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魔剣と魔族とサブカルチャー

 「あ、あぁ。その通り。僕はもともとこの世界の住人じゃない。つい二、三時間前にこのランドーラの中央広場に召喚されたんだ」


 まさに僥倖!とリシュアは心の内でで今一度大きくガッツポーズをした。異世界からの来訪者、加えて転生してから時間もそれほど経過していない。となればいろいろとこちらの話に引き込みやすいはずだと確信した。


「へぇ~、それじゃああなたも魔王を倒しに行くってわけね?」


「まぁ、一応。転生する前に女神的な人からそういう頼みを受けちゃってるからね。 僕としては折角ブラック企業から脱出してこっちに来れたんだから、魔王討伐なんてそこら辺の冒険者に任せてのんびり過ごしたいんだけどねぇ……。せめて今日一日は羽を伸ばそうと、この宿の一番高い部屋を取ったんだけど、明日のこと考えると既に足が重くて……」


 リシュア、再びガッツポーズ。転生してきたチート冒険者が冒険に後ろ向きという最高の状況。この好機を逃す手はないと、さらに詰め寄る。


「なるほどなるほど。確かにそうよね。元の世界で散々働いたのに、こっちに来てまで今度は命がけの魔王討伐なんて面倒くさいわよねぇ」


「わかってくれる人がこの世界にいたなんてうれしいよ。資金と武器と最低限の知識は貰ったけど、それだけでいきなり知らない街に放り出されたときはどうしようかと思ったけど、運は僕を見放さなかったらしい」


 理解者との邂逅に喜びの涙を零す青年を他所に、リシュアは何も理解できていないままポカンと置いてけぼりを食らっているレイトの頬をつつき、小声で言う。


「私たち、すごく幸運よ、レイト。私たちが警戒すべき冒険者がさっそく見つかったのよ。おまけに彼はまだ魔王討伐に乗り気じゃない。今ならまだたやすく丸め込めるわ」


「……まったく話が読めないんだが……」


 あー、もう!後で説明してあげるわ。とリシュアは呆れ顔でレイトに言いながら、いまだ感激の中にいる青年のほうに向きなおった。


「それで、転生者君。もし良ければ私がこの世界のことを詳しく説明してもいいのだけど、どうかしら」


「本当かい!? いやぁ、本当に僕は運に恵まれてるみたいだ。あ、でもさすがにタダでっていうのも悪いし……」


「別に対価なんていらないわ。でも、もしどうしてもって言うのなら、私たち、今夜の宿を探してるんだけど……」


「あ、それなら僕の取った部屋でよければ、もともと四人まで泊まれる部屋だし。ちょっとフロントで人数の変更をしてくるよ!」


 リシュアが言い終わる前に青年は階段を駆け下り、フロントへと駆けていった。


「どうよレイト。これで今夜の宿、確保よ。それに私の欲しかった情報も手に入った。彼は自分が幸運だと言っていたけど、どうやらそれ以上に幸運だったのは私たちみたいね。って言ってもわからないか」


「あぁ、説明してくれ。転生者とかなんでお前があれだけあの男の情報を気にするのか。そこらへんをサクッと簡単に、俺にもわかるように」


「仕方ないわねぇ……」


 はぁ、と小さくため息をはいて、リシュアは簡単な説明を始めた。


 この世には様々な平衡世界が存在して、稀に別の世界で死んだ人間が何らかの使命を帯びてこの世界に転生してくること。転生した人間は常人をはるかに凌ぐ何かしらの武器や能力を持っていること。そしておそらく今回の転生者の青年の使命が魔王討伐であること。


 リシュアの説明した内容はレイトが初めて聞くことばかりでどうにも納得し辛いことばかりだった。平衡世界にしろ転生者にしろ簡単には信じられなかった。

 

 が、あの青年の持ってた禍々しい大剣や見たこともない道具に服装を考えれば。無理にでも納得せざるを得ない。加えてリシュアは一時とはいえ魔王であり全ての魔族の頂点に位置していた者。人智を超えた何かを認知していたのかもしれない。そう、レイトは無理やり自分自身に言い聞かせ、一応の納得を得た。


 とはいえ、そこまで聞いてから、レイトには改めて一つの疑問が生じた。


「なるほど、どうにかだいたいは分かった。だが、一つだけまだわからないことがあるんだ。なぜお前がそれほどまでに俺以外の人間の手を借りず、自分の手で魔王を討伐することに固執するのか。あの青年をやる気にさせればそれこそ魔王なんざ楽に倒せるんじゃないのか?」

 

 始めてリシュアから魔王討伐の話を聞かされた時から少しずつ膨らみ続けていた疑問。その疑問をレイトは今、リシュアにぶつけた。


「……えぇ、確かに、彼の持っていた大剣は神話に伝わる魔族殺しの魔剣ロードゲヴィナー。あれならガルアス程度、彼一人でも容易く葬り去れるかもしれないわ。でも、それじゃあ意味がないの」


「意味?」


「そう、もしあの転生者がほぼ一人の力で魔王を倒せば、種族間の深い溝、人間が正義で魔族はすべて悪という概念は変わらない。それどころか父の代よりも一層深く刻まれてしまうでしょう。そんなことは私が許さない。だって、それは父が、魔王ルドガーがその生涯を通じて消滅を願った概念そのものだから……。だからこそ、その悲願を私が引き継いで成し遂げる。そのためには魔族である私が人間をはじめとした他の種族をまとめ上げ、そのうえでガルアスを倒してこの世界を救うしかないのよ。それで初めて、種族間の壁を越えた新しい世界の入り口に立つことができるわ」


「……そうか」


 そっけない返事。が、レイトにはそれがすぐ返せる精一杯の返答だった。……レイトをまっすぐ見つめる目の前の少女の決意の言葉はそれほどに重いものだったのだ。せいぜい自分が魔王に返り咲くためなのだろうと、その程度の浅はかな理由しか考えていなかった数分前の自分を思い切り殴りつけたい気分だった。


 俺も……


 一呼吸おいて、レイトはまっすぐにリシュアの目を見て言い放つ。


「わかった。なら、改めて言わせてくれ。……付き合ってやるよ。お前のその悲願を成就させる旅にな」


「…………ぷっ」


 数泊おいて、二人の間の沈黙を破ったのはまさかのリシュアが噴き出す音だった


「!? なんだよ、なんかおかしなこと言ったか、俺?」


 自分なりの決意表明を笑われて、レイトはムッとした表情で言う。


「アハッ……ごめんなさいレイト、でもさっきのあなた、すごく変な顔してたから……ぷふっ……。あなたはいつもの何考えてるのかわからない気だるそうな顔してるのが一番よ。……でも、ありがとう。あなたを旅のメンバーに引き入れて正解だったわ。これからもよろしく頼むわね、レイト」


 そう言ってリシュアはサッとレイトの前に右手を差し出してにっこり笑った。握手を求める手だ


「お、おう」


 レイトも右手を差し出しそれに応じた。人間と魔族。その二種族の間に小さな橋が架かった瞬間だったのかもしれない。


 二人の決意をつなげた握手は、無事に宿泊人数を二人分増やすことに成功して満足げな例の青年が戻ってくるまで静寂の中で続いた。


*  *  *


 「えー、突然で悪いんだけど、リョウジ君には私の正体をばらしてしまおうと思うわ」


 最上階のスイートルームに転がり込み、簡単な自己紹介を済ませた後、リシュアは唐突に耳を疑うようなことを言い出した。


「おい、いいのか。お前の正体は他人には明かさないんじゃなかったのか・・・・・・?」


「それはあくまでこの世界の住人に限っての話よ。リョウジ君はまだこの世界に慣れてない今がチャンスなのよ。それにどのみちそろそろ擬態のための魔力が尽きるし……」


 先程の真剣な面持ちから一転、ペロリと舌を出してレイトにつぶやいてから、リシュアはリョウジに向きなおり、にっこり笑って聞く。


「ねぇリョウジ君、もし私が人間じゃなくて魔族だとしたら、君ならどうするかしら?」


「え? そうだなぁ……女神様からは魔王を倒せとは言われたけど、別に魔族を倒すことは仕事に入ってなかったはずだし、別にリシュアさんは悪いことしてなさそうだし……うーん……」


「フフ、君が言われたことしかやらない感じの人間でよかったわ」


リョウジが考え終わらないうちにリシュアの身体が変化を始める。雪のような白い肌があっという間に薄い青紫色になり、尻尾と羽が生え、黒髪から白銀髪へと変貌していき、気付けば本来のリシュア=ヴァーミリオンがそこにはいた。


「……」


あまりの驚きのせいか、それとも恐怖か、リョウジはぽかんと口を開けたまま微動だにしない。


「ほら言わんこっちゃない。見ろよ、石像みたいに固まってるじゃないか」


「さすがにいきなりこの姿を見せるのは別の意味でまずかったかも……。驚きのあまり訳も分からず斬りつけられたらどうしようかしら」


「そうならないことを祈るしかないな。ほら、せめて俺の後ろに下がってろ」


「そ、そうね。ありがと」


 ひそひそと反省会を開く二人。だが、二人の不安を他所に、リョウジは予想の斜め上の再起動をした。


「すごい! この世界の魔族がこんなにかわいいなんて! まさに理想! 僕の思い描いていた世界そのものじゃないか!!!」


「「????」」


 二人そろって頭の上はクエスチョンマークの嵐である。恐怖と驚愕のあまりに斬りつけられるか逃げ出されるか、そんな最悪の結末を予想していたのに、このわけのわからない反応に今度は二人がポカンと口を開けて思考停止である。そんな二人のことなどすっかり眼中から外れ、リョウジは一人で勝手に盛り上がっている。


「りょ、リョウジ君? いきなりどうしたのよ」


 逆に少し引き気味なリシュアが恐る恐る声をかける。


「あ、いやいきなりすまない。でも、今やっと、この世界に転生できてよかったと思えたよ」


 ほら、とリョウジはあの薄い板状の物体、リョウジのもと居た世界で言うところのスマホを取り出してその画面を二人に突き出した。


「これは、絵?」


 二人の視線の先、スマホの画面にはデフォルメされたキャラクターの画像が表示されている。


「なんかリシュアに似てねーか? このキャラクター」


「そ、そうね。見れば見るほど私ね。でも、よく見たら羽とか瞳とかが違うわ。リョウジ君、これはいったい誰なの?」


「よくぞ聞いてくれましたリシュアさん!」


 リシュアの問いを待ってましたとばかりにリョウジは突然早口に喋り始めた。


「この娘は「はたらく魔人さん」っていう漫画のメイン主人公、魔人オリヴィエと言って云々かんぬん……」


 早口すぎるのと聞きなれない単語だらけである種の拷問のような時間を二人はとりあえずウンウンと分かったようなフリをして相槌をうちながら耐え忍ぶしかない。


「なぁ……なんなんだこれは……こいつこんなキャラだったか? もっと無口で気の弱そうな奴だと思ってたんだが……」


「そうね……でも、思い出したわ、いつだったか父の催した宴会に出席した女神の部下の天使が酔っ払って話してたの。「転生してくる男性は高確率でオタクと呼ばれる人たちで、さらにその中の一部は自分の趣味のこと話しだしたら早口になって止まらないんですよぉ~」って」


「なるほど、要はリョウジはこの魔人オリヴィエみたいな女の子に夢中ってわけか」


「これは長くなるわ……冒険前の第一の試練よ……」


 ひそひそと話すリシュアの予想通り、リョウジのオタク話は漫画からラノベ、アニメと、二人の知らない単語の嵐が途切れることなく続き、終わった時にはすでに窓の外が薄暗くなってチラホラとガスランプの明かりが通りを照らし始めていた。 








  













 





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