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駆け引き

――目を覚ましたのはあれから3日後だったらしい。

うっすらと目を開くと無機質な天井が俺を見下ろしている。

上体を起こそうとしても体自体がうまく動かせない。

眼だけを体に向けると俺の上半身はくまなく包帯で覆われていた。

あぁ、そうか。

ウィルテッド卿の親戚に俺は助けられて……

思い出すだけでもはなはだ屈辱的だった。

悪態の一つでも呟きたくなりそうな胸糞悪さだ。

周りを見渡すと杖が立てかけられていた。

車椅子もバラバラにされたからな。

そして、俺が今も生きているということはどうやらネヴァンは撃退出来たってことだろう。

Sランク冒険者にウィルテッド卿の親族がいるとは思わなかったが俺が生きていられたことには素直に感謝するしかあるまい。

薄っぺらい掛け布団をはねのけると俺はベッドから降りようとした。

しかし元々足が動かないうえに今は負傷者だ。

おかげで顔面から突っ込むことになった。

「――ッ!」

衝撃で少しの間息が出来なくなる。

しばらくの間悶絶していると物音に気付いたのか係員の医療室の職員が俺の下に駆け寄ってきた。

「あなたは今絶対安静なんだから静かにしてなさい!」

そういってベッドに強制的に戻される。

結局俺が医療室から出られると判断されたのはあれから3日後だった。

一時的な措置として資料庫での資料整理をしていたが1週間もしないうちに受付に戻ることが出来た。

受付に顔を出すと相も変わらずむさ苦しい冒険者たちが依頼書を手に列を作る。

そんな連中を捌きながら相手をしていると俺は受付嬢から呼び出しを喰らった。

「何でしょうか?」

特に問題を起こした様子はないのだが……

「ある冒険者がお待ちです。」

いつものチャラチャラした雰囲気がないことからSランク冒険者の可能性がある。

全く気鬱なものだ。

俺は軽く服を叩いて埃を落とすと扉をくぐった。

「失礼します。お呼び出しをいただきましたケイ・エルージュです」

俺は頭を上げて唖然とした。

やたらと高そうな椅子に優雅に腰かけて紅茶を啜っているのは俺を救助した冒険者その人だ。

傍には俺をテストしたルークが紅茶を入れているであろうポットを手に俺を見ている。

「……ルーク」

優雅な手つきで紅茶をソーサーに戻した冒険者はルークに呼びかける。

「こちらにいらっしゃいますのはエルク・ウィルテッド様でございます」

――知ってる。

「そのようだな。どうもエリカが私の名前を呼ぶのをお前は聞いていたようだ」

「――ッ!?」

こちらの心中を読まれた俺は少なからず息を呑んだ。

ちなみにエルクというエリカというのは受付嬢の1人の名前だ。

「『読心(リーディング)』。それが私の持つ固有能力だ」

エルクはなんて事の無いように呟く。

この異世界にはいくつか能力がある。

『読心』はありふれた固有能力ではあるがその異常さ故に自分も他人も嫌う能力でもある。

「その通り。最も固有能力者自体世界には数えるほどしかいないが過去の歴史を遡ればごまんとある能力だ」

エルクは金の双眸でこちらを見つめる。

銀髪に金の瞳。

透明感のある目はこちらの思っていることをすべて見透かしている様だ。

実際に見透かしているのだが。

「では仕切りなおそう。紅茶は?いらないのか。それじゃあそこに座りたまえ」

エルクは正面に設けられた椅子を指し示す。

俺は無言で椅子に腰かけた。

「安心してくれ。能力は『封印系』の魔法で封じる。ではこちらから切り出そう」

そういうとエルクは静かに身を乗り出した。

「ネヴァンについてだが私が撃退した。」

「そうですか…」

「まあ、それは問題じゃない。本題に入ろう。何故父上が将来的とはいえお前のことを部下に仕立てたのかが俺には分からない」

いきなり踏み込んだ話をエルクは打ち明けてきた。

「心を読んでみたがお前の腹の中は真っ黒だ。

 『許さない、復讐、下剋上……』

 そんな野望を抱えている人間はそもそも貴族の奴隷になることも難しい。俺が許さないからだ」

つまるところルークが戦闘面での審問官であるとするならばエルクは精神的な審問官か。

「そんなもの俺の知るところではありません。あるとするのなら――」

俺はそういうと3本の指を立てた。

「『コネ』と『実力』と『偶然』、全てを足して100になれば物事はどうにでも動く、そういうことじゃないでしょうか?」

「つまるところお前はそれを『偶然だった』と?」

エルクは俺の胸ポケットを指さしながら言う。

確かに解釈だけならそういう受け取り方もできるのか……

俺は自分が墓穴を掘ったことに気が付いた。

「では聞きましょう。あなたが許さない存在をなぜあなたは助けたんですか?」

「冒険者ギルドルール第3条、『死にかけであっても命が助かる可能性があるのならすべての力を持ってそれを行え』。ギルド職員がギルドのルールを忘れたか?」

これに関しても見事に返されてしまった。

さて、どうしたものか。

「いえ忘れてはいません。私もそれを果たす義務がありますから。

 では……このカードはお返しすればよろしいでしょうか?」

カードを取り出そうとする俺をエルクは手で制した。

「お前がそのカードを解除するには父上の血が必要だ。俺がそれを取り上げる権利はない」

「ではエルク様、あなたは私に何を求めるべくこちらにいらっしゃったのですか?」

俺は訊ね返した。

エルクは懐から一枚の紙きれを取り出して俺に見せつける。

「この書類にサインをするんだ。そうすればお前の下剋上を俺は見逃そう」

書類を手に取り確認する。

ちらりと確認したところで俺はため息を吐いた。

「《ファイア》」

分厚い紙束が燃え上がる。

エルクは眉一つ動かさずにそれを見ていた。

「私にごまかしは聞きませんよ」

俺の手に乗っていたのは爪。

それもただの爪じゃない。

猛毒を持つバジリスクの爪だ。

その爪は素手で触るのはもちろん場合によっては間接的に触れただけでも酷い眩暈に襲われ30分程苦しんだ後死亡する。

『魔力武装』で持っているため今のところは問題がないが長期間放置しておくと空気感染も発生する厄介な物品だ。

俺は通信用の魔石を懐から取り出すとアイテム保管係に繋いだ。

「すいません。バジリスクの爪を確認しました。至急第2応接室へ回収お願いします」

それから30秒もしないうちに重装備をした保管係の職員が扉を開けた。

俺が爪を見せると職員は無言で俺に近づきパッケージを取り出した。

無事回収が終わると俺はエルクに向き直った。

「さて、これはどういうことでしょうか?」

「――見ての通りだ。お前の存在が貴族の世界に足を踏み入れることを俺は許さない」

「それは貴族としてでしょうか?」

「そうだ」

「そうですか。《盗難(スティール)》」

俺はエルクに向けて魔法を放つ。

次の瞬間、俺が手に握っていたのは1枚の紙だ。

「これはいただきましょうか」

紙を広げると俺の予想した通りの物が書かれていた。

「『私、エルク・ウィルテッドはケイ・エルージュが我が父リフォティス・ウィルテッドの部下になることをここに承認いたします』……」

俺はそこまで読み上げるとエルクに目を向ける。

「……ふむ」

エルクはそれだけ言うと椅子から立ち上がった。

「ルーク、行くぞ」

そういってエルクは扉の前に立った。

ルークがエルクの為に扉を開く。

「ケイ・エルージュ、その紙はくれてやる。私の印が入ってるからな。くれぐれも無くすな」

そういってエルクは扉をくぐっていった。

ルークもそれに続く。

「……しかと承りました」

俺は誰もいない部屋に向かって空虚な声を響かせた。

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