魔王様の秘密
「たーまやー!」
突如港の上に花火の如く咲いた巨大な金の爆発に、リュウカは満足そうに声を張り上げて叫んだ。
レイト達を始め、港の近くにいた桜花の住人達の視線をたった一人で釘付けにした爆発の炎は、瞬く間に金の光の粉へと姿を変え、ゆっくりと港へと降り注ぐ。
そんな光の粉の間を、黒焦げの鬼が一直線に落下していく様子が、レイト達のいる場所からでもはっきりと見えた。ついさっきレイトの目の前に座っていた鬼、サイガである。
「うわぁ……容赦ないわね……。大丈夫なの? 彼。生きてる?」
「ん? ああ。当たり前だろ? 鬼の身体ってのは魔族の中でも飛び抜けて頑丈で、治癒力も高いのはリシュアも知ってるだろ? だいたい、さっきのあの魔法、宴会や式典で花火を打ち上げる為だけに私が開発した妖術で、爆発や音は殆どただの張りぼてだからな。派手な割には大した火力はねぇのさ。現にアイツを打ち上げるのは今年に入って三度目だ」
「その割には結構黒焦げだった気がしたんだけど、まぁ自業自得よね。女の秘密をバラそうなんて、私でも二、三日醒めない眠りの中で悪夢を延々と見せ続けるくらいのことはするだろうし」
「いや、リシュア……そっちの方が私の花火より相当容赦ないことしてると思うけど……。でも、ま、自業自得なら何されようが仕方ねぇもんな! そこのお客人。レイトっつったか。あんたもこいつの秘密を探ったり口に出しちゃあいけねぇよ?」
「あ、ああ。そりゃ勿論。そんなことしないしない」
突然話を振られて、レイトは馬に跨る位置を前に移しながら答えた。
もともとそんな趣味は持ち合わせてはいないが、もしリシュアの可愛い方面だかポンコツ方面だかの秘密を握って楽しもうなどという輩がいたとして、つい今しがたの彼女の話を聞いた時点でそんなものは跡形もなく消し飛ぶに違いなかった。
「おう。それを聞いて安心した。今リシュアの恥ずかしい秘密を知ってるのは私とリシュアのおやっさん十分だからな」
はっはっは。とリュウカは身体をのけぞらせる勢いで豪快に笑った。その後ろでリシュアの顔が急に赤くなっていく。
「ちょっと⁈ リュウカが知ってる私の秘密って何⁈」
「んー? いつかうちらの城に訪問してきてくれた時に盛大にやらかしてただろ? もう数十年以上も前の話だけど、私はしっかり覚えてるんだな、これが」
ますます顔を赤くするリシュア。頭をフル回転させて、記憶の中からリュウカの言う恥ずかしい秘密と思しきものを発見したらしい。
「いったいどれよ、いつの話よ⁈ もしかして夜桜見物の時、突然出てきたゴーストに驚きすぎて漏らしちゃった、あのはな…………」
事のまずさに途中で気付いたのか、リシュアは無表情になって口をギュッと真一文字に結んだ。
だが、時間は巻き戻らない。
「いや……その……なんかごめん……ほんとごめん……」
「うぅ…………よりにもよって一番嫌な思い出を…………うぅっ……恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい……」
ぎこちない笑顔を浮かべたリュウカがその肩をポンと叩くが、リシュアは両手で顔を覆ったままカタカタと小刻みに震えている。
やがて、指の隙間から涙で滲んだ目を覗かせて、レイトに聞いてきた。
「ねぇ、レイト。 今の話……聞いてた?」
「あ?、ああ。でも、さ。ほら、それくらい別に気にする必要ないと思うぞ? 俺だって小さい頃はシーツに大陸の地図作ってたし……」
「レイトの言う通りだぞ! リシュア。私だって昔は村の男子にちょっと驚かされたってだけで涙と一緒にちびってたもんだ。レミィだってそうだろ?」
最後尾を進んでいたライナが突然話に入ってきて、ついでにレミィまで巻き込む流れで言った。
「え、えぇ……⁈ そりゃまぁ多少はあったと思いますけど…………」
リシュアほどではないものの、ポッと顔を赤らめながらも、レミィは小さく頷いた。
(いったいどうしてお漏らしの報告会みたいな流れになってんだ……。でもまぁ、リシュアを少しでも慰められたのならいいか……)
だが、レイトの考えとは裏腹に、どういうわけかリシュアは顔から湯気でも出そうな勢いで真っ赤になっていく。
「…………うぅ……みんな……ありがとう……。だけどね……それって幼い頃の話でしょう……うぇっ……ぐすっ……」
「「「え?」」」
顔を覆ったままのリシュアが鼻声で漏らしたその発言に、レイト達の口からは思わずそんな声が出た。
「……ああ、悪いなお客人達……もう本人が九割がた答えを言っちまったから、私が代わりに言うけどさ……」
思い切り深い墓穴を掘ったリシュアの頭を撫でながら、リュウカは苦笑まじりに口を開いた。
「さっきのリシュアがゴーストに驚いて云々って話な。まぁ私は「夜桜小川事件」って呼んでるんだが……年齢的には人間で言うところの成人した後なんだ……」
「「「あー……」」」
再び三人揃って同じ声。
流石にこればかりはレイトもライナもレミィも、いったいどうフォローしたものか、まったく思いつかなかった。
結局、このまましばらくリシュアの機嫌は治らず、レイト達三人とリュウカはひたすら慰めの言葉をかけながら、緩やかな坂の向こうに聳える城を目指し、馬を進めるのだった。




