願うは真なる力(前編)
早朝の澄み切った空気の中を、レイトとリュウカ、二人の剣閃が幾度となくぶつかり、結び合い、火花を散らす。
「ハッ! 聞いてた以上にいい動きだぞ、レイト!」
「そりゃどうも!」
リュウカが勢いよく縦一文字に振り下ろした刃幅の広い大太刀の一撃を、レイトはスミゾメの刃の腹で滑らせ、受け流し、返す刃を彼女の脇腹へと走らせる。
リュウカはそれを間一髪、後方への一跳びで紙一重で躱し、着地と同時に地を蹴ると、今度は刺突。
「うわっ⁈」
辛うじて刺突を刃の腹で受け止めたレイトだったが、その勢いを受け止められずに大きく後ろに弾き飛ばされ、朝露に濡れる草の上をゴロゴロと転がる。
「くそっ……」
「おいおい、どうした? 私はまだ全力じゃないんだぜ?」
大太刀を地面に突き立て、髪を撫でながらリュウカが言う。
「ああ……そんなことだろうと思ったよ」
私はまだ全力じゃない。
そんなことは、言われずともレイトにはわかっていた。修行が始まってから早三十分。幾度となく斬り結び、刃と刃を交える中で、レイトはそれを、悔しいほどに感じていた。
明らかにリュウカは手加減をしている。
一見力任せの一撃に見えて、彼女は剣と剣が打ち合う瞬間に、絶妙な加減で斬撃の勢いを殺している。それを確信したのは、修行開始から僅か数分のことだ。
僅か数分のうちにリュウカが放ってきた数多の斬撃。唐竹、袈裟から、切上、刺突まで多種多様。それらの複数種の斬撃に、リュウカは助走や跳躍を組み合わせて繰り出してきた。
だが、奇妙なことにどの技も、受け流すレイトからは、その力はほぼ同じだった。
助走で勢いをつけた横薙ぎであろうと、跳躍して重力の力を加えた唐竹であろうと、どれもこれも、今のレイトの技量をもって受け流すことができる限界の一歩手前の威力に収まっていた。
よくよく注意して見れば、彼女は自分の大太刀とレイトの剣が結ぶ直前に、フッと身体の力を抜き、柄を握る手の力を緩めているのが見て取れた。
それが決して手抜きではない。修行という目的のため、レイト自身の実力に合わせるために、力をセーブしてくれているのだということは分かっている。
だが、分かっているからそこ、レイトは自分の実力不足が情けなかった。
現に今の刺突にしても、彼女は剣先を押し込み切る前に大太刀を引き戻していた。
「まさかこれで終わりってことはないよな? レイト」
露を払って立ち上がったレイトをリュウカは叱咤する。まだお前の全てを見てねぇぞ、と、大太刀を構える。
「当たり前だ。修行はまだ始まったばかりだからな……」
「ハハハ、よく言った! じゃあ次はお前から斬りかかってこい。私から言わせてみれば、攻撃こそ最大の防御。防御から始まるものなんて何もねぇのさ!」
それはリュウカのように恐ろしく腕っぷしの強い者の言葉では?
一瞬、そう思ったものの、すぐさま考えを改める。この先戦うことになるのは、おそらくリュウカ以上に力の強い魔族。いつまでも防御とカウンターに頼っていては、いずれ強引に力負けしてしまうだろう、と。
スミゾメを左の脇に構え、重心を低く落とす。
「さぁ、来い!」
リュウカの挑発にも似た叫び声。瞬間、レイトは露を舞い散らせて地を蹴った。
大太刀を中段に構えるリュウカとの距離、約十メートル。
スミゾメを握る手に力が入る。
リュウカは動かない。ただレイトが放つ一撃を見極めんと、ジッと迫るレイトの動きを睨みつけるように目線で追う。
そして、レイトは重心を低くしたまま、リュウカとの一足一刀の間合いの先へと右脚を踏み込んだ。
刹那、
まずは一撃目……!
フッと、小さな吐息と共にレイトが放ったのは、大太刀を握るリュウカの両腕を狙った、左下から右上へ抜ける鋭い切上。
当然、リュウカも動いた。大太刀を僅かに左下、丁度レイトの放った斬撃の軌道に刃が交差する角度と位置へとずらす。
スミゾメが刃の上を火花を散らして駆け抜けていく。
受け流しからのカウンター。大太刀の腹で刃を滑らせつつ、リュウカは斜めに大太刀を振り上げた。
大太刀の勢いに呑まれ、大きく上方向に弾かれたスミゾメの刃が虚空を切り裂く。
当然、レイトには大きな隙が生まれる。そこをリュウカは見逃すはずはない。振り上げた大太刀を、無防備なレイトに向けて振り下ろす。
だが、レイトはそんなことは想定済みだった。想定し、敢えてリュウカが一発目の斬撃を弾きやすい向きと角度で放っていた。
……二撃目、これならどうだ⁈
脳裏に浮かべるのはジルバでのジーラフとの一戦。あの時、レイトのカウンターを完全に読み切り、利用し、レイトに致命傷を与えた。
それをこの場で再現する。
踏み込んだ右脚を軸に、左脚には弾かれたスミゾメから伝わる遠心力を乗せて。
弾かれたスミゾメの反動をそのまま利用した脇腹への回し蹴り。それが二撃目。
「うぉぉぉっ!」
重く鈍い音と共に、爪先がリュウカの脇腹にめり込む。だが、
「あ?」
リュウカの反応はそれだけだった。吹き飛び、倒れることはおろか、痛みに僅かでも顔を歪めることすらない。ただ怪訝な顔をしてレイトの顔と脚を交互に見比べる。
嘘だろ……? 勢いもタイミングも良かったはずなのに。
「ああ……、まぁ、仕方ないよな、こればっかりは……」
やがて、戸惑いを隠せないレイトの顔を見て、彼女の表情は苦笑いのそれに変わった。小さく溜息をついて、振り上げていた大太刀を降ろした。
「一度、休憩にするか。そろそろヴァルネロもこっちに来るはずだからな。それに、いくつかお前に伝えたいこともあるし」
「……ああ、分かった……」
「それじゃ、小屋の方に行こうか」
大太刀を軽々と片手で肩に担ぎ、リュウカは歩き出した。
そんなリュウカの背中を
……クソ、まだこれじゃあダメだ……。
酷い無力感に襲われながら、レイトは追った。