新たなスタッフと少年 <風危>
そんなオーベルジュで、新たなスタッフを迎えることになった。
「さて、今日から仕事初めね。んーと、風危って呼んでもいい?」
「はい。好きにお呼びください」
了解を得て、リィナは嬉しそうに微笑む。
このスタッフルームで、リィナは新人のスタッフである七夜風危に、さっそくこれまでの経歴を尋ねた。
「じゃあさっそくお願いすることなんだけど……何からお願いしようかしら? 今まで何かやってきたことってあるかしら?」
「飲食店のバイトとコンビニのバイトをした事があります。よろしくお願いします」
漆黒の長髪で、垢抜けした綺麗な顔立ち。長身でスマートな体格。どちらかというとモデル向きの風危は、既に翔のターゲットに入っていたりする。
その返答に嬉しそうにリィナは。
「じゃあ、少しの間だけ、フロントお願いしていいかしら? ちょっと出かける用事があるのよね。これ、予約者さんの名簿よ。この方達が来たら、こっちの鍵を渡してね」
「分りました。 お任せください」
店の看板ともいえるフロントを、新人の風危に任せて行ってしまったのだった。
改めて名簿を確認すると、どうやら風危のいる時間帯には、客が来ることはなさそうなことが分かった。
それだけでも、肩の荷が下りる気がする。
と、フロントに座って、番をしていると。
「だあれ?」
黒髪の6歳くらいだろうか、幼い少年が、風危を見上げながら首を傾げていた。
「何故、こんな所に子供が居るんだ?」
思わず小さく呟きながらも、慣れない笑顔で。
「坊や、どうしたのかな?」
優しく尋ねてみた。すると、少年はにこっと微笑み。
「ここ、ぼくんちー♪ で、おねーさん、だあれ?」
(「なっ、何ですって!? それは……どういう事? 彼は、此処の住人? ありえない。普通に考えればここに働きに来ている誰かの子供……いや、それもありえない。普通職場に子供など……幼稚園や保育園に…………」)
しばし、逡巡し浮かび上がる疑問を打ち消すかのように。
「お姉さんは、今日から此処で働く事になったのぉ♪ 七夜風危って言うの。坊や名前は?」
風危は声を出した。
すると、少年は。
「ぼく、アキラ! かざねーちゃん、よろしくね!」
にこにこと微笑んで答えた。
このとき、初めて気づく。少年……いや、アキラがどことなく、翔に似ていることに。
(「えっと、何か少し……あの人、いや店長に似ているような? ……でも、あの人どう見ても二十代前半……」)
気になる風危は、質問を重ねる。
「もしかして、アキラ君は、そのなんだ? 翔さんと言う人と関係が有ったりするのかな?」
「よくわかんないー。ねえねえ、それよりも、かざねーちゃん、一緒に遊ぼうよ♪ ぼく、いいところ知ってるんだ♪」
逆に誘われてしまうことに。
(「今はお客さんも居ないし暇だし、少し遊んでやっても良いかな。良い所ってのが気になるし」)
そう判断した風危は。
「そうだな。少しだけなら遊んであげるよ♪ 良い所って何処かな?」
アキラと共に行くことにした。すると、少年は、ぱあっとたちまち嬉しそうな笑顔を浮かべ。
「じゃあ、行こうよっ!! こっちこっちっ!!」
風危の手を引いて、オーベルジュの外へと向かったのであった。
アキラの案内した場所は、外を出た森の奥であった。
鼻歌を歌いながら、アキラはご機嫌な様子で、風危の手を握り締めながら、奥へ奥へと進んでいく。
「あっ! おっおい、急かすなよ……」
そんな楽しそうな顔を見せるアキラを見て、風危は優しく微笑みながら、アキラの後を付いてく。
たどり着いた場所、そこは鍵のかかった大きな門の前だった。
アキラは慣れた手つきで、自分のポケットから鍵を取り出し、扉を開け放つ。
そこは……美しい花達に囲まれた花園であった。
奥には小さな小屋と温室もあるようだ。
「ここ、ぼくの秘密の場所! 凄いでしょ!! あ、でもね、あの小屋には入っちゃダメなんだって」
アキラは誇らしげに、風危にそう説明する。
「こんな場所が有ったのか……綺麗だな! 小屋の中には、何が有るのかな?」
どうしても気になって尋ねる風危に。
「ダメ! ぼく、怒られちゃうしっ、その……かざねーちゃんともっと一緒にいたいから……ごめんなさい」
悲しそうな目で見上げられてしまった。
「でもね、花園とか温室なら、いっぱい入っても大丈夫なの! それじゃ……だめ?」
そういうアキラに風危は。
(「子供を泣かせてまで知ることじゃないよな」)
そう思い返し、口を開く。
「うん、分った♪ じゃぁ、一緒に歩こうか?」
そして、優しく手を差し伸べたのであった。
「うん、じゃあ、さっそく温室いこっか♪」
「おう! 楽しみだな」
アキラがそういって案内してくれた温室もまた、素晴らしい場所であった。
隅々まで手入れが行き届いている植物達。
そして、その植物達に惹かれて、蝶もやってきている。
「綺麗だな……心が癒される。何時間でも居たくなるな」
そんな風危の言葉に嬉しそうに笑顔を見せていたアキラだったが……急に何かに気づいた様子で、風危の服の裾を掴んで見上げてきた。
「ごめん、かざねーちゃん。もっともっと一緒に居たかったけど、時間みたい」
ごめんねという言葉と共に、アキラは風危を花園から外へと連れ出し、何処かへと帰っていってしまった。
「不思議な子だったな……しっかし、何処となく店長に……うーん、店長に聞いてみるか」
風危はしばらく、アキラが去った方向を見つめ、そして、思い出したように店に駆け足で戻ったのであった。