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雷風竜ネヴァン

「Sランク冒険者を! Sランクの方を呼んでください!」

受付嬢の声に俺たちははっと我に返った。

職員の1人が移動用の魔法陣を展開し冒険者たちは各々魔法を放って取り巻きの翼竜を片っ端から仕留める。

しかし、それは俺達にとって最悪の対処方法だった。

ネヴァンの胸部がゆっくりと膨らんでいく。

それだけで傍にいた回復役(ヒーラー)の1人が顔を真っ青にして地面に座り込む。

それに続いて次々と魔法系の冒険者たちがダウンしていく。

これは……空気か!

ネヴァンがとんでもない勢いで肺に空気を貯めこんでいる所為で極度の減圧症状が生じているんだ!

体力を使わず体の細い魔法使いたちが倒れていくのはそれが原因だ!

そのことに気付くと俺は『音勢強化』で指示を出した。

「すぐに『風陣(ウインド・ガード)』で空気の膜を作って中に入れ!!!!ネヴァンが空気を薄くしてるんだ!!!!」

口調が荒くなったが気にしている暇はない。

それにしても流石ネームドなだけある。

呼吸ひとつをとっても桁違いだ。

俺は風属性こそ使えるが膜を作れるほど風魔法を使いこなせる訳じゃない。

このままだと体格が一番小さい俺が一番被害を負うことになる。

マズい……

どうやら、今はまだ軽い酸欠だけで済んでいる様だがこれ以上減圧されると気絶する可能性がある。

しかも『音勢強化』で随分と酸素を使った。

このままだと……意識が……

視界がブラックアウトする直前でギルドの受付嬢がそれに気が付いたのか俺を膜の中へ引き込んでくれた。

「――ッはぁ!」

あらん限りの空気を吸い込むかのような勢いで俺は覚醒する。

「大丈夫?」

「大……丈……夫……です……多分」

正直言って駄目な方の部類に入っていた気がするがそこは仕方があるまい。

素早く頭を振って状況を確認する。

ネヴァンは既に500メートルのところまで迫っていた。

その巨大さが改めて実感される。

「でかい……」

鮮やかな緑の羽毛が今では一枚一枚はっきりと視認することが出来る。

翼竜の特徴そのままに翼にはかぎ爪が生えているが、その鋭さは触れられただけで切断されてしまいそうだ。

見とれる俺達をしり目にネヴァンは優雅に地面に着地する。

目は穏やかに、黄金色に、柔らか、に輝いていて見る者に安心する様な感情を抱かせる。

だからこそ不気味だ。

こんな恐ろしい化け物なのに安心させられる。

それに影響されたのか1人の冒険者がふらふらとネヴァンに向かって歩き出す。

「待てっ!」

叫んでも聞こえないかの様に歩き続ける冒険者に俺は思わず舌打ちした。

「《拘束糸》」

やむを得ず俺は糸を放って強制的に動きを封じる。

すると冒険者は狂ったように暴れ出した。

「ッ!?」

冒険者であることを差し引いても尋常じゃない力が俺の指を締め上げる。

予想外の激痛に俺の体は車椅子から引きずり落とされた。

まずい、このままだとまた膜の外に引きずり出され酸欠になることは必然だ。

最悪、窒息死もあり得る。

「ケイ君!?」

「あの冒険者を何とかしてください!」

受付嬢は蒼い顔をしながらも俺の糸を掴んで思いっきり引っ張った。

冒険者は膜の中に入ってきたがいまだに暴れ回っている。

「《気絶(スタン)》」

新しく覚えた複合魔法である雷属性を首筋に流し冒険者を気絶させる。

こんなんなら風魔法の精度も上げておくべきだった。

愚痴っていても仕方あるまい

冒険者の方はしばらくは大丈夫だろう。

俺は自力で車椅子に座りなおした。

今度は業者にシートベルトを発注する必要がありそうだ。

俺は相も変わらず悠然とこちらを見下ろすネヴァンを睨みつける。

こいつは種族的に『魅惑』を持っているとみて間違いない。

魔獣(モンスター)の中には生まれ付いて能力を持つ奴がいる。

そいつ自体には自覚はないようだが周りはそれに影響を及ぼすことがある。

改めて実感する。

こいつを街の人間の目にさらしてはいけない。

正義漢ぶるつもりは毛頭ないが、これは危険すぎる。

俺はこいつを配下にできるのならば放っておくが、そうもいかない。

俺達にできることはただSランク冒険者を待つ他ない。

まだか…

全てにおいて桁違いであることはここにいる全員がもう知ってる。

だが、いつまでも放っておくと脳筋の冒険者たちはいつ命を落とすのかも分からない状況下でひたすらにネヴァンに突っ込んで行きかねない。

俺は通信用の魔石を取り出すとギルドに繋いだ。

「聞こえるか?ネヴァンの被害は甚大だ。今いる連中も防御するのに精いっぱいで攻撃に転じる隙が無い。至急増援を頼む」

『Sランクパーティーが現在そちらに向かっている。もう5分だけ耐えてくれ』

マルクが応答する。

「5分?そんなに待っている間に俺達は全滅する!」

『……すまない。術式展開にはそれだけの時間を要するんだ。堪えてくれ』

そういうと魔石は反応を消失させた。

「……くそがッ!」

誰が言ったか分からないがそれは俺達全員の心の代弁だった。

「《音勢強化》!魔力を『魔陣』と『風膜』が使える奴にありったけ注ぎ込め!!!!」

怒りのままに声を張り上げる。

最早計画もへったくれもなかった。

生き延びろ。

全神経がそれのみに集中を注ぐ。

「《魔陣》!」

力任せに魔力を開放して防殻を強化させる。

俺の魔陣の中にいる人間は俺を含めて8人。

うち1人は『風陣』を使っているから吸い取れるのは3人から。

俺の『魔陣』はあくまでも物理攻撃を防ぐだけだから最悪1人から吸収して展開するだけでも問題はない。

そうと決まれば優先順位は一番魔力の余っている冒険者。

俺は1人の冒険者の腕をつかみ上げた。

「悪い。お前の魔力を全部もらうぞ」

そういうと間接的にだが容赦なく魔力を吸い上げる。

本当は『魔力吸収(マギアス・ドレイン)』を使った方が早いがそんなことをしているうちに『魔陣』が解除されかねないので安全策を取った。

腕を掴まれた冒険者は白目をむいて気絶する。

魔力切れだ。

だが、これで5分なら何とか堪え切れる魔力を手に入れた。

 だが俺は状況を忘れていた。

目の前にいるのは間違いのない神話級災害個体であることを。

――ネヴァンが動いた。

「クワァァァァァ!!」

鶏の様な泣き声をあげるとネヴァンは突進する。

標的は……俺の魔陣だ!

「退――!」

そこまでが限界だった。

気が付けば視界は蒼。

上空だ。

息をするのも辛い。

かなりの高度まで飛ばされたらしい。

車椅子は既に粉々に砕け散っているに違いない。

脇腹が痛い。

――見ると俺の腹部に車椅子の破片が刺さっていた。

「アァァァァァァ!!!!」

絶叫がほとばしる。

叫んだ所為で咳が出た。

口から赤いものが流れ落ちる。

痛い――痛い――痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ!

元はといえばマルクがSランク冒険者を派遣させるのが遅いのが悪い。

もともと、俺がいじめでくたばってなければこんな痛い目には合わなかった……

異世界でももっと高いところにいれば俺は無駄な血を流さなかった――

許さない、復讐だ、下剋上してやる……

俺は下を見下ろす。

ネヴァンは俺が来るのを優しい眼差しで見上げていた。

あぁそうかいそんなに死にたいか、このくそったれめ。

俺の頭は奇妙なくらい冷え切っていた。

「炎よ燃やし尽くせ、世界の始まりは爆炎より始まり全てを包み込む《アフィステ・ティス・フィローゲス・ナコウン・イ・アレッチ・トゥ・コスモ・アレッチーズ・メイ・キィスキ・カイ・ティ・リィゲル・タ・パンタ》

 ――《炎の(エパナスタシィ)革命(・フィローガス)》」

紅い光。

『王者の咆哮』と同等か、それ以上の爆音があたりに響き渡りネヴァンに炎が向かう。

「くたばりやがれこの鶏風情がァァァァァ!!!!」

怒りのままに魔力をすべて開放する。

死んだ冒険者からも『魔力吸収』で魔力を強奪し『炎の革命』に注ぎ込む。

今までの中で一番魔力を移動させた気がする。

俺の体に適合する魔力も適合しない魔力も、全てを俺は注ぎ込んでネヴァンにぶつけた。

辺り一帯に魔力がなくなったとき、俺は煙を上げて落下していた。

もう指一本動かすのもだるい。

目の前にネヴァンの顔が現れた。

おい見ろよ……あのくそ野郎……あんだけの魔力を喰らっといてぴんぴんしてやがる……

ネヴァンは相も変わらず生優しい目でこちらを見つめている。

『何故貴様は戦う?』

声が聞こえる。

そんなものは決まってる。

『そんな感情を持つのは苦しくないのか?』

いいや、一切苦しくないね。

俺が持つのはただの『生きがい』だ。

『では生きがいの下に死ぬがよい』

ネヴァンは嘴を広げる。

なるほど、俺を呑み込もうって魂胆か。

体を動かせない俺はべちゃりと奴の舌の上に落ちた。

ゆっくりと嘴が落ちていく。

――くそ野郎が。

俺は静かに眼を閉じた。

「《雷撃(ライジング・ボルト)》」

俺の体に衝撃が走る。

何が起きた?

そう思う間もなく俺は冷たい風を感じた。

目を開くと目の前には革の装備を着た20歳ほどの男が俺を担いで宙にいた。

「――こんなところでくたばるな。戦場は自殺するところじゃない」

静かでどうしようもなく冷たい声が俺に降りかかる。

「――ッ!」

俺は脇腹の痛みに顔をしかめた。

男は無言で地面に着地した。

大した衝撃もなく地面は俺達を迎え入れた。

「脇腹に木片が刺さってる。後退させてギルドの医療室に運び込め」

男は受付嬢に言葉を掛ける。

「分かりました。ご武運を……エルク・ウィルテッド様」

どうも今日は俺の厄日らしい。

その言葉を最後に俺は意識を手放した。

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