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別れと手帳とスマートフォン

 「なるほど、うん、そういうことなら魔王討伐は君たちに任せるよ」


 あの後、夕食を取ってから部屋に戻ったリシュアは、リョウジに「魔族の手で魔王を討伐する」という自分の悲願を打ち明け、リョウジはそれをすんなりと受け入れた。


「話が早くて助かるわ。リョウジ君」


「いやぁ、「できれば働きたくない」が僕の信条だし、なによりこんなにかわいい魔族からのお願いを聞き入れない選択肢はないよ」


「フフ、ありがとう。それじゃあ、三人の門出と幸運を願って乾杯しましょうか」


 事前にレイトが買ってきていたワインをグラスに注いでリシュアは言う。

 

「「「乾杯!」」」


 チンとグラスのぶつかる音の向こうで、ゆっくりと夜が更けていく。


 翌朝、寝不足の目を擦りながら出発の準備を整えた三人はロビーにいた。


「それにしても、いいのかリョウジ。俺らの分の宿代まで払ってもらって」


「あぁ、いいんだよ。 僕に代わって魔王討伐を引き受けてくれている君たちへの感謝からすればこれくらいまだまだ大したことないしね」


「それで、リョウジ君はこれからどこへ向かうの?」


「そうだなぁ、とりあえずいろいろ旅しながらこの世界を見て回ろうと思う。そのあとのことはそれから考えるさ。っと、忘れるところだった。二人とも、右手を出してもらってもいいかな」


 言う通りに右手を出した二人にリョウジは小さくうなずき、懐から取り出したスマートフォンを起動すると、サッと、その手の上にかざした。ブウゥンという音とともに画面が二、三度淡い青色に輝いたが、二人の身体には何ら変化はない。


「……なにしたの?」


「転生時に貰った能力というか機能というか、とにかく今ので君たちといつでも思念を介して連絡を取れるようになったんだ。これでいつでも互いに情報や安否を知らせることができるってわけ。そっちから呼び出すときは「コール、リョウジ」って唱えてくれればこのスマホに連絡が入るからなにかあったらバンバン呼んでもらって構わないよ」

 

「お、おう。なにからなにまでありがとうな。リョウジ」


 理屈はこれっぽっちも理解できないが、とりあえずいつでも距離関係なしに一瞬で会話ができるようになったらしい。


「えぇ、本当に助かるわ。改めてありがとう。また会える時を楽しみにしているわ」


「うん、僕も君たちの魔王討伐が無事に達成されることを祈っておくよ」


 最後に軽く握手をして、二人は一足先にランドーラを出発するリョウジと別れ、冒険者ギルドへと向けて歩き出した。


*  *  *


 冒険者ギルドは、まだ朝早いというのにすでに受付には長蛇の列ができ、そこかしこでパーティーメンバーを募る冒険者達でやかましいくらいに賑わっている。


「とりあえず待ち時間は二時間ってところかしら……。はぁ、ギルドに登録しなくてもいいんじゃないかって思い始めてきてるわ……」


 『最後尾はこちらです』と書かれた小さな看板を持たされて、うんざりした様子でリシュアは愚痴をこぼす。


「まぁ少し我慢してくれ。後々「あの時登録していれば」みたいな後悔はしたくないし、登録さえしておけばこれからの旅で何かと役に立つんだよ」


 冒険者ギルドは文字通り冒険者の組合であり、そこに登録し、所属しておくだけでクエストの斡旋や消耗品購入の際の割引などなど冒険者にとって有用なサービスを受けることができる、言わば冒険者にとっての形のない必需品だ。仮に路銀が尽きてどうしようもなくなった場合でも、ギルドの登録証があれば、無償で眠る場所や簡単な食事を提供してもらえる施設さえ存在するのである。


 その後二人は徐々に口数も減り、ただただ突っ立ったまま並び続け、二時間半が経過したところでついにあと一人というところまでたどり着いた。


「……ようやくか」


「……ようやくね。あ、一つ言い忘れてたけど、登録の時ちょっと偽名使うから、何か言われたら口裏あわせてね。各地に情報網を持っているギルドのことだし、もしヴァーミリオンって苗字で怪しまれたりしたらたまったもんじゃないから。」


「あぁ、はいはい。まかせとけ」


「次の冒険者の方どうぞ~」


「あ、はい」


 受付担当の女性は終始のんびりした口調で手続きを済ませていく。


「それではレイト=ローランドさん、リシュア=リーヴェルトさん。登録手続きが完了しましたので、こちらに手を触れてください」


 そう言って二人の前に二冊の小さな手帳が差し出される。


「こちら最近発明された最新型の手帳で、触れてもらうだけで個人登録、魔力や筋力などの能力値とそこから換算されるレベル、受注中のクエストや地図などが表示されるようになっています」

 

「あ、そういうことね。わかったわ」


 ふむふむとうなずいてリシュアが先に片方の手帳に掌を置く。刹那、手帳が赤黒く輝き浮き上がったかと思う間もなく、バラバラとページが捲れ、とてつもないスピードで何か文字や記号が自動で刻まれていく。

 

 そして、最後のページまで刻まれた後、手帳は何事もなかったかのようにスッとリシュアの手元に着地した。


「見せていただいてもよろしいでしょうか。きちんと情報が書き込まれたかどうか確認しますので」


 そう言ってリシュアから手帳を受け取った受付嬢はパラパラと数ページ捲るとあるページでその手を止め、夢でもみていたのかしらと言わんばかりに目を擦り、もう一度凝視した後、上目遣いにリシュアを見て聞いた。


「……リシュアさん。すごいです。筋力とかは人並みですけど魔力量がとびぬけて高い。それに魔力の属性も一応全属性をお持ちのようですけど、極端に暗黒属性方面に偏ってます。もしかしてリシュアさんって……魔族の血とか流れてます?」


 ギクリ、とリシュアの表情がこわばる。先祖どころか現役の魔族である。


(魔力の属性とかそんなところまで見られるなんて知らないわよ!!!)


「さ、さぁ? 先祖についてなんて調べたことないから……。あ、もしかしたら父がかなりの魔法の使い手だったから、その遺伝? みたいなやつかも、あははは……」


 震える声でどうにか誤魔化そうとするリシュアをよそに、受付嬢はリシュアの言葉をすんなりと飲み込んだようで、パンッと両手を叩いてうんうんと頷く。


「あー、そうだったんですか。私ったら変なこと聞いちゃって、すいません。とはいえ、この圧倒的な魔力量はアドバンテージになりますよ。頑張ってくださいね!」


 にっこり笑う受付嬢。彼女の笑顔に愛想笑いで返しながら、リシュアはさりげなくレイトの後ろに下がった。


「次は俺かな」


 意気揚々とレイトは掌を残ったほうの手帳に置いた。するとリシュアの時とは違ってほんのりと白い光が漏れた後、同じようにページに情報が刻まれていく。


 いったいどんな魔法が使えるのか、表情こそ変えないが、内心でワクワクするレイト。だが、無残にもその期待は受付嬢の次の言葉で打ち砕かれることになった。


「……普通ですね、筋力が平均より少し高いのと、魔力属性が無いというのを除けば、普通の冒険者の能力ってところです」


 手帳を確認した受付嬢はレイトとその背後のリシュアを見比べながらそう言った。


「魔力属性が無いってのはいったい……」


「その言葉の通りです。要はファイアとかブリザードとかそういう五大属性の魔法は習得できないってことです。現状でレイトさんが習得できる魔法は無属性の障壁魔法と身体強化魔法の類くらいですね。まぁ、そこらへんはあまり気にしなくていいと思います。魔力属性が無い人はたまにいますから」


 そう言って受付嬢は得意のにっこり笑顔とともにレイトに手帳を返すのだった。





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