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氷の町

 「……すまねぇ、全く話が読めねぇんだけど……」


 リシュアの発言に、真っ先にライナが食いついて聞き返した。戻って来て早々に冬の精霊に対して妙に喧嘩腰の彼女の今の言葉は、一体何を言いたいのか、レイト達三人にはさっぱりだった。


「……私だってあんな光景どう説明すりゃいいのか分かんないわよ……。ただ、少なくとも温かくなるまであの港は仕えないっていうのは間違いないっていうのは分かったわ。」


 無表情でイマイチ答えになっていない話をするリシュア。三人の頭上に、また一つ「?」が増えた。


「温かくなるまでってことは、海が凍っていて船が出られないとか、そういうことですか?」


 レミィの質問に、隣で聞いていたライナが「なるほど」と手を打ち合わせたが、リシュアは静かに首を振った。


「まぁ、半分は正解だけど……とりあえず実際にその目で見てみた方が早いと思うわ。どうせすぐそこだから」


 再びアイゼンの方へと振り返り、リシュアは今度は飛ぶことなく歩き始めた。一体あの林の先で何が起こっているのだろうかと顔を見合わせながら、レイト達三人はリシュアの後に続いて港町アイゼンを目指した。


 近づいてくる林道の出口、それにつれて、心なしか気温も下がってきているように感じる。実際、道に積もった雪は少しずつその深さを増しているようだった。そして、ついに林道を抜けたレイト達は、緩やかな坂の下に広がる港町、アイゼンの姿に思わず目を擦った。


 レミィの質問はリシュアの言った通り、半分ほどは当たっていた。確かに海は凍っていたのだ。アイゼンから一キロほど先の湾の入り口までが、見事に凍り付いている様子が坂の上からはよく見えた。だが、レミィの予想とは異なる点が二つ程あった。

 

 まず「凍り付いて出航できない」以前に、停泊しているはずの東方行きの連絡船と思しき船は一隻も見当たらなかった。運よく海が凍り付く前に湾の外に脱出したのか、それとも別の理由なのか、それは四人には判断できなかったが、とにかく連絡船は無かった。あるのは十数隻の氷漬けにされた小さな漁船達だけだった。


 そして、残る一つの違いと言えば、「凍っているのが海だけではなかった」ということだ。氷は海だけにはとどまらず、船着き場を這い上がり、アイゼン全体を覆うように広がっていた。


 道や家の壁は完全に凍り付いてキラキラと日の光を反射し、屋根という屋根には巨大な氷柱が幾本もぶら下がっており、アイゼン全体に真っ白な冷気が満ちていた。


「なんなんですか……これは。……いくら冬の精霊が居座ってるからってこんなことが起きるはずは…………」


「えぇ、あり得ないわね。これはどう見ても冬の精霊の仕業じゃない。人か魔族か精霊か、なんにせよ、相当高位の魔法でも使わない限りはこんなことは起きないわ…………」


「…………もしかして、また……」


 眼下の景色を瞬きも忘れて見つめ、レミィはぎゅっと拳を握りしめる。


 坂を駆けのぼってきた冷たい海風が彼女の着るローブの袖をめくりあげ、その下の、まだ治りきっていない生々しい火傷跡を晒した。


「レミィ…………」


 そんな彼女に、リシュアは少し悲しそうな表情をした。


 言うまでもない。レミィはこの目の前の惨状も、ブラックロータスの仕業ではないかと考えているのだと、レイトもリシュアも、そしてライナまでもがそう直感していた。


「大丈夫です。安心してください。もう私はあの一族を恐れはしませんから。リシュアさんも、そんな顔しないでください」


 三人の考えを察したのか、レミィはそう言ってニッコリと笑った。その笑顔の向こうで、いままでの恐怖とは別の意識。戦意にも似た感情が見え隠れしているようにレイトは感じた。


「……そう。それなら安心したわ。だけど、もしレミィの言う通り、ブラックロータスの誰かの仕業だというのなら、この件には魔王軍の絡んでいる可能性もあるってことになるわ。こんな港町を襲う目的は想像がつかないけれど…………。とりあえず、これといった魔力の反応もないことだし、降りてみましょうか。一応、戦闘の準備はしっかりとね」


 小さく頷き、リシュアは坂を下り始める。彼女の両手には既に深紅の魔法陣が展開され、いつでも攻撃可能な状態である。その後ろを追って、レイトは剣を抜き、レミィは両腕に魔力を集中させた。そして最後尾には両腕を頭の後ろに組んだライナが呑気そうな顔で続く。


 実際に足を踏み入れたアイゼンの街は、芸術とでも言える様相を呈していた。


 どこまでも青みを帯びて透き通った氷は、道も、家も、木々も、それらすべてを閉じ込め、宝石の如く輝いている。


 「なんていうか……、本当はこんなこと言っちゃダメなんだろうけど、凄く綺麗……だな」

 

「えぇ、芸術と言いたいくらいに美しいわ。……人の住む街を土台に使ってる時点で、作者にそんなことは言ってあげないけどね」

 

 凍りついた家々の間を歩きながら、リシュアは残念そうに言った。


「町の人はどこへ行ったんでしょう……。この家の中で閉じ込められてたりするんでしょうか……」


「わからないわ。さっきから感知をしようとはしているんだけれど、この氷が妙な魔力を含んでいるせいで、家の中の魔力反応が全然感じられないのよ」


 悔しそうな表情で、リシュアは側にあった凍りついた家の壁を思い切り蹴った。


 ゴンッ


という鈍い音が響いたものの、氷にはヒビはおろか、一欠片も削れた様子はない。何かしらの魔力的な強化が施されているらしい。


「……魔法をぶつけてみるしかなさそうね……」


 氷に返り討ちを食らった右脚をさすりながら、リシュアはもう片方の手を家の壁に向ける。その手に展開されている真紅の魔法陣はみるみるうちに大きく育ち、背後に立つレイト達も熱量を感じる程の火属性の魔力を滲み出し始める。


「さぁ、私の新しい魔法を食らいなさい。スカーレット・ヘル・フォイ……」


 自信満々に言い放ち、魔法名を叫ぼうとするリシュア。だが、次の瞬間には自慢の魔法が火を噴く、というところで、彼女が魔法陣を向けるその家の中から声が響いた。


「だ、誰かいるのか⁈ 助けてくれ!」


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