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二つの航路(中編)

 「まったく。急な呼び出しがあるから予定が四、五日早まったのかと思って来てみれば、まさか舵とマストをやられて漂流中とはな」


 周囲を一瞥し、アルヴィースは感情の篭っていない声色で言う。


「ごめんなさいね。まさかあんな嵐が来るとは思わなかったのよ。全員無事なだけ良かったと思ってほしいわ」


 ギムレー程ではないが、セシリアもこのアルヴィースという男はあまり関わりたくない人物であるのは確かだ。アルヴィースに留まらず、彼の一族、ブラックロータスの人間は、彼女の知る限りどこか致命的に壊れている。


 ギムレーの言う通り、人間味が感じられないのだ。とはいえ、このアルヴィースも魔王軍の新たな四将の一人。魔法の腕もさることながら、戦いにおける判断力と柔軟性は折り紙付きだ。 


「それで? こんな漂流船に俺を呼んで、どうしろと言うんだ?」


 フードの下から暗い光を宿した目でセシリアを観察するように見つめながら、アルヴィースが聞いた。


「あ、そうそう。その事なんだけど、貴方の魔法で、この船を東方まで運んでくれないかしら。風で船を押すなり、転移させるなりして」

 

「……俺を便利屋か何かと勘違いしていないか? お前の提示した二つの案だが、そのどちらも不可だ。俺には出来ない」


「あら、どうして? 天下のブラックロータスの人間なら、それくらいの魔法、使えるものだと思ってたんだけど。ほら、あの魔力消費のない魔法とか」


 相変わらず無表情を貫くアルヴィースに負けじと、セシリアは皮肉たっぷりに言う。


 ギムレーなら、この辺りで我慢の限界を迎えて突っかかってくるだろう。だが、それでもアルヴィースは眉をピクリとも動かさず、ただ瞳の奥にセシリアの姿を映すだけだった。


「悪いが、俺のオリジン・アーツの属性は雷なんでね。風を起こす事はできん。加えて転移魔法の方だが、俺が作る転移の門は人が数人通れるサイズが限度。とてもこの船などは運べんよ。潔くそこらにいる幽霊兵士にオールを漕がせる方が得策だと思うが……」


「えー……それじゃあめちゃくちゃ時間かかるじゃない……。ただでさえ航路を外れてるって言うのに。これじゃ皇都の方の作戦に遅れてしまうかも……」


「ならば今、この作戦そのものを中止すればいいだろう? 元々、船首で寝ているあいつ以外には利益のない戦いだからな」


 あくまで冷静に、アルヴィースは言う。「あいつ」と言うのは勿論ギムレーの事だ。


「そのあいつが問題なのよねぇ……」


 大きな鼾をかきながら細い船首の上で器用に仰向けで眠るギムレーの姿をチラリと見て、セシリアは溜息を吐いた。


 今回の東方攻めは、言ってしまえばガルアスの思い描く世界支配の行程に対して何のメリットもない。ただ単純に、家臣たる四将ギムレーの、溜まりに溜まって爆発寸前の鬱憤を晴らさせる為の戦。その勝敗に関わらず、ギムレーを心行くまで暴れさせる為の戦いである。


 故に、率いる兵士は量産と再生が可能な幽霊兵士であり、同行する魔王軍幹部も、ギムレーの他は監視役のセシリアと、補佐役の四将アルヴィースの二人しかいない。


 緻密に対皇国への戦争準備をしてきたガルアスにとって、現状、唯一のは四将ギムレーのその性格だった。


 まず、ギムレーという男の辞書に、我慢の二文字は存在しない。


 戦闘面を買ってギムレーを四将の一角に配置したガルアスだったが、かの最強と謳われるミラネア皇国の第三皇女とその軍勢が大陸に存在する今、彼が我慢の限界を迎えて皇国内のどこかの街を襲撃でもすれば、間違いなく以降の魔王軍の皇国侵攻の難易度は跳ね上がる。ガルアスにとって、それだけは是が非でも避けたかった。


 そこでガルアスが打ち出した策が、今回の東方攻めだった。


 多数の島々からなる東方は、閉鎖的な国として世界にその名を知られている。


 外海の国々との正式な国交を持たず、海を行き交う者は、その殆どが私的な貿易ルートを持つ商人か、世界を旅する冒険者である。


 それ故に、仮に魔王軍が東方の島々に対して全軍を率いた派手な侵攻を行ったところで、ミラネア皇国はいっさい動かないだろうという意見が当の本人たるギムレーを除く魔王軍幹部内での考えだった。勝てるかどうかは別として。


「いっそのこと、今ここであいつを殺して、別の四将を探すのはどうだ?」

  

 鼻提灯まで膨らませ始めたギムレーを一瞥して、アルヴィースが言った。


「何言ってるのよ、あいつはアレでもガルアス様が直々に選んだ人材よ。私達が勝手にどうこうできるわけないでしょう。戦闘能力は相当高いようだし、いざ皇国との戦争に突入した時には化けるでしょうよ」


「ククク、冗談だ。しかし、現状で予定通りに東方へ辿り着かねばならないとなると…………やはり、あの方法が良いのかもしれんな」


「あの方法?」

 

「あぁ。押してダメだというなら、引いてみれば良い。ちょうど四将に、御誂え向きな奴がいるだろう?」


「御誂え向きな奴って……もしかしてリベルのこと?」


 脳裏に純白の鱗を纏った巨大な龍の姿を思い浮かべながら、セシリアは聞く。


「その通り。あの巨体なら、この船とて容易に牽引出来るだろうよ」


「……確かに、彼なら適任ね」


 四将が一人、「嵐帝王」の異名を持つ巨龍のこの後の苦労に同情しつつ、セシリアはアルヴィースの提案に頷いた。





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