願うは真なる力(中編)
「さて、と。どっから話すかな……」
ところどころが朽ち、天井のいたるところに蜘蛛の巣のかかった小屋の中。囲炉裏の側で朝飯の握り飯を平らげた後で、リュウカが言った。
「褒めるのと説教じみた話、どっちから先に聞きたい?」
「えぇ……。じゃあ褒める方から……」
「あいよ。それじゃあ言うけどな。さっきの稽古で私なりにレイトの剣筋とか、反射神経とかを見させてもらったけど、なかなか良かったよ。あれなら、大抵の魔族とも渡り合えるレベルだと思う。特に最後の、あの回し蹴りとかな。あの一瞬で、よくあそこまで的確な蹴りに持っていけたもんだよ。素直にすげぇって思った。あんな技は私には無理だ。ああ、絶対無理だ」
リュウカは豪快に笑いながらレイトの剣技を褒めちぎる。だが、レイトは彼女の褒め言葉を素直に受け取れなかった。
「……褒めてもらえて嬉しいよ。だけど、あの蹴りは全然効いてなかったじゃないか……」
あの時レイトが放った蹴り。弾かれた剣の反動を利用し、衝撃と速度を増した、とっておきの回し蹴り。リュウカが褒めるその技は彼女自身にはまるで効果が無かった。
いくら相手の動きを素早く読み切ろうが、正確な蹴りを放とうが、それがダメージという結果に繋がらなければ実戦では何の意味もなさず、つまりそれはレイトの敗北へ繋がる。
だが、リュウカはレイトの思考を読んだかのように言った。
「ああ。その通りさ。さっき私が言った説教じみた話ってのは、つまりそう言うことだよ。レイト、単刀直入に言う。お前が剣術も体術も結構いい線を行ってるのは確かだ。だけどな、この先このまま剣術と体術の力をつけていったとしても、今のお前一人の延長線上に、ガルアスや魔王軍の幹部に勝てるお前はいねぇ。それだけは確かだ」
「は……?」
レイトは耳を疑った。今、リュウカは何と言ったのか。
どれだけ力をつけてもガルアスには勝てない。
決して聞き間違えでは無いリュウカの言葉に頭を強く殴りつけられた気分だった。
だったらどうして俺はここにいるんだ……。絶対に勝てないというのなら、結局俺はリシュア達の足手纏いでしかないじゃないか……。
俯き、至る所に豆の出来た自分の掌を見つめる。努力が足りない、と言われたのならわかる。しかし、リュウカは、その努力そのものが、ガルアスへの勝ちに繋がらないと、そう言ったのだ。
「おいおい……私も言い方が悪かったけど、そんな顔すんなって。まだ話は終わっちゃいねぇんだからさ」
考え込むあまり、次第に呼吸が荒くなっていくレイトの姿に、リュウカは苦笑いをしながら、少し申し訳なさそうな口調で付け足した。
「え?」
「私が言ったのは、あくまで今のお前の延長線上の話さ。説教じみた話ってのはここからが本番なのさ。ま、とりあえずこいつで一息いれるとしよう」
発言の意味を理解できず困惑するレイトに、リュウカは持参していた三本の鉄製の水筒の一つを放る。
「冷たっ⁈」
中にはキンと冷えた水。口の中が凍りそうな冷たさに思わず水筒を落としそうになるレイトをよそに、リュウカはもう一つの水筒の中身をガブガブと勢いよく喉へ流し込んでいく。
「……ぷはっ。やっぱり稽古の後は冷たい水に限るな。どうだ、レイト。少しは落ち着いたか?」
「あ、ああ。むしろ寒いくらいには冷えたさ。それより、早く聞かせて欲しい。説教の本番ってのを」
「ん、ああ。分かった。それじゃあ話すが……。まず第一にだ、さっきの私の話は気にすんな。あれはお前に限らず大体の人間に共通する話だからよ」
ドンっと音を立てて水筒を床に置き、リュウカは真剣な面持ちでレイトの目を見ながら言った。
「そもそも、魔族と人間を比べりゃ、もともとの身体能力、肉体強度、保有魔力量、その全てにおいて魔族が上をいくし、高位の魔族となればその差は跳ね上がる。さっきのレイトの蹴りは、普通の人間相手なら、間違いなく骨の二、三本、内蔵の一つや二つは逝ってただろうよ」
「……いくらなんでもそんな……」
「それはマジの話だ。……まぁ、魔族殺しの聖痕を持つミラネア皇国の第三皇女、ラウラ=F=ヴァンガルドのような奴らは別として、そういった特殊な能力を持たない人間は、肉体と武術の鍛錬だけで魔族と同レベルに達するのはまず無理な話なのさ。特に私達鬼のように、それなりの思考能力と武器を使うような魔族と対した時、単純な力での鬩ぎ合いになりゃあ、ほぼ確実に力負けするぜ」
「だったらこの先どうやって戦っていけばいいんだよ……」
「簡単な話だ。肉体の鍛錬以外のところから、魔族に匹敵するだけの力を得ればいいのさ。聖痕など無くても、強化魔法を使うなり、武器に魔法を纏わせるなり、工夫次第で方法はいくらでもある。聞けばレイト、お前はここまで剣術と体術の修行しかしてこなかったらしいからな。今日からはそっち方面の稽古もつけてやる」
自信満々に言い放つリュウカ。だが、レイトの中の不安は消えないままだった。
「いや……それはありがたいけど、俺は無属性の魔法しか使えないし……強化魔法にしたって、反動で体がぶっ壊れるようなものしか会得出来てないんだぞ…………」
ランドーラの冒険者ギルドで受付嬢に言われた内容を思い出し、レイトは言う。
無属性魔法の適性しか無い以上、武器に属もいい性を纏わせることなど不可能で、強化魔法の方はリシュアの魔力の残滓と混ざり合って、使う度に身体の内部はボロボロ、ついでに魔族化までもが進行すると、リシュアから警告を受けている。
そんなものをどう扱えと言うんだ……。
リュウカの提言は自分に対しては全くの無意味だと、レイトはそう思った。しかし、彼女はその弱気な考えを打ち崩すように、レイトの胸の中央にドンと拳を当て、言った。
「レイト、お前には魔法が使えなくとも容易く魔族を超える力が備わっているはずだ。隠してたつもりなのかどうかは知らねぇが、お前の中に化け物みてぇな別の魂があるのはわかってんだからな」