勤務
突然だが考えてみてほしい。
足が不自由で、自分より年下の人間を誰が相手にするだろうか。
もちろん、中にはそういった物にこだわらない人間もいるのだろう。
だが、10割の人間はそういった物に潜在的優位さを持っているのだ。
冒険者ギルドの職員仕事においてそれは嫌という程実感させられた。
いつまでもそういった感性ばかりを語っていても意味がないので現実を話し出すとしよう。
俺は冒険者ギルドで受付を担当することになった。
いかつい冒険者たちを一人一人相手しないといけない。
俺はなるべく丁寧に案内を務めている。
「おいガキ、この翼竜の討伐依頼を達成したんだ。さっさと金を払えよ」
こんな高圧的な相手にも俺は相手をしないといけない。
というか、こんな相手がしょっちゅうだ。
俺は素早く鑑定を行う。
証拠の品である翼竜の牙、爪は確かに本物だ。
ただし、これはこのクエスト期間に討伐されたものではない。
「すいません。たしかに本物ですが、これはクエスト期間中に討伐されたものではないので依頼量を払うことはできません」
俺はなるべく礼儀正しく応対した。
それを聞いた途端、冒険者の顔つきが変わる。
「お前みたいな! ガキに! 何が分かるってんだ!」
そういうと冒険者は俺を殴りつけようとしてきた。
それを『魔力武装』を使って俺は冒険者の腕を掴む。
「冒険者ギルド5条にもありますよ。『依頼を受けた際、受注期間外の証拠品を出すことは冒険者ランク格下げとする』って」
「それは期間中に手に入れた物だ!」
「どうやらその様ですね。どこかの古道具屋から『手に入れた』のでしょう?」
「んな訳あるか!」
「そんなことがあるんです。こちとら『魔法鑑定』を持っていますし、何なら『魔術鑑定』を持っている上級職員もいます。
それでもあなたはこれを『討伐して』手に入れた者とおっしゃるつもりですか?」
「……ッ!」
冒険者は怯んだような表情を見せると証拠品を必死の形相でかき集めて走っていった。
「……はぁ」
そのあまりの無様さにため息しか出ない。
「――お疲れ様。また洗礼を受けた奴がいるんだな」
低ランクの冒険者がゴブリンの目を持って現れる。
このパーティーは俺を見下そうとしない数少ない1つだ。
「洗礼ではありません、厳正な審査です。そういうあなた達も俺をだまそうと証拠偽装を行った前科がありますよね? 全く本当の証拠品がちゃんとあったから良かったものの……」
「そういうこと言うなって」
リーダーの冒険者が目を逸らしながら言う。
「こっちだってちゃんとした対応をしてくれる人には正当な評価を下しますよ。こちら、報酬の50リルになります」
俺はそういって銀貨の入った袋を渡す。
「ありがとう。あなたが来てくれたおかげで私達のランクもどんどん上がっているのよ」
チームの回復役が顔を出す。
「いえ、私がランクを上げているのではありません。あなた達が頑張っているからそれに準じて上がっていくだけです」
「全く、可愛げのない対応だな」
「はい、次の方が待っていますから」
俺が目を細めるとそのパーティー達は慌てた様子で立ち去っていった。
……時折俺をマスコットか何かと勘違いしている冒険者がいるのも頭痛の種だ。
正直毎日がやりきれない。
充実した宿泊施設とランクによっては冒険者より高い給料がなかったら即刻辞めているところだ。
ちなみに先ほどの冒険者たちの倍ほどの日給を俺はギルドから頂いている。
その額は500リル。
安宿を一泊するのにも25リル。
どんなに安い酒場で酒1杯と質素な食事1皿を食べたとしてもそれは15リル。
とどめに剣一振りでも買うのに50リルかかる。
彼らが今辛うじて生きていられるのは教会の配給と一度に受ける依頼の量が他より多いからだろう。
その為平均して日給は1人につきおよそ100リル。
コツコツ貯金が出来る程にまで上り詰めている。
その根性は大したものだ。
追加で説明しておくと冒険者のランクは6段階に分けられている。
E~Sランクで構成されており、いくつかの特殊な例を除けばこれに定義される。
冒険者たちを捌いていると職員の1人が俺に近づいてきた。
「ケイ君、勤務時間は終了よ」
俺が職員テストを志願した受付嬢だ。
俺が職員になったときは腫物を扱うような態度だったが今ではすっかり俺に馴染んでいる。
彼女の馴染み具合は正直鬱陶しい物がある。
最後の1人の冒険者(これも証拠偽装だった)を捌き終えると俺は車椅子のブレーキを外した。
そう、車椅子だ。
冒険者ギルドで給料を積んで最初に買ったものがこの車椅子だ。
正確には材料費をすべて賄う代わりに車椅子の設計図を鍛冶屋や材木屋に叩き売ったのだが。
いきなりの押し売りに相手はさぞ迷惑だったに違いない。
丁度パトロンを探していた青年のパトロンになってこれを依頼し至急作らせた。
今後も大きなサイズの車椅子を注文するつもりだ。
そんな時、ギルド内に巨大な鐘の音が響き渡った。
鼓膜が破れそうな程の音を立てて鐘が鳴らされる。
「大規模クエストか……」
俺は苦い顔をして受付の後ろにある壁に埋まった巨大な魔石に目をやる。
魔石は深紅の色を持っていた。
「よりによって緊急かよ……」
俺は一層苦い顔をして会議室に向かって車椅子を動かした。