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二つの航路(前編)

 「これが鋼鉄蒸気船……」

 

「なんだか見るからに強そうというか、これならどんな海でも越えられそうです……」


「とりあえず……なんかカッケェ……」


 目の前に鎮座する未知なる鋼鉄の船に、レイト、レミィ、ライナは口々に感嘆の溜息をついた。リシュアはといえば、過去に見慣れているのか、特に驚いた様子もなく、船全体を眺めている。


「出航は今から四時間後とする。それまでに各種食料、燃料の積み込みと各部の点検をしてくれ。慣れない船だろうが、機関の構造自体は現在の東方の船と変わらない。よろしく頼む」


「「「御意!」」」


 ギアン老人の一声に、ニライを含む男達が一斉に作業を開始していく。


「それでは冒険者の方々はあそこの部屋で休んでおられるといい。本来なら、お客人はアイゼンの街で歓迎したいのだがあの氷漬けの状況では、まだこちらの方が快適であろうからな」


 甲板や船台の周りを慌ただしく動き回る男達の様子に穏やかに頷いて、ギアン老人はレイト達にそう伝えた。見れば入り口の向かい側の壁に木製の扉があり、「休憩室」と書かれた木の札がドアノブに吊り下げられてユラユラと揺れている。


「手伝わなくていいんですか?」


 レイトの質問に老人は軽く首を横に振る。


「なぁに、今はまだ、客人の手を煩わせる訳にはいかんよ。それに餅は餅屋と言うだろう? 船の整備は彼奴らに任せておけば問題ない」


「ああ、分かりました。それじゃあ俺達はあそこの部屋で休ませてもらいます」


 一瞬、「今は」という老人の言葉に疑問を抱きはしたものの、これといって追求する気も起きず、レイト達は休憩所の扉へと足を向けた。


「ああ、そうそう。すまんが、そこのお嬢さんは少し、儂の話し相手になってくれんかな」

  

 歩き出してすぐ、背後から、何かを思い出したかのようにギアン老人がリシュアを呼んだ。

 

「……私?」


「そうだ。なに、数分で終わる他愛もない話だ。嬢さんを見ていると何か懐かしい気分になってしまってな……」


「あ、そう言うことですか。私でよければ全然大丈夫ですよ。レイト達は先に休憩室に行っててちょうだい」

  

 嘘ね。と、直感的に感じながらもリシュアは目の前の老人の頼みに、にこやかに応じる。別に懐かしい気分になったわけではなく、最初から何か自分に話したいことがあったのだろう。


 何のために嘘をついているのかまでは流石に分かりはしなかったが、ギアンの言葉には、悪意やその類の黒い感情は感じられなかった。


「さてと、引き止めてしまってすまないが……」

 

 レイト達が休憩室の扉の向こうに消えるのを見届けてから、ギアン老人は濁りのない目でリシュアを真っ直ぐに見つめて言った。


「お嬢さん、人間じゃないだろう?」


*  *  *


 アイゼンから北に百キロ程の洋上に、一隻の帆船が浮かんでいた。


 天気は快晴。雲一つない澄み渡った青空の下を潮風がゆらりと吹き抜けていく。


「はぁーっ、暇だなオイ。一体いつになったら東方とやらに着くんだ? この船はよぉ」

 

 三本あるマストの内二本を根本からへし折られ、残った一本に張られた帆もビリビリに裂けて、殆ど風の恩恵に見捨てられたと言ってもいい姿のその船の船首に一人の獣人が腰かけて、大声で喚き散らしている、


 獣人の名はフェリル=ギムレー。ガルアス率いる新生魔王軍の四将の一人にして、アイゼンの街を襲撃した張本人である。


「あらあらぁ? またそんなこと言って。荒れ狂う嵐の海域に船を猪みたいに突っ込ませた挙句、帆を破って舵をぶっ壊したのはどこの誰なのかしら?」


 その四将に馬鹿にしたような口調で話しかけるサキュバスが一人、腰の真ん中あたりから生えた大きく紅い蝙蝠のような翼で羽ばたきながら、フヨフヨと船首側のマストの上から降りてきて、ギムレーの周りをクルクルと舞う。


「うるせぇよセシリア。だいたいあの突然の嵐じゃ、俺の代わりに幽霊兵士が舵輪握ってたって避けられやしねぇよ」


「避けられなかったとしても、帆を畳んで錨を下ろすなり、他の方法はあったと思うのだけれど。ま、ちょっと貴方の頭には難しすぎたんでしょうね」


 背中まで伸びた艶やかな黒髪を風になびかせ、長い尻尾の先端を指先で撫でながら、セシリアという名のサキュバスは、彼の頭上からさらに煽る。


「ぐっ……馬鹿にしやがって。次言ってみろ、お前のその翼と角、ズタズタに切り落とすからな!」


「あらできるものならやってみればいいじゃないの。私の纏う魅了(チャーム)に耐えられるというのならね」


「おうおう、その言葉、そのまま返してやるよ。やれるもんならやってみやがれってなぁ!」

 

 バチバチと火花を散らして睨み合う二人。その少し後ろに、一人の幽霊兵士が何やら言いたげな様子で突っ立っている。  


 彼に最初に気が付いたのはセシリアだ。


「あら、ごめんなさい。何かしら、可愛い幽霊さん」


 牙を見せるギムレーとの睨み合いを放り出して、セシリアは幽霊兵士の元へと舞い降りて聞いた。

 

 幽霊兵士はすぐ目の前に立つセシリアの身体から溢れる魅了(チャーム)のオーラに、少しばかり青白い顔を赤らめながら、船首とは逆、他の幽霊兵士達があくせく動き回る甲板の真ん中を指差した。


 (少しは言葉を喋る機能もつけて欲しかったわね)


 今頃は魔王城で事務作業に勤しんでいるであろう、目の前の幽霊達を生み出した魔王軍の参謀、ベルエル=グレムリアスに心の中で不満を漏らしつつ、セシリアは兵士の指差した方向に視線をやった。

 

 彼女の視線の先、甲板中央のすぐ上の空間にピシリピシリと無数の亀裂が走っていく様子が見て取れた。


「ギムレー、彼らが来たみたいよ」


 セシリアの連絡に、ギムレーは立ち上がるでもなく、逆に船首の上に仰向けで寝転がって目を閉じてしまった。


 目を閉じたまま、面倒臭そうにギムレーは言う。


「あぁ、そうか。相手しといてくれよ。俺はどうもあの手の人間味の無い人間が嫌いなんでね」


「はいはい。でも、同じ四将同士、仲良くしなきゃダメよ?」


「うっせぇ、お前は俺の保護者か何かかよ、淫乱女」


「あらあら、怖い怖い」


 「保護者」っていうのもあながち間違ってはいないんだけどね。とセシリアはフフフと意味ありげな笑みを浮かべて、完全に開きつつある空間の裂け目へと向かった。


 裂け目の向こうには一人の男。全身を漆黒のローブで覆い隠し、目深にかぶったフードの下から、黒蓮華の刺青がその身を覗かせている。


「久しぶりね、アルヴィース」


 自らの放つ魅了(チャーム)を浴びても顔色一つ、表情一つ変えずに裂け目の向こうから甲板へと現れたアルヴィースを、何度会ってもなかなか消えない不気味さを感じながら、セシリアはにこりと笑って出迎えた。






 


 









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