あなたという人物についての物語
あなたは冒険者だ。
名前はまだない・・・というよりもあなたは名前を忘れてしまった。
諸事情により普通の人間よりも長く生きているあなたには名前など覚えているほど暇ではなかった。
あなたの日々の生活は朝に起きて、夜に寝るその間は常に殺し合いをしていた。
敵を殺し、合間に食事をして敵を殺す。
その日々に特に何も思わなかったしむしろ充実していると感じていた。
しかしある日を境にそうもいかなくなってしまった。
それはあなたがいつも通りに殺戮を続けていたときだった。
無限とも言えるほどの死体の山の上で一息をついていた。
あなたにとっては珍しく敵が一切いない、あなた以外の生物の気配を感じない静かな時間だった。
あなたがそろそろ場所を変えるかと考えていたときのことだった。
死体の山の一部がかすかに動いたのだ。
あなたは反射的にいつもの如く命を刈り取るために自らの武器を未確認生物につきたてようと動いた。
それはいつも通り寸分違わずに相手の頭を貫く、その寸前であなたの手は止まった。
あなたが殺そうとしていた相手は獣人の子供であった。
しかし子供だから手を止めたのではない、子供など腐るほど殺してきた。
たとえあなたに敵意を向けていなくともここに来たのであれば問答無用で殺した。
しかしこの子供は違う。
この子供はあなたのことを見つめていたのだ。
力強い目だった、今まで殺してきた子供はあなたを殺そうとしてきた子供も含めあなたに殺されそうになった瞬間にはいつも恐怖でにごってしまうのだ。
いままで殺してきた時はその恐怖で濁った目に対して何も思わなかった、むしろそれが当然である。
しかしこの子供はなんだ、殺されるその瞬間だというのにまるで自分は死なないと信じて疑わない目だ。
この子供は馬鹿なのだろうか、自らの命の危機に気づいていないのか。
そう思ったあなたは簡潔に死ぬぞと子供に伝えた。
子供は「そうね」と答え。
「でも一瞬で済むんでしょ?」と続けた。
まぁ確かに一瞬で済むだろう、あなたは殺すことが得意ではあるがいたぶるのは趣味ではなかった。
死にに来たのかとあなたが問う。
子供は首を横に振った。
「あなたに会いに来たのよ」
なんとなく構えていた武器を子供の顔の横につきたてた。
いいかげん構えているのも面倒になったのだ、脅すために使っているわけではない。
それにこの子供に興味がわいてきた。
あなたに殺す気はないと判断したのか子供が立ち上がった。
「あなたはいったいいつからここにいるの?」
まぁ隠す意味もないので正直に答える。
あなたの答えに驚いたのか子供は少しのけぞる、というかむしろ引いたのか?
「・・・なんでそんなに?なにか目的でもあるの?」
目的などない、ここにいたら襲われたのが始まりだった。
それ以降ここに立っていると噂を聞きつけた人間があなたに挑んでくるようになった。
元々ここはあなたのお気に入りの場所で思い出の場所だった。
正直この場所を血で汚すのは乗り気ではなかったしやめていただきたかったのだがあなたに喧嘩を売る輩は基本話を聞かない奴らだったので意味などない。
次第に噂が噂を呼び一日中戦う羽目になってしまった。
結局気がつけばかなりの月日が経ち今ではこの地の名前が『血の丘』に変わっていた。
「へーそれで昔はなんて名前だったの?」
あなたが突き刺した武器にもたれかかりながら子供が問いかけてきた。
とりあえず武器にもたれるのはやめていただきたい、一応それは愛用であるしそもそも危ない。
あなたはてきとうに子供をひきよせ質問に答える。
ここは昔は『風の丘』と呼ばれていた。
そう伝えると子供は首をかしげた。
「・・・聞いたことない」
この子供の年齢を考えるにおそらくこの子供が生まれる前のことだろう。
時代の移り変わりを感じたあなたはなんだかさびしくなってしまう。
ここが風の丘と呼ばれていたときはとても美しい場所であった。
その時のあなたは誰が見ても冒険者らしい冒険者で仲間もいた。
そしてその仲間と遠出をするときはいつもこの丘に来て必ず帰ってくると誓い合ったものだ。
ある日その誓いは果たされなかった。
依頼の先で戦った魔物が予想以上に強かったのだ、明らかに格上の敵でギルドのミスであった。
だがあなたは冒険者としての意地があったしなによりも仲間が既に意識を失うほどの重症を負っていた。
このまま一人で逃げるなど頭には無く、相手もまた仲間との必死の攻防の末に傷だらけであった。
あいつを殺すのは今しかない、ここであいつを逃がせば次は無い。
ここまでの敵を野放しにしておくのは危険である。
しかし結局はあいつは逃げてしまい、仲間も明らかに手遅れの状態になっていた。
あなたは酷く後悔した、あのときに逃げていれば仲間を救えたはずなのに仇すらとれずに情けなかった。
涙はでなくともただただ自らを責め続けた。
そんなあなたを仲間は笑いながら励ましてくれた、もうすでに自分の死を自覚していたはずなのに。
本当は自分も怖かったはずなのに、仲間はそれでも不安そうな顔は見せずにそのまま息を引き取ってしまった。
あなたはそこまで思い出したところで子供が顔を覗き込んできていることに気づいた。
あなたはなんとなく子供の鼻先を指で軽く弾いて立ち上がった。
今日は本当に誰も来なかった、さすがにもう誰もいなくなってしまったのだろうか。
ならばもうここに用は無い、惨めったらしくここに数年もここに居座ったせいでここを汚すようなことになってしまったのだ。
いまさらここを掃除する気などおきないほどに汚してしまった。
思い出の場所を自ら汚して上書きしてしまうなど馬鹿なことをしてしまったと今では反省している。
いいかげん心の整理もついたことだ本来の冒険者らしくもうすこし放浪してみよう。
唐突にそう思ったあなたは武器を持ちあてもなく歩き始めた。
去り際に子供が「ギルドで討伐依頼がでてたんだよ」と言われたことが思い出といえば思い出だろう。