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ルーザーズ・フィスト

 突然に聞こえた生存者の声に、リシュアは慌てて展開中の魔法陣を宙に霧散させた。


「頼む! ここから出してくれ!もう三日も閉じ込められたままなんだ! 礼なら何だってする!」


 どうやら閉じ込められているのは若い男らしい。


 ようやく掴んだチャンスを逃すまいと、凍りついた扉の向こうから必死の叫びとドアを激しく叩く音が聞こえている。


「……えぇ、安心して、誰かは知らないけれど、私はあなたを見捨てないわ。だから少しだけ待っていてもらえるかしら?」


 切実な男の願いに、後ろで聞いていたレイト達がビックリするほど優しげな声でリシュアはそう言った。


「よかった……もし、中からできることがあればなんでも言ってくれ」


 扉の向こうの声は、少しばかり落ち着きを取り戻したようで、安堵の溜息が微かに聞こえたっきり無音になった。


「さて……どうしようかしら」


 男との会話を終え、リシュアが三人の方に振り向いて言った。その声色は、さっきまでとはまるで別人。いつもの少し高飛車気味の彼女のものに完全に戻っていた。


「どうしようかしらって、助けるんだろ? 家の中に閉じ込められたあの人を……」


「それは確定事項よ。問題は、どうやってこのやたらと防御力高そうな氷を突破するか、よ。さっき触れた感じはライナの魔力の鎧と似たようなものだったし。……もちろん、ライナのそれに比べれば、耐久力は低いようだけど」


 宝石のような氷の表面を撫でながらリシュアは溜息をついた。


「私とリシュアさんの火属性の魔法でなんとかなりませんかね……」


「うーん……厳しいと思うわ。この氷、魔法耐性も相当みたいだし、仮にそれを上回る魔法をぶっ放せたとしても、そんな威力だと確実に中にいる奴諸共家自体が消し飛ぶわよ……」


「あ……それもそうですね……家の被害を少なくするためにも、狭い範囲への一点突破の攻撃でないと……」


「となると、現状だとライナのあの頭のおかしい威力のパンチが有効かしら。今の強化魔法無しのレイトの刺突じゃ流石にあの耐久力は破れないでしょうし……」


「あぁ、俺もそう思う。ここはライナが適任だろう……」


 悔しさを噛み締めつつ、レイトはリシュアの考えに同意する。ここで意地を張ったところであの氷に傷さえもつけられないだろう事はレイト自身が一番よくわかっている。


 第一、刺突で目の前の氷壁に穴を穿てたとして、剣先ほどの穴ではなんの意味もなさないだろう。


 そういう意味でも、相当の威力と、程々の破壊範囲を持つライナの拳打は、今この状況では最も有効だった。


 そんな三人の判断の下、ライナは大きく頷き、


「頭のおかしいってのが褒めてんのかはわかんねぇけど、やるべき事はわかった。私に任せとけ」


 両の拳を鳴らして扉の前に立った。そして叫ぶ。


「おい、中にいる奴! 今からこの氷の壁、私の拳で扉ごと吹き飛ばすけど、許してくれよ!」


「えぇ!? 扉を!? ……まだ建てて一年経ってないのに…………。わがまま言うみたいだけど、何かこう、氷だけを魔法で溶かすとか、そういった優しい方法はないの「ない!!!」」


 扉の向こう側からの提案が終わる前に、ライナがぴしゃりと言い放った。


「この氷、魔法に対する耐性がすっごいらしくて、相当上級の魔法がやっと通るか通らないか、ってレベルらしいんだ。それでな、もしここにいる魔法が得意な二人が、ほんのちょっとでも威力の調節をミスったら、扉どころかこの家ごと消し飛ぶんだってさ」


「えぇ…………うん……それじゃあ吹き飛ばされるのは扉だけにしておくよ……。よろしくお願いします……」


「っしゃ。それじゃあ、くれぐれも扉の前に立たないでくれよ? むしろ反対の壁の隅っこで見ていてくれよな!」


 男の返事を待ってましたとばかりにライナはニカッと笑い、勢いよく、そして大きく右の拳を肩の後ろへ引き絞った。そして、雪を巻き上げ、地面を揺らすほどに激しい踏み込みと同時に撃ちだされた右の拳は!?爆発にも似た轟音を轟かせ、氷で覆われた扉の丁度中心部分に突き刺さった。


 だが、それまでだった。強力な打撃耐性を有するスライムさえ一撃のもとに爆散させたライナの拳の直撃をもってしても、氷壁には細く短い亀裂が数本走るのみで、その亀裂もこの氷の特性なのか、直ぐにふさがり元の滑らかな表面を見せつけている。


「……うそだろ…………」


 パンチを撃った姿勢のまま、ライナは目をパチパチさせて固まっている。お気楽思想の彼女であっても、たった今目の前で起きた事実は、相当な衝撃だったらしい。


「ど、どうしたんだい!? 今すごい音がしたけど!?」


 扉の向こうから、再び男の声が聞こえる。氷に閉ざされた部屋の中から、今の状況を分かっていない男の声が聞こえてきた。


「……あぁ、いや。何でもない。ちょっと準備運動してただけだ。次は全力でその壁ぶち抜くからよ」


「あ、そうなんだ。分かった。次こそ頼むよ」


 再び男は黙る。


「……ライナさん。今のって…………」


「あぁ、準備運動なんて嘘だ。……今のは私の全力だった」


 部屋の中に届かない小声でライナはレミィの言葉に俯いたまま、そう返した。突き出した拳はまだ氷に押し当てられている。今の彼女の表情は、三人が初めて見る程に情けの無い顔だった。


 だが、流石はライナというべきか、自分を見つめる三人の心配顔に気づいた彼女は直ぐにブンブンと首を振った。首を振り終えた彼女の顔は、既にいつもの彼女のものだった。


「わりぃわりぃ。みんな、そんな顔しないでくれよ。この壁だって、ヒビは入ったんだ。次は砕けるまで連続で殴りつけてやるからさ」


 腕をぐるぐると回す彼女。が、その声も行動も、どこか影が落ちていることはだれの目にも明らかだ。しかし、それでも彼女は笑い、再び拳打の姿勢をとる。


 その彼女の肩を


「ライナさん……この氷の壁は一人じゃ無理です……」


 背伸びをしたレミィがポンと叩いた。


「え?」


 思わぬ否定的な発言に、ライナは拳打の動きを止めて振り向いた。その顔には声色以上に驚きの表情が浮かんでいる。おまけに今の発言がレミィのものであったのだから、その驚きっぷりはなおさらだった。


「ごめんなさい。別にバカにしたいわけじゃないんです……でも、この氷は一人じゃ無理です。」


 ニッコリと微笑みながら、レミィはライナの横で氷に触れて言う。


「この氷の壁の中には、かなりの量の魔力が相当複雑に絡み合って、複数の防御と再生魔法を構築しています。ライナさんの拳がこの壁を撃ち抜けたとしても、きっと次の瞬間には再生が完了してしまうはずです…………」


「あのスライム以上に手ごわいってことか…………でも、それじゃあ一体どうすればいいんだ。さっきも言ったが、私の全力を出してもあれだったんだぞ……?」


「えぇ、でも、二人なら、いけるような気がするんです」


 ライナの反論に、レミィは静かに頷いてから、力強く言った。







 




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