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乙女の秘密に触れるべからず

 「リュウカ⁈ リュウカじゃない!」


 自分の名前を呼びながら、港目掛けて一直線に馬を走らせる緋袴の鬼の姿をリシュアは一瞬だけ凝視して、リシュアは驚きと歓喜の入り混じった声を上げた。


「知り合いなのか? あの先頭の鬼と」


「ええ。なんか前会った時からすごく雰囲気が変わってるけど、あの顔と声は間違いないわ!」


 旧友との再会に心を踊らせて、リシュアは甲板から桟橋へと、翼を小さく羽ばたかせて跳んだ。


 それとほぼ同タイミングで、桟橋まであと十数メートルというところにまで迫ったリュウナは、何を思ったのか突然馬上に立ち上がると、次の瞬間、両腕を広げて真っ直ぐに前へ跳躍した。その軌道上には運悪く、今まさに桟橋へと着地せんと甲板を離れ、宙に躍り出たリシュア。


もはやお互いに避けることなど出来るはずもなく、


「「あ」」  


 そんな間の抜けた声と一緒に、二人の身体が重なった。


 幸い、両腕を広げていたリュウカがリシュアを抱き止める形となって、ギリギリのところで激突は回避できたようだが、それでも爆走する馬上から弾丸よろしく飛び出したリュウカの勢いは止まりはせず、リシュアを腕の中に抱いたまま錐揉み状態で桟橋の端を越えて、盛大に飛沫を上げながら冬の海へと落ちた。


*   *   *


 リシュアとリュウカの突然の海中ダイブから十分ほど後、レイト達はギアンを始めとした航海を共にした船乗り達に見送られ、桜花領主であるカムイの居城を目指し、馬に揺られていた。


 当然ながら、先頭を行くリュウカの馬にはびしょ濡れの身体でレミィから借りたマントに包まって震えるリシュアが、そしてその後方の三騎にレイト達三人がそれぞれ同乗している。


「ああもう……どうして到着早々冬の海で泳がなくちゃならないのよ……」


「ハハハ。すまない、久し振りにリシュアの姿を見て、身体が勝手に弾んでしまってな…………というかそのマントちょっと私も入らせてくれないか。実を言うと私もめちゃくちゃ寒い……」


「どう考えたって一人分の大きさしかないわよ。リュウカが昔のままの姿なら入れたかもしれないけどね」


 渡すものかと言わんばかりにリシュアはマントをさらにきつく体に巻きつける。


「うっ……仕方ないだろう? 成長期だったんだから!」


「それにしたってデカくなりすぎじゃない? 背丈も胸も。最後に会った時は私と同じくらいの身長だったのに……」


 リシュアの言う通り、確かにリュウカは大きい。身長で言えばレイトよりもさらに十センチ程は高く、そもそもの身体つきも筋肉質でガッシリしている。


 そんな彼女の後ろに乗っているせいで、元々そこまで身体の大きくないリシュアの姿は、ひと周りもふた周りも小さく見える。


「私だってあの頃のままが良かったけどさ。隊長職なんてモン任されちまったからにはそれ相応の力をつけなきゃならないだろ? で、ひたすら山奥の妖怪相手に修行して、気が付いたらこんな身体になってた……」


「あーそうなの……なんというか……お互いにご愁傷様ね……」


「本当、桜花領主の家系の宿命とはいえ、なんで私が隊長なのさ……」


 リュウカはしっかり六つに割れた腹筋を撫でて溜息をついた。


 そんなしょぼんとしたリュウカの愚痴に


「隊長、あんな図体して結構可愛いとこあるんすよ?」


 と、レイトを後ろに乗せている鬼の兵士がなんとも幸せそうな顔をしながら振り向いて言った。


「あ、ああ。そうなのか……たった今会ったばかりでイマイチわからないけど……」


 港で馬に同乗した時には一言も喋らなかった彼の様子の変わり様に若干引きながら、レイトはそう曖昧に返事をするしかなかった。


 が、鬼の方はレイトの事情など御構い無しで、


「レイトさん……でしたっけ、あなたもきっと気づきます。いや、気づかなきゃいけない! 隊長の……リュウカ様の可愛さに……」


 前も見ないまま器用に馬を操りながら、完全に身体をレイトの方に捻って、ずずいっと顔を近づけて来た。


「い、いや……急にそんなこと言われても……」

 

「いいえいいえ! それじゃあ今からあの方の魅力を語ってあげますよ!」


 目の奥にハートの炎を燃やしながら早口でグイグイ迫ってくる鬼。二人を乗せる馬の方は慣れっこなのか、背中の上の小さな騒ぎには全くと言っていいほど無関心な様子で前を行くリュウカの馬の後を進んでいく。


 ちなみに、このリュウカ様が大好きな鬼が、普通の会話以上の声量で展開する熱弁は、当然、僅か数メートルの距離などたやすく飛び越えてリュウカ本人に筒抜けである。


 その証拠に、レイトの方を向いて早口でリュウカの魅力的なものを列挙する鬼の背後に、殺意剥き出しの文字通り鬼の形相をした御本人がこちらを向いているのが見えた。

 

「ハ……ハハ……」


「ん? レイトさん。どうかされました? あ! まさかもうリュウカ様の魅力に気付かれて声も出ないとか⁈」


 いや、気付かれてるのはお前のその言動の方だぞ。


 と、ツッコミの一つも入れたくなったが、下手に会話に乗ってはいけないと、レイトは自分を諭す。下手をすれば彼女の怒りの対象に自分まで入りかねない

 

 そんなレイトの目の前で、鬼は背中にこれでもかという程の殺気を浴びせられているというのに、呑気に彼女の魅力を延々と口から放ち続けている。話し始めてまだ五分程しか経っていないというのに、彼の挙げる魅力の項目はゆうに五十超え、まだその勢いは衰えを知らないらしい。


「あ……」


 一瞬、リュウカと目が合った。


「ど……ども……」


 露骨に目をそらす訳にもいかず、レイトはぎこちない笑顔を作るしかなかった。リュウカの後ろに座るリシュアから送られている憐れみの視線も地味に精神的にくるものがある。


 だが、幸いリュウカはそんなレイトの様子に気づいてくれたらしく、レイトに向けてニカッと笑ってみせた。そして同時に、彼女の右手がスゥッと上がり、レイト達の方へと向くと、何やら煌々と光を放ち始めた。光はすぐさま掌の中で収束し、一つの黄金の光の球となり、グングンその大きさを増し、スイカほどのサイズになって成長をやめ、今度は今にも爆発しそうな勢いで明滅を始めた。


 笑顔を崩さぬまま、どう見ても高威力な魔法攻撃を構築していくリュウカ。こんな状況になっても彼女の魅力の列挙は続き、九十九番目を言い終わったところで、ようやく鬼は一息ついた。彼の背中の向こうでは、光球が妙な縦回転を開始している。


「ふぅ、次でようやく終わりですよ。レイトさん。これが僕のとっておきでして……」


「あ、ああ……。もう九十九で十分なんだけど……」


 根拠も何もない直感。何かこの最後の一つを言わせてしまったらヤバいという得体の知れない不安がレイトの背中を撫でた。さりげなく、やんわりと断ってみる。


「何を言いますか! 最後のこれこそ僕渾身のネタです! これこそがリュウカ様の可愛さの真髄!!!」


 ここまで彼女の殺気を物ともせず語り続けてきた彼が、今さらレイトの言葉で止まるはずはなかった。


 深呼吸を一つして、紡がれていくリュウカ様の魅力。万事休すかと思われたその時


「実はリュウカ様、幽霊が苦手でして……夜一人でかわ……「伏せてな! お客人!」」


 一番重要な部分を搔き消すようにリュウカの怒声が轟いた。


「ふぇっ⁈ もしかして聞かれてた⁈」


 尊敬すべきリュウカ様の声に、正面へ振り向いた鬼は、目の前で輝く光球と、その向こうから放たれる殺気に、素っ頓狂な声をあげた。


 いや、本当に気づいてなかったのかよ! と心の奥で叫びながら、レイトは自分史上最高の速度で馬の背中にピッタリと伏せた。


 直後、


「サイガァァァァァァァァッ! いっぺんあの世に行ってきやがれェェェ!」


 そんな怒声とともにぶっ放された光の球は、レイトの目の前の鬼、サイガの胸にに直撃した。 


「ウボァッ⁉︎」


 光球に押し出される形で馬の背から浮き上がるサイガの身体。そのまま正面にサイガを貼り付けたまま、光球は高度と速度を上げながら港の方へと飛翔して、丁度桟橋の上あたりで一気に爆ぜた。


 


 






 




 





 


 





 


 


 






 







 


 

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