願うは真なる力(後編)
「……今、なんて……?」
リュウカの発言に、思わず聞き返した。
「ん? だから、お前の中に潜んでる化け物の話だよ。まさか私が気付いていないとでも思ったのか?」
「え、いや……それもそうなんだけど、それよりもさ……魂って、どういう意味だ……?」
レイトの聞きたい所はそこだった。例の人ならざる力については勿論レイトも理解している。リシュア曰く、最初に彼女がレイトに対して使用した強化魔法。その時の魔力の残滓がレイト自身の魔力回路に影響を及ぼして、魔族化を進行させている可能性があると。
確かに、これまでに数度会ってきた、精神世界らしい場所にいる人影のことを考えれば、リシュアの説明だけでは納得しきれない部分はあった。
だが、それを差し引いても、自分の中にもう一人、別人の魂があるということはどうにも理解できなかった。
何しろ思い当たる原因が無いのだ。
「どういう意味って……そりゃあそのまんまの意味に決まってるだろ? 魂は、魂だ」
囲炉裏の真ん中で赤々と燃える炭を手で直に突っつきながら、リュウカが言う。
「でも、リシュアはそんなことは一言も言ってなかったぞ。魔族としての自分の魔力がと俺の魔力が結びついて変異している、としか」
レイトはジルバでジーラフ相手に発動した捨て身の強化魔法のこと、精神世界のこと、そしてそこで出会った影のこと、その全てをリュウカに打ち明けた。
「うーむ。ま、話を聞く限りはリシュアの考えも間違ってはいねぇよ。ただ、私が言ってんのはその考えのさらに奥にある部分ってだけの話だ。あいつの魔力の残滓が、そのもう一つの魂の目覚めのトリガーになったっていう可能性が高いってのは確かさ。レイト、何か心当たりはないのか? これまでの戦闘で妙な憑依魔法を受けたとか、心霊の類の敵とやり合ったとか」
レイトの話を聞いて、リュウカは悩ましげに囲炉裏の真ん中に追加の炭を投げ入れながら、そう聞き返した。
「いや、それが全く無いんだ。先祖にしたってソルムで長年林業を営んでいたっていうし、そっち方面の何かしらの因縁みたいなものだって無い。魂って言葉で思いつくのはこのスミゾメの能力くらいだよ」
「あ。そういやその可能性もあったのか」
『スミゾメ』。その単語に、炭を弄るリュウカの手がピタリと止まった。
「え? この魔剣が何か関係してるってことなのか?」
「……あー、いや。あくまで可能性って話なんだが、そのスミゾメにはな、魂を取り込む能力とは対になる形で、剣に宿した魂を外に還す能力も持ってんだ。過去に一度、お前の親父さんが何かの魂を取り込んだ痕跡はあるのに、今のそいつの中身は空。ということは必然的に剣の中にあった魂は何処かに還されたってことになるんだが……その還す先がお前だったっていうのは流石に考えすぎだよな……ハハ、忘れてくれ」
「いや……」
むしろそれしか考えつく原因は無いんですけど……。
そう言いかけて、思い出す。確か父ブランがこのスミゾメを雑貨屋の主人に預けたのはレイトが生まれるよりも前。となればリュウカの仮説はまずあり得ない話だ。
「うん、リュウカのいう通り、その線は無いはずだ。剣の魂を母親の腹ん中にいる赤子に還せるっていうなら別だけど」
「流石にそいつはねぇよ。まだ外に出てもいない赤ん坊にもう一つ別の魂を入れるなんてことすりゃあ、間違いなく容量オーバーで死ぬぜ?」
「な、なるほど……」
レイトはひっそりと胸をなでおろした。
どうやら親父が故意に自分に対して得体の知れない化け物の魂を流し込むなどという恐ろしい人体実験は無かったらしい。
だが、そうなると今度こそ原因は分からずじまいだった。
「ま、もう諦めろってことだな、こりゃあ。山ん中歩いてる途中に、死霊か何かに取り憑かれた、とでも考えときゃいいんじゃねぇか? その影の話を聞く限り、友好的みたいなんだからさ」
「えぇ……そんな無責任な……」
「無責任がどうとか、そんなこと私に言われてもどうしようもねぇよ。とにかく、今はそんな細かい事よりも、その化け物じみた力を自由に使えるようになることの方が重要だ。正体が何であれ、お前の中のそれは高位の魔族を上回る力を持ってる。そいつを使いこなせられれば、ガルアスにだって届くかもしれねぇ」
「そりゃそうかもしれないけど、この力を使い続けたら魔族化するって……」
「だから、それも含めて制御できるようにするんだよ。それに安心しろ。もし魔族化をして暴走でもしたら、私が責任持って倒してやるからさ!」
「いやいやいやいや……安心できる要素なんてないんだけどそれ……」
「はぁ……じゃあ、なんだレイト。お前は魔族でも最上位に位置するガルアス相手に、ノーリスクで力を得ようってのか? そんな美味い話、あるわけねぇ。だろ? ヴァルネロさんよ」
不意に、リュウカはレイトの肩越しにヴァルネロの名を呼んだ。
「え? って、うぉあ⁈」
振り向いて、レイトは思わず囲炉裏に尻から飛び込みそうになった。
「やぁ、レイト殿。元気そうで何より何より」
一体いつからそこにいたのか、レイトの背中にピタリと寄せる形で、ローブをまとった骸骨の剣士、四帝が一角、ヴァルネロ=ヴィルバッハが正座して座っていた。