相合傘はお約束
( この季節が来たか…デュフ。)
休日にもかかわらずベットの上でにやけている男、佐藤宏は相変わらずろくな事を考えていなかった。
(ようやく来たんだよな。ぐへへ。そう!衣替え!そして梅雨!)
そう、衣替えと梅雨の時期である。少し前までは始業式だったのにいつの間にこんな時期になっていたのかは分からない。分かっちゃいけない気がする。
衣替え、それは少し暖かくなり長袖では過ごしにくくなる時期に上は半袖に下は少し薄目の生地の物を履く。そして露出が多くなり男児のテンションが著しく上がる時期である。
そして梅雨、雨の日に傘を忘れ、相合傘イベント発生の時期である。そして濡れて透けた服から少し見える下着に興奮する男児が増える時期でもある。よって男はケダモノ。
だが、梅雨の時期はやはり男女問わず想いを寄せる相手と相合傘をしたいと思ってしまうものでは無かろうか。梅雨のMAGICである。狭い傘の中、肩が触れたり離れたりする事に幸せを感じる方も少なくは無いだろう。これはラブコメでもよくある展開である。世の主人公とヒロインは必ずと言ってもいい程、相合傘イベントを通過する。これは宏にとって最大のチャンスと言っても過言では無いだろう。
(今度こそ俺は主人公になるんだ!ぐふ、ぐへへ)
笑い方がキモイのはさて置き、宏は心の中で気合いを入れる。
「はぁ〜。」
と深々とため息を吐いた。
「あ、そうだ衣替えしても意味ねぇじゃん」
と宏は心の中で思うのを無意識にやめふと思い返した。
「あいつ、おっぱいねぇじゃんか」
誰かに言ってる訳でもないのに何故か説得するかのような口調で言う。
「だってあいつマジで胸ねぇじゃんか!一瞬で分かったあれはAだ。AAAだ。俺の目に狂いはない。めちゃ壁。もう絶壁。巨人が壊しに来そうだし。あれの露出度が多くなっても意味無ねぇじゃん!あ、でも半袖似合うだろうな…おいおいよせやい。好き気になっちまうだろ。」
と散々、華恋の胸の無さを悪くいい後半は妄想に浸ってニヤける忙しい奴である。
「宏、あんたさっきから何言ってんの?思春期だからってやめてちょうだい。ご近所さんに聞かれたらどうするのよ」
と注意するのは宏の母だ。宏が口に出していたのが聞こえていたらしい。
「うぉ、母さんノックぐらいしろよ!」
まるでいけない事をしている最中に部屋に入られた感じに怒鳴る。
「ノックもクソもあるか!あんたが大きな声で叫んでるんでしょうが!」
その通りである。声にノックのクソもない。
「え、あー…ごめん」
今にも消えるロウソクの火のように弱々しい声で謝る。
「ちっ。全く」
舌打ちをして呆れながらその場を後にする母。
そして部屋で顔を真っ赤にして死にたくなっている宏。
(おい、めちゃ恥ずかしいやつやこれ!え、食卓並ぶのキツ!辛!どんな顔して合わせればいいんだよ。あー、人生終了のお知らせ)
また黒歴史とトラウマが増えた宏であった。
(そ、そんなことより次の作戦だ。衣替えに特にイベント性は無い。やはり梅雨だな)
他のことを考えないと死にたくなるのであろう。思考はとっくに作戦についての事だ。そして口に出してない。これ以上何かを聞かれるのを恐れているのがヒシヒシ
と伝わる。
(まぁ今回は完璧な作戦で華恋をイチコロだぜ。今回の俺は一味、二味違うんだぜ。作戦は決まった。その名も!)
【相合傘大作戦】
名前からして内容は察している方が大半であろう。だが、ただ相合傘をするだけでは無い。この作戦には多々の条件が必須なのだ。
1 突然の雨
これが叶わなければこの作戦は全ておじゃんだ。何故なら朝から降っていれば傘は当然持ってきているはず。また、天気予報でも情報を得ることができるため驟雨でなければならない。
2 友人
宏には元々友達がいないので問題は無い。今は。ただ華恋の場合はそうもいかない。彼女は見た目も美しく、人当たりも良い。当然友人は沢山出来る。もし彼女が傘を忘れた場合友人の傘に入るであろう。解決法。それは無い。ワンチャンである。
3 勇気
宏は意気地無しの根性無しである。そのため誘うのは大変困難な事である。解決法。これも無い。ワンチャンである。もはや全てがワンチャンである。
(まぁ無理なら無理でいいんだけどな。なんで世の主人公とヒロイン共は相合傘できるんだよ。設定の都合良すぎだろ。普通に考えて無理だろこんなの)
宏の考えは現実味が無いわけでは無い。ただしょうもないだけである。世の主人公達に不満をぶつけ、考えた作戦を無理と断言する。
(でもここで諦めたら男じゃねえ!)
だそうです。世の男性方、どう思われるかはさて置き相合傘なんて付き合ってるカップル以外は到底無理なので諦めてください。
(ただトラウマが蘇りそうで…ああ…)
数々のトラウマを抱える宏にとってこのトラウマはかなり上位のトラウマに認定されている。ここからは宏の回想シーン。共感できる方は心の中で宏を慰めてください。共感できない方はこういう事もあるよって事を頭の片隅に置いて今後は相合傘をする妄想だけにしましょう。
(これは俺が中学一年生の頃。梅雨の時期。驟雨に見舞わられ、沢山の人が帰れずに困り果てていた。その頃俺が密かに想いを寄せていた花子さんという子がいた。ショートカットが良く似合う可愛い子だった。その時から相合傘というものに興味があった俺は花子さんに声をかけた。
「帰れないの?入る?」
心の中で邪な感情は無い。ただの人助けだ。と何度も復唱した。にやけながら。すると彼女は
「は?キモ。何にやけてんの?ほんとキモイんだけど。ねぇちょっと聞いてよ佐藤がさ〜」
俺は2回もキモイと言われた。そして他の女子に大声で俺のことを伝えた。
「うわ、ないそれキモ」
「花子可哀想。マジありえないんだけど」
「絶対花子の事狙ってるよね。見え見えなんですけど」
散々言われた、しかも周りに沢山いた雨で帰れない他の生徒にもそれは広がり、俺は泣きながら帰った。
次の日からは俺は傘藤と呼ばれ、中学一年生の間は傘藤宏と呼ばれ続けた。そのせいか急に雨が降った日には沢山の人が俺に傘を借りに来た。当然自分のしかないので貸すことはできない。
「なんだよ使えな」
「なんで今日に限って1本なんだよ」
「傘藤の名に泥を塗ったな」
「傘藤のプライドねぇのかよ」
と散々に言われた。元から雨の日は1本しか持ってきてないし傘藤という名前じゃないし、傘藤のプライドは当然全く無い。てか何?傘藤のプライドって。
中学一年生は辛かったな。泣きまくって脱水症状にもなったな)
宏の過去は辛いのだ。いじめられていない時期があったのかさえ分からない。ただ言えるのは。いじめ、ダメ絶対。
(でも今の俺は逞しくなり、メンタルはダイアモンド並だ。傘藤舐めんなよ!)
宏は作戦決行を決断し、心の中で宣戦布告する。だが宏がこんな事を思ってるんだ。メインヒロインの方も同じ事を考えているに違いない。どうせ前回と同じようになる。
一方、華恋はというと。
(もうすぐ衣替えねぇ。男共が鼻息荒くして私の肌を見てくるに違いないわ)
そう男はケダモノである(2回目)。勿論そんなことも無い方もいるので、そういう人もいるって事を頭の片隅に置いてください。
(まぁ衣替えはどうでもいいわ。それより梅雨よ。相合傘イベントじゃない)
ほらな。考えている事はまるで同じ。同じだから省略してもいいのだがもしかすると違う案が出るかもしれないので省略しません。ご了承ください。
(まずはあれよね。突然雨が降らないと何にも始まらないのよね…あとどちらかが傘を忘れ無ければいけないし、仮に忘れても友達…あいつに友達はいないわねなら安心だわ)
【朗報】宏。初めて友達がいない事が吉と出る。
(まぁ雨に関しちゃワンチャンね。傘は私が忘れた事にすればいいし、友達にも適当な事言っとけばいいか)
華恋にとってそこまで問題では無いことをサクッと解決する。宏よりはマシだ。そしてこの女宏とはまた違った別の経験でメンタルが鍛えられていた。それは
【誘われ慣れ】である。
華恋は容姿端麗故に昔から相合傘、それ以外に誘われるという事に慣れているのだ。決して変な意味ではなく。
やはり異性から何かに誘われると少し照れてしまう事も少々あるのではないだろうか。だが何かに誘われる事が日常茶飯事の華恋からして誘いなんて挨拶みたいな物である。
(まぁ完璧美少女の私なら余裕のよっちゃんイカね)
くだらない。とまぁ、自信たっぷりな様子で作戦決行を決断する華恋であった。
だが気が早いモブとヒロインである。梅雨の時期は1ヶ月も先なのに。
時は過ぎ完全に梅雨である。洗濯物は乾きにくく、子供が水溜まりに飛び込んだり泥だらけで帰ってきたりして大変な思いをする主婦の方も多いのでは無いだろうか。湿気が多くジメジメして気が滅入る時期でもある。この時期は基本何に対してもやる気が起きない魔の時期だ。
そんな中、二人の男女はやる気に満ち溢れている。ここだけ聞くとよく聞こえるが内容を知ると一変するだろう。
(よし雨は今の所は降ってないな、帰る寸前に降り出してくれたら最高なんだが、頼むぞ!)
出だしは順調である。宏は一歩一歩力みながら歩く。
(よし今の所は大丈夫そうね。ちゃんと降ってちょうだいよ!頼むわよ!)
華恋も宏同様、今の天気を確認し雨が降ることを願う。
((ん?というか、家隣だったよね))
そう。この二人忘れているが家が隣である。
(てことは傘に入れる時の口実にもなるじゃねえかよ)
(傘に入れてもらう口実にはもってこいじゃないの!)
((最高かよ))
何故この二人は隣人を忘れるんだ。普通に疑問である。こうして二人は隣人だった事を思い出すと共に最強の口実『家が隣だから』を手に入れた。なんとも合理的である。
宏と華恋は放課後の期待を胸に授業を受けた。そして
((あ、雨が降らない!))
そう、二人が最も恐ていた最悪の事態である。
(どうすればいいんだ。考えろ俺!)
(ちょっとまずいわよ!どうするのよこれぇ!)
二人。過去にないぐらい頭を回す。
(でも仕方ないか、またの機会だなこれは)
(認めたくないけど今回は無理ね。どうしようも無いわ)
案外素直に無理だと判断した二人であった。そこからはいつもと同じように過ごし、いつもと同じように帰りの挨拶をし各々教室を出ていった。
(もう今日はさっさと帰ってふて寝でもするわ)
かなりテンションが下がった華恋。足早に教室を出て校門を通る。
(あいつ帰っちゃったな、俺も帰るか)
華恋同様、今朝とは真反対のテンションで重い足取りで教室を出て、下駄箱で靴を履き替える。
(あ、やべ。筆箱忘れた)
忘れ物に気づいた宏は小走りで教室に向かう。
(あったあった。さっさと帰…はぁー?)
窓の外を見ると雨がポツポツと、降り出していた。
(なんで今なんだよ!ふざけんな!ばーかばーか!)
タイミングの悪さに宏も激怒である。
(でもちょっと風が強いな早めに帰ろ)
そう思うと宏は駆け足で教室を出る。
その頃華恋は、
(次はどうしましょ。何かないかしら)
次の作戦を練っていた。すると鼻先に水滴がポツリと当たる。
(ん?雨?)
そう思った華恋は空を見上げる。
(なんで今なのよ!この使えない雲が!どういうつもりなのよ!)
こちらも激怒である。すると急に風が吹く。
(結構強いわね。ちょっと急いだ方がいいかしら)
そう思った華恋は足を早めた。
少しすると本降りになってきた。風も強いため余計雨脚が強く感じる。
(これは相合傘なんて言ってられない強さね)
傘越しに雨の降り注ぐ雨を感じながら華恋は歩く、するととても強い風が吹く。あまりの強さに体が無意識に力む。バキッ!何かが壊れる音がした。華恋は感覚で見なくても分かっていた。
「…………あぁぁぁ!」
壊れたのは華恋の傘であった。風に耐えれなかったのだろう。骨組みが完全に折れている。
(もう最悪。踏んだり蹴ったりじゃない)
涙か雨水か分からない水を拭う。傘越しに感じていた雨を全身で感じ髪もびしょ濡れだ。
力を使い果たしたように重い足で一歩ずつ歩く。
さっきまで感じていた雨の感覚が急に消える。パラパラ。雨が傘に当たる音だ。
「どうした?傘は?」
振り返るといたのは自分に傘をさしてる宏だった。
「風で壊れちゃってね」
自嘲気味に笑いながら言う。
「あっそ。俺の傘は壊れてない。でも貸せない」
宏は自分が使ってるから貸せないと言う。
(いちいち言わなくていいわよ。喧嘩売ってるのこいつ)
当然、華恋は怒る。当たり前だ。馬鹿にしてるようにしか聞こえない。
「い、いいよ。自分のために使って」
怒りの感情を押し殺し微笑みながらいう。
「でも、半分だけなら貸せる…けど」
(何キモイこと言ってんだ俺!)
「……………ふふ」
華恋は満面の笑みで言った。
「ありがとう」
「風邪ひくぞ。早く帰ろ」
「うん!」
(たまにはいいよな。カッコつけても)
(やっぱり私の主人公はこいつしかいないわね)
予想もしない形で相合傘イベントをクリアする二人であった。
(いや俺、めちゃ主人公じゃん!なにこれきたこれ!)
否、主人公である。
そして華恋はしっかり風邪を引いたのであった。
久しぶりの投稿です。登場人物が考えてるセリフの部分が分かりにくいと思い、かっこでくくるようにしました。また分かりにくいと思う所があれば個人的に直したりするのでご了承ください。
さて、宏の主人公力が向上しておるのが気に食わん。これからも二人はハチャメチャな作戦を決行するのです!乞うご期待!ではまた暇な時でも読みに来てください。