甘い誘惑と少女 <ナナ>
新人スタッフは一人とは限らない。
竜崎ナナもまた、オーベルジュの新しいスタッフの一人として、派遣されてきた。
短い黒髪に、赤いメッシュの入った、少々派手な髪形に、ドクロのピアスをして、目つきが悪いようだ。どちらかというと、怖い系の部類に入るお姉さん……かもしれない。
「あ、ナナちゃん待ってたよ。今日はお客さんがたくさん来て大変なんだ。手伝ってくれる?」
そんなことも気にせずに翔は。
「さっそくだけど、はい制服。これに着替えて」
にっこりと差し出したのは……何とも愛らしいふりっふりのメイド服(ゴスロリ仕様)の入った紙袋。
思わずナナは。
「………何これ」
と呟く。畳み掛けるように翔は負けじと。
「何って、ここの制服、それだから」
また、にこっと微笑む始末。
どかん、ぼすんっ!! ぐほっ!!
ナナは翔に頭突きをし、服を投げ捨てると。
「………はー。疲れた」
ある意味、格好いいです、はい。
「……そ、そんなナナちゃんも可愛いぜっ、ぐふ」
「きめぇんだよ。変態女たらし」
「そんなクールなナナちゃんも、いい……がくっ」
「………M……?」
倒れた翔をそのままに、次にやってきたのは、リィナ。
「あら、何か凄い物音が聞こえたけど、何か……ああ、なるほど」
ぱったり倒れた翔と投げ捨てられてた何かを見て、察したようだ。
「あっと、こんなヤツ放っておいて、はい、これ。ここの制服兼エプロンね。クローバーの刺繍が入ってるのがいい感じでしょ?」
リィナは、自分の着ているエプロンとお揃いのおニューのエプロンをナナに手渡す。
「んーと、今日は何してもらおうかしら? ここに来る前にしてた仕事とかあった?」
手渡されたエプロンに腕を通しながら。
「あー? こういう仕事は何もしてねぇ。工事現場とか」
「うーんと、そしたら、私と二人で今日届いた食材を運んじゃいましょうか。ちょっと重いけど、二人でなら大丈夫よね。コイツはもう使い物にならないから」
おまけにとリィナも、倒れている翔にゲシゲシ蹴りを入れつつ、部屋を出る。ナナもその後に続きながら。
「ほーい。………めんど」
と呟いていた。それを聞いたリィナは、彼女の耳元でそっと囁く。
「そういわずに手伝って。美味しいケーキ用意しているから、休憩時間に……ね?」
どうやら、ケーキのことは翔には内緒のようだ。
「……よーし、荷物どこだー!?」
リィナの一言にナナは、異常なまでのやる気を見せるのであった。
勝手口を出た先に、トランクの開いたワゴン車が置かれていた。
そのトランクの中には、たくさんの段ボール箱が置かれており、ラベルから察するに、今日使う食材の入った箱のようだった。
「さくっと終わらせて、休憩しよー♪」
どことなく、リィナも一人ではやりたくなかった仕事のようだ。
「こんなの運ぶのかよ……」
うんざりしながらも、ナナは荷物の一つを持ち上げる。
「さっさと終わらせちゃおう! まずは小さな箱から……」
そして、1時間後。
二人は、無事、ワゴンから全ての荷物を運び出したのだった。
「ナナ、お疲れ様。ちょっと早いけど、休憩しちゃ……」
と、そのとき、遠くから電話のけたたましい音が鳴り響いた。
リィナは、少し嫌な顔を浮かべて。
「あら、電話!? 先にキッチン行ってて。それと、例のものは冷蔵庫に入ってるから」
先に食べちゃって良いよと言い残すと、電話の元へと急ぐのであった。
残されたナナ。
言われたとおり、キッチンに入ると、そこには誰もいなくて。
がたんと冷蔵庫を開けると、そこにケーキが二つ入っていた。
ナナは、リィナが戻ってくるまで、大人しく待つことに。
30分後、まだリィナは戻ってこない。
「うーん………どうしよう」
思わずナナが呟くと。
「どうしたの?」
そこに現れたのはリィナ……ではなく、金髪の少女。白いミニドレスを着た6歳くらいの少女だった。
「んあっ? って……誰……つかケーキっ」
ケーキが遠のいていくような気がしつつも、ナナは目の前にいる少女を凝視する。
「わたし、ユリア。おねえさんは、何ていうの? 冷蔵庫にケーキあるよね?」
金髪の少女……いや、ユリアはそう言って、冷蔵庫にあるものをぴたりと言い当てる。
「ナ、ナナ……」
その事実に困惑しながらも、ナナはかろうじで、自分の名を言うことに成功した。
「じゃあ、ナナおねえちゃん、一緒にケーキ食べよ♪ あのケーキ、とっても美味しいんだよ♪」
ユリアはそんなことを言い出すではないか!
「あ? ま、待て! あの人の分が無くなる!」
リィナの分を思って、ナナは叫ぶ。
「え? あの人? だれのこと?」
目をぱちぱちして、ユリアはきょとんとする。
「……あー、いいや。あたしケーキ大嫌いだからさ、あんた一人で一個食え」
面倒に思ったのか、ナナはそういって、冷蔵庫を指差すと。
「あなたいい人ね。いいこと教えてあげよっか?」
嬉しそうに微笑んで、ナナの耳元でこう呟いた。
「リィナって、翔のこと、好きみたいだよ」
そういい残すと、ユリアは、どこかへと去っていくのであった。