惨めで空虚な人生
俺の行動原理は常にマイナスで動いていた。
マシだからとか、楽だからとか。
だが俺がそうだからといって周りもそうだとは限らない。
周りとの思考が合わない俺はだんだんと孤立していき、気が付けばいじめのカモとなっていた。
ただ、奴らも馬鹿じゃない。
俺を殴るとしてもある程度の節度は守っていた。
それを知っているからこそ俺は油断していたのだろう。
奴らのもう1つある極論に。
―
「おい慶ぃ~?」
学校の帰り、下校していると奴は俺に絡んできた。
「なぁ。金持ってるんだろう?」
これ以上ないくらいに分かりやすい脅し方に俺はげっそりした。
カバンから適当に財布を取り出すとなるべく怖がっているようにして、お金を受け取らせる。
「けっ!こんなもんかぁ!?一万持ってこいっつったろうがッ!」
理不尽すぎる暴力が俺の体に襲い掛かる。
いつの間にやら取り巻きも集まって俺の体は奴らのサンドバッグになっていた。
(思考を捨てろ)
自分に言い聞かせても奴らの嗤い声がそれを許さない。
(結局のところ、弱者がどう声を上げようともそれは変わることのないただの虚言として世間からは見放されるんだろうな)
少子高齢化や、世界経済、上が目を通すのはそこでこんな下級層の声なんて聞くわけがない。
「あっそうだぁ~?兄貴からいいもんもらったんだっけぇ?」
そういうと言いがかりをつけてきたあいつは俺に馬乗りになるとポケットからメリケンサックを取り出した。
ゆっくりとはめていくその顔は無邪気にトンボの翅を引き千切る幼児となんら変わりはなかった。
しょうがない、あれを使うしかあるまい。
流石に棘の付いたあれで殴られるのは俺も遠慮したい。
「んじゃまっ!まずは一発ぅ!」
(くるッ!)
俺は瞬間、護身用にポケットに忍ばせておいた小型のナイフを奴の腕に斬りつけた。
「って!てめぇ~!」
そいつは怒りで顔を真っ赤にすると何発も殴りつけてきた。
頬に尋常ではない痛みが走る。
「ッがあぁぁぁぁ!」
思わず叫び声が口からほとばしる。
だがそれを楽しむような文化は奴らにはないらしい。
叫んでいる間にも問答無用で拳が叩き込まれ歯が何本か飛んでいった。
なんとなくあいつのメリケンサックを見てみると、その金具は赤く染まっていた。
頬の感覚がもうない。
視界もやや霞んで見えてきた。
瞼がやや閉じられているのに気づいたのか今度は俺の髪の毛を掴んで頭をメリケンサックで殴りつけてきた。
ここまで古風な不良も珍しい。
そんな風にどこか他人事の様に考えながら俺は強制的に視界を開かされた。
「なあ、こいつの目が二度と閉じない様にホチキスで固定しねえか?」
誰かがそんなことを言ったのかそれを聞いた途端、片目が真っ黒に染まった。
「ヴアァァァァァ!!!」
今までに感じたことのない痛みが瞼に走る。
(こいつら――本当にホチキスでッ!?)
「それ、もういっちょ~!」
「ギャァァァァァァァァァッ!?」
視界がどちらも黒く染まり五感の1つが失われた。
残された俺に残っているのはもはや何をするでもなく叫び、のたうち続けるだけだ。
それが俺が奴らに許されたことだ。
「ゆ"る"さ"な"い"…」
自然とそんな言葉が口から滑りでる。
なんだ、俺もお高く止まったもんだ。
こんな絶望的な状況で出てきた言葉がそんなものとは…
我ながらかなり小物臭がする。
それでも俺の口からは普段は聞いたこともないような呪詛が等々とこぼれ出ていた。
「許さない――お前らも――俺も――すべてを見てみぬふりをする奴も――救う立場にいながらも手を振り払う奴も――神も――悪魔も――何もかもッ!」
最後の方の台詞はかなり中二臭かった。
それでもそんなものが意識しないうちに出て来た以上、俺自身思った以上にストレスをため込んでいたらしい。
どす黒いものが出てきたもんだ。
「うるせぇよ」
俺の呪詛は奴の拳一つで黙らされた。
「うるさい子にはお仕置きが必要ですね~」
保育士のような甘ったるい口調で奴らは俺の唇に容赦なく針金を突き刺していく。
「ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"ん"!!!!」
最早口を開くことすら俺は禁止された。
本当に、こいつらはこんな事をすることに何の罪悪感もないのか!?
口を封じられた俺は頭の中で呪詛を合唱する。
(許さない、復讐してやる、下剋上してやる……)
叫べた方がまだましだ。
淡々と冷静な声が俺に降りかかる。
一方で熱くなっている自分がいるのと同時に、この状況に警鐘を鳴らす自分もいる。
それはまるで洗脳のようで、俺自身そんなモードに入りそうだった。
だが、それが出来たところで待っているのはさらなる暴力の雨だ。
でももし……俺の肉体を証拠に親が裁判を起こしたら、親は一体いくら奴らからせしめるのだろうか…
奴らが貧乏に喘ぐのは死後とはいえ気分がいい。
ただ、そのあとの親の行動によっては……親すら増長するかもしれない……
そうしたらこの怒りを親にでもぶつければいいか……
この中学での3年間、思えば碌な学校じゃなかった。
1年の時から奴らとは縁があるのに、その縁を切るようなことは学校は一切していない。
あの先公が我が身かわいさに学校で表ざたにしなかったのがいけないんだ……
でも他の先公だって俺が殴られているのを見たことがあったよな……
なあんだ、この学校全員で俺のことを見て見ぬ振りをしていたのか……
復讐してやる…盛者必衰の理で俺がほんの短い期間の間だけでいい。
その間に俺が恨む連中全てを絶望に叩き込んでやる。
今だ…今だけ耐えればあとはそれで済む話だ。
(許さない、復讐だ、下剋上するんだ……)
そうだな……
「さて、最後にこれ入れるか!」
奴は俺の頭にメリケンサックをぶち込もうとしていた。
頭蓋骨が砕ける様な音が俺の内部で聞こえた。
あぁ、これは入ったな……
俺の恨みはこうも簡単に崩れる砂上の楼閣だったのか……?
もし、この世界に幽霊や怨霊なんてものがいるのだとしたら俺もなれるだろうか?
どうしても奴らには復讐したいんだ。
呪いたいんだ。
そんなことを最後に考えながら俺は――簡単に死に果てた。