。中には結婚が目的というのもあった。日本国内では暮らすのが苦しい年金額でも、貨幣価値が違う国に行けば、お金持ち扱いもされる。歳の差が二十、三十と開いても結婚しようと言ってくれる相手が現れる。
中には相手に騙されて、一文無しとなって日本に帰ってくるのもいたりする。
金を持ってる年寄りは海外へ。貧乏人の年寄りは国内に。俺の知ってる日本は、貧しい年寄りだらけの国だった。賢い若者は、高校を卒業したら海外留学、海外就職と、日本に残るのは負け組扱いされたものだ。
「何やら思い出に浸っているようだが」
目の前の天使がコーヒーを飲みながら言う。
「前世のことをいつまでも引きずっていては、来世の選択に影響が出る。突然の死を嘆く気持ちも解るが、気を取り直して次の人生を考えてくれ。死など生きていれば誰もが一度は通る道だ」
「来世の人生、ですか」
「異世界間の魂の移動は、本人の意思が尊重される。前世で積んだ業と徳で入世界お断りになることもあるが、今の時代では魂の自由移動権が尊重される。君はこの転生相談センターで転生講習を受けたあとは、自分で来世を過ごすに相応しい世界を探すんだ。これは君の次の一生の問題になるので、真剣に、後悔しないようにして貰いたい」
「あの、ひとつ質問が」
「なんだ?」
「天国とか、地獄というのは?」
「天国は自世界の魂が汚される、と異世界間グローバル化に反対して鎖世界した。今では他の世界とあまり交流が無い。あそこは自世界第一主義のナショナリストだ。地獄は魂の自由化競争に負けて、魂の異世界流出を止められずにいて、今では廃墟になっている」
どうやら、天国も地獄も時代遅れのものになっているらしい。
俺はここ、転生相談センターで講習を受けつつ。この転生相談センターのある、奇妙なところでしばし暮らすことになった。
講習期間中は転生相談センターからマンションの一室を借りられる。
「君はなかなかに徳を積んでいるので、君を勧誘する異世界も多いだろう。煩わしいかもしれないが、何かあればすぐに言ってくれ」
「いろいろとありがとうございます」
「なに、私が君の担当だ。転生サポートをするのが私の仕事だ」
こうして俺の転生講習生活が始まった。
「……一度、悪い噂のついた異世界が、なかなか魂を集められなくなるなど、現代は異世界間格差の開きが問題になっている。これから転生を考える者は、悪質な詐欺、誘拐、美人局など強引なやり方で拐おうとする者に気をつけて欲しい。転生活動支援パーティのお誘いなどくるだろうが、あれはほとんどが転活詐欺だ」
「天使さん、そういうのは取り締まったりしてないんですか?」
「取り締まってはいる。追い付かないいたちごっこが続いているだけだ」
講習する天使さんの顔は、疲れていた。お疲れ様です。
怪しい勧誘には気をつける。書類に軽々しくサインはしない。強引な相手がしつこいときには、天使さんから貰ったボイスレコーダーで録音して、身の危険を感じたら防犯ブザーを鳴らす。
なんだか、予想してた死後の世界とぜんぜん違う。あと、俺が徳が高くて人気のある魂というのが驚きだ。
「確かにうちの世界では技術レベルが低いです。ですが、世界住人の満足度、幸福度は高いと自負しています」
頭に黒い角の生えた褐色の肌の知的な眼鏡美女と喫茶店でお茶をする。次の転生先について調べる為にも、世界営業している人、というか神の使い? のお話を聞く。
「大規模農業で食料の生産は増えますが、大規模農業とはそのまま、大規模自然破壊に繋がります。数十年の食料生産と引き換えに、自然のバランスが崩れ、洪水、竜巻、公害などが増えます。結果、長々と暮らし難い環境に悩まされることになります」
「なるほど。あなたの世界では自然との共存を第一に考えていると」
「そうです。数十年の繁栄と引き換えに、数百年の退廃を嫌っているのが、うちの世界の方針になります」
ただ、チートとかハーレムとか並べて勧誘するところよりも、こういう話をちゃんとしてくれる人もいる。
喫茶店のケーキセットを食べながら、知的な眼鏡美女の、私の世界自慢話を聞く。この人はいいとこも悪いとこも、客観的にちゃんと話してくれているみたいだ。
「剣と魔法の古典的ファンタジー世界なんて、遅れてる、とか言われたりもしますけれどね。うちの世界は王道をちゃんとやっているだけです。ただ、目新しさと奇抜なものが無いので、目立たないのですが」
「ところで、ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞ」
「あなたが今、着ている衣装があなたの世界の標準的な衣装、なんですか?」
なんというか、露出が多くて目のやり場に困る。ビキニアーマーと言うのだろうか? 褐色の健康的な肌がよく見える、白い水着みたいなビキニアーマー。色っぽいです。
黒い角の眼鏡美女は、頬を赤くして両手で胸元を隠す。恥ずかしそうに。
「こ、これは、上司が。その、見た目の色気で相手を釣ってこいと。私もこんな制服、恥ずかしいのですが……」
モジモジとして目を逸らす黒角褐色ビキニアーマー知的眼鏡美女。いろいろと山盛りのような。キリッとした眼鏡美女が恥じらうところは、なんだか可愛い。というか、上司、セクハラだろう。これ制服だったのか。
「その、似合っていると、思います。素敵、です……」
慣れないことを口にして、俺もなんだか恥ずかしくなる。営業とはいえビキニアーマーの制服で活動しないといけないとは。ごちそうさま、いえ、お疲れ様です。
いろんな世界の人の、いろんな世界自慢話を聞く。何か隠したいところがある異世界ほど、転生特典やらチートやらの話をしようとする。しつこいのは相手にしないようにして、穏やかに話のできる営業さんと、会っては話を聞かせてもらう。
俺の後に来た、死んだ人は転生講習を終わらせるとさっさと次の世界へと転生していく。最弱で最強とか、内政チートだとか、夢のもふもふスローライフとか、叫ぶ人もいる。中には希望した異世界から、徳不足で入世界できないことに窓口で文句を言い続ける人もいる。
この生活にも随分と慣れた。俺の担当の天使さんは口調こそぶっきらぼうだが、面倒見が良いらしい。天使さんの自宅に招かれて、一緒にご飯を食べたりなどもする。
「君はここに来て随分と経つが、まだ転生先は見つからないのか?」
「そうですね。なかなかこれは、という異世界が見つからなくて」
「君は、犯罪歴も無く業も少ない。家族の為に己を犠牲にするなど、かなり徳を積んでいる。君の選べるところはかなり多いはずなのだが」
「高望みし過ぎているのですかね?」
「君の望む転生先の異世界の希望は? 前は調べてから考えると言っていたが?」
「いろんな世界があるというのが解りました。だけど、自分がその世界に生まれ変わって、ちゃんとやれるのかと考えると、尻込みしてしまって」
「条件が絞れたなら、教えてくれないか? それでリストアップしてみる」
「条件、ですか……」
自分の転生先、自分が生まれ変わって過ごす次の一生。新たな人生。
「食べる必要が無い世界がいいですね」
「なに?」
訝しげな顔をする天使さんに説明してみる。
「食べなければ生きてはいけない世界とは、逆に言うと餓えに苦しむ世界です。だから、誰もが何も食べなくても生きていける世界がいいですね。または、ミミズのように、そこにある土を食べるだけで生きていけるような世界。誰もが奪い合うことも無く生きられる世界がいいです」
「ケイ素系生物の世界、となるのか? そういう異世界はあまり熱心に勧誘していないから、営業はあまりいないか……」
「それと、言葉が無い世界がいいですね」
「なんだと?」
「言葉は、小賢しい者が愚者を騙して奪う為の道具です。だから、言葉の無い世界がいいですね」
「……」
「そういう異世界がなかなか見つからないので。それに正直に言うとですね。この世界では皆さん俺をもてなしてくれます。あのマンションに住むのも慣れて、ずっとこのままでもいいかな、とも思ってます」
「ちょっと待ってくれ……」
俺が正直に話すと、天使さんは頭を抱えて困ってしまった。
後日、天使さんの紹介でカウンセラーに心理分析をしてもらうことになった。
「……自分に対しての極度の自信の無さ、言葉への不信、生きることさえ諦められる活力の無さ……」
諦めてばかりが俺の人生だった。人間、諦められないものなど無いと思う。無理して頑張ってまで、俺が生きる意味も価値も有りはしない。前世の最後を思い出しても、まぁ別にいいか、と思いながら死んだ。俺にはしたいことも、やりたいことも無い。俺に何かができる気もしない。
天使さんはなんだか悲しげな顔をして、俺の肩に手を置く。
「転生前に特別プログラムが必要だと診断された。生まれ変わっても簡単に死んでしまっては困るんだ。生きることを諦めないようになって貰わないといけない」
「それは俺にはちょっと難しいですね」
「前世の環境が悪かったのだろう。大丈夫だ。自分一人の力で成し遂げることを、ひとつひとつ積み重ねて行けば、自分に自信を持てるようになる」
「そうでしょうか? 俺のような奴は何処に行っても何もできないと思うんですが?」
「心配することは無い。私が担当として転生するまで面倒を見る。無理はしなくていいから、少しずつ、やれることをやっていこう」
俺は定期的にカウンセリングを受けながら、転生前特別プログラムを受講しなければならなくなってしまった。ここでのマンション暮らしはまだ続けられそうだ。
「私が何でも相談に乗る。前世のことは忘れて、新しい人生のことを考えよう」
俺の前世を細かく調べたのか、天使さんが何やら同情するように俺を見る。俺の前世とは、そんなに酷いものだったのだろうか? あの世界の日本人としては珍しくも無いと思うのだが。
何かやる気を出して俺の転生前プログラムを考えてる天使さん。お疲れ様です。
どうやら俺が転生するのは、まだまだずっと、先のことになりそうだ。