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魔王城の晩餐

 「それにしても、良かったのですか、ガルアス様。もう直ぐ第三皇女不在の好機が訪れるというこの時期に、奴の為とはいえ、東方攻めなど命令されて……」


 リムレニア城の最下層の一室、晩餐の間で、参謀のベルエル=グレムリアスが、何品もの料理の皿の載ったテーブルを挟んだ向こうに座るガルアス様に言った。


 普段は少しばかり賑やかな食卓も、今日は時折食器のカチャカチャという音がするだけで、静寂の中にいる。


 喧騒の筆頭たるギムレーを始め、アルヴィースとリベルの三人の将と、もう一人の参謀セシリアはちょうど船の上。残る四将の一人、「雪花姫」ロストはそもそも城には滅多に現れない。


「構わん。ギムレーに計画を狂わされることだけは避けるべき問題…………その前に、いい加減にその敬語を止めてくれ。これで何度目だ、ベルエル」


 頭の後ろを掻きながら、ガルアスは言った。


「あ、ああ。申し訳ござ……すまん。だが、正直今回の東方攻め、元より勝敗は関係ないが、それでも十中八九、完全なる負け戦になると思うぞ」


 葡萄酒の注がれたグラスを傾け、ベルエルは眉を顰めた。


 ガルアス自らが発案したこの東方への侵攻は、真の目的こそあれ、かなり危険を伴うものであった。


 ベルエルの言う通り、東方の島々、特に群島の中心に位置する「桜花」の誇る兵力は、魔王軍の最高幹部が四人いたとしても、手早く打ち崩す事は不可能に近い。あの強固な防御と兵力相手に本気で勝利を考えるのであれば、一年以上かけてじっくり崩すのが定跡。下手に攻め急げば逆に手痛い反撃を受ける可能性は十二分にある。


 その事実は、ギムレー以外の四将とセシリアに対して、ガルアスから知らされていた。


 知らせた上で、ガルアスは今回の東方攻めを命じたのだった。


 曰く「ギムレーが程よく暴れたところで帰還しろ」と。


 今回の戦争は、あくまでギムレーが溜め込んだ戦闘欲を少なからず充たさせる為のもの。故に、ギムレー達に同伴させている兵士は全て、ベルエルの召喚したゴースト達である。いくら死のうとベルエルの詠唱一つで無限に生み出すことが出来る。


「構わん。四将とセシリア以外の兵達は幾らでも換えが効くのだからな」


「ああ。あの兵士達の運用方法はそれで正しい。あの群島を覆う転移阻害の結界も、セシリアが穴を開けてくれれば追加の兵士をここから送り込める」


 かの四帝ヴァルネロは、遥か昔に彼と共に戦場を駆け抜けた勇士達を召喚する死霊魔法を使うが、ベルエルの使うそれは、名も無き死者の魂を無差別に呼び起こし、それを兵士としての形で覆い、使役するもの。元より絆や愛着などは微塵もなく、使い勝手のいい駒でしか無い。


「まぁ、最低限の目的の達成は余裕だろうよ。それよりも今は皇国攻めの方を考えねばな。ベルエル、石の方の探索はどうなっている? あれがあって初めて我らの悲願は成就するのだ」


 ナプキンで静かに口元を拭いて、ガルアスはパチンと指を鳴らした。ものの三十秒と経たずに、調理室の方から部下の下級悪魔が二人、それぞれが麦酒の注がれた木のジョッキを一つずつ、小さなワゴンに乗せて運んでくる。


「おお。その件ならば順調に進んでいる。魔力探知の結果からしても、やはりあの石が眠る場所は伝承の通りだろう」


 悪魔からジョッキを受け取りながら、ベルエルはクククと笑う。


「やはり、か。ならば計画はそのままで進めることが出来るな。つまり……」

 

「皇都を攻め落とし、そのまま彼の力を解放する。クク、想像しただけでここまで気分が高揚する戦争はいつ以来だろうか、ガルアス」


「同じく。もうじき種族間の戦争など意味のない世界が訪れる。元魔王のように遠回りなことをせずともな」


 互いに笑い合いながら、二人は手にしたジョッキを高らかに掲げる。


「やはり、戦を語る時は、上品な葡萄酒よりも、この麦酒に限るな」


「ああ。同感だ。それじゃあ、これからの魔王の覇道と悲願成就を願って」


「我が臣下達の活躍を願って」


「「乾杯」」

 

 言うが早いか、二人はジョッキを殆ど逆さにまだ傾けた。並々と注がれた麦酒が口元から溢れるのも気にせず、勢い良く飲み干していく二人には、もはや先程までの上品さは欠片も無い。


 今この場にいるのは、魔王とその臣下の参謀などではなく、かつて共に戦場にその名を轟かせた二人の戦士だった。


 一度戦に姿を表せば、味方の士気は跳ね上がり、敵の軍勢はその勢いを一息に崩す。「巨神槍のガルアス」と「冥府の鍵守ベルエル」


 二人が空になったジョッキをほぼ同時に激しくテーブルに叩きつける音が、晩餐の間に鳴り響いた。



 



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