乙女の憂鬱
「どんな職業でも乙女は夢を見るものよ! イケメンが好きで何が悪いの?!」
ダン! とテーブルに握り拳を打ち付けた相棒が、赤い顔でそう力説した。
「いや、何も悪いとは言ってない。くだらないからやめろって言っただけだ」
水差しからグラスに冷たい水を注ぐと、私はあきれ顔でぐだぐだな相棒の前にそれを置いた。
「余計にひどいわ!」
「それよりお前、いい加減飲み過ぎだ。そろそろ帰って寝た方が良くないか?」
日付が変わろうとしている町外れの小さい酒場には、もう人も少ない。
ここから宿まで、いい感じに酔っ払った美威を連れて帰らなきゃいけないことを思えば、さっさとお開きにしたいと私が思うのも当然だろう。
「まだ帰らないわよ……飲む! そして何も考えないで寝る!」
そう言って、相棒はせっかく出してやった水のグラスには手をつけず、ワイングラスに残った赤い液体をあおった。
どうやら、私の話を聞く気はさらさらないらしい。
「別に失恋した訳でもないだろ? そんなに荒れるな。ちょっと気になってた情報屋の優しいイケメンが、実は遊び人だったってだけじゃないか」
いつになく美威が荒れているのは、そんないきさつがある訳なんだけれど。
「そんな一言で片付けないで! なんのために2週間もこの町であのギルドに通ってたと思うの?!」
「金を稼ぐためだろ?」
「違う! 違わないけど、違うの! うぅ~。いい人だと思ってたのに~」
「お前人を見る目ないなぁ。あのイケメン、手当たり次第に色目使って声かけてただけじゃんか」
「ぐさっ……ああ、私もうダメ。言葉の暴力だわ。飛那ちゃん最悪」
最悪呼ばわりされても、事実だからな。
大体、顔のいい男って大概がロクでもないだろ。
そんな感想の私をよそに、美威は夢見る乙女の顔ではあ、とため息を吐いた。
「私達みたいな流れの傭兵には、そもそもマトモな出会いってものがないじゃない……でも、数少ないトキメキを大切にしていれば、きっとそのうち運命の人に出会うこともあると思うの」
「いや、無いだろ?」
夢見がちなのは性格で仕方ないにしても、現実的に考えてそんな都合良く運命の人とやらが見つかるとは思えない。
美威は空になったグラスに瓶を傾けて、軽く私を睨んできた。
グラスは、また赤い液体でいっぱいになった。
「おい、もうやめとけって」
「飛那ちゃん、飛那ちゃんはどうしてそんなに可愛く生まれてきたのに、男の人に興味がないの?!」
「は?」
なんだ、今度は絡んできたな。
これ、答えないとダメなんだろうか。すごくどうでもいい話題だ。
「興味が無いからとしか、言いようがないんだが……」
美威みたいに、イケメンを探そうとか、運命の人を探そうとか、全く思わない。
どうせ探すなら、強い剣士だろう。
そして自他ともに認める「世界最強の剣士」になるために、是非手合わせ願いたい。
そう言うと、美威は至極残念なものを見る目で私を眺めた。
大体からして、恋愛だとか結婚だとかに髪の先ほども興味が持てないのは、私の性格のせいだけじゃない。
とにかく男というものにはいい思い出がないのだ。
やたら声をかけられたり、しつこく追いかけられたり、絡まれたり、視線だけで嫌悪感を覚えることも少なくない生き物。それが私にとっての男だ。
父様や兄様みたいに、紳士的に男らしい人種もいることは分かってるけど、傭兵やっててそんなヤツに出会う機会なんて、まずないだろう。探す気も起きないのは当然だ。
「ラストオーダーになりますー、何か他に注文しますかー?」
酒場の店員が、私達のテーブルに最後の注文を取りに来た。
私は軽く手を挙げて、それを断った。
「いや、これ飲んだら帰るから」
どうせそろそろ潰れるしな。とは、心の中でだけ思っておく。
店員は美威と私を交互に見て、一旦カウンターの中に引っ込んだ後、グラスを2つトレイに乗せて戻ってきた。
「サービスです。良かったらどうぞー」
冷たいお茶と、小さいチョコレートを2つずつ置くと、男は顔を上げた美威ににっこり笑って戻っていった。
相棒は、途端にキラキラした顔になる。
「今の店員さん、優しいしちょっとイケメン……!」
「おい、お前少し懲りろ」
どう見ても下心あるだろう。なんで分からないんだ……
「あんなのにちょいちょい引っかかるから、くだらないことになるんだよ」
まったく……とぼやきながら、私はグラスの中の冷茶を一気飲みした。
ゴトン、とテーブルにグラスを置いたところで、目の前に黒髪の頭が転がっているのを発見する。
「……美威?」
すーすー、と小さい寝息が答えた。
「……やれやれだな」
美威の言う「お金持ちのイケメンと結婚する」夢が叶うかどうかは分からないけれど、それが親友の夢だと言うのなら、応援くらいはしてやりたいと思う。
(でもそうしたら、きっとお前は私から離れて行くんだろうな……)
そんな日が来るのは、もう少し未来の話であればいい。
この日常が、ある日突然無くなるなんてことは、まだ考えたくないから。
「店員さん、お勘定ね」
私は会計を済ませると、完全に寝落ちてしまった相棒を背中に抱え上げて、酒場を出た。
雲の少ない夏の夜空に、輝く星がいくつも見てとれた。
「明日はどこに行くかな……」
背ごしに聞こえる寝息に、いつもの安堵を感じながら、私は宿までの道を歩いて行った。
『没落の王女』番外編でした。
内容は恋愛ものですが、本編に合わせてハイファンタジージャンルを選択しています。
時間軸としては、第2章が始まる直前くらいの設定です。